民衆史・運動史の水脈を生きる ――安丸良夫と道場親信の遺したもの――|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. コラム
  3. 論潮
  4. 民衆史・運動史の水脈を生きる ――安丸良夫と道場親信の遺したもの――・・・
論潮
2016年11月4日

民衆史・運動史の水脈を生きる ――安丸良夫と道場親信の遺したもの――

このエントリーをはてなブックマークに追加
「歴史をおしすすめる根源的な活動力は民衆自身だ」。安丸良夫は一九七四年に発表した『日本の近代化と民衆思想』のあとがきにこう記した。そして、「困難と苦渋を生き、しかも根源的には不思議な明るさを失わない民衆の生き方・意識の仕方を通して、歴史のより根源的な真実に迫りたいというのが、本書の著書としての私の立場である」と言葉をつづけている。

今年四月、安丸が亡くなった。この傑出した民衆思想史家の遺したものは、いま、私たちが直面している「困難と苦渋」と根源的なところで響きあっているように感じられる。『現代思想』(九月臨時増刊号)の特集「安丸良夫――民衆思想とは何か」において、安丸史学の方法、視座、内容、そして今日的意義と問題点が多面的に議論されていることからも、それは明らかだろう。

安丸の民衆思想史研究の根幹となったのは通俗道徳という概念である。勤勉や倹約、謙譲、孝行など社会的な習慣や自発性のなかで人びとが大切にする「日常的な生活規範」である。通俗道徳は、一見すると前近代的なものにみえるが、人びとの能動性や主体性として噴出し、「日本近代化の原動力」となった(安丸、前掲書)。

三宅芳夫・岩崎稔・平田周の鼎談「近代の総体を捉える視点――安丸良夫と現代思想」(『現代思想』前掲)は通俗道徳の両義性に光をあてている。通俗道徳は資本主義の「エートス」として機能してきた。生活の苦しさや貧しさの問題が、個人の生活態度や精神のありようの問題としてとらえかえされ、人びとは生産性を高めるべくその主体性を発揮していったからだ。しかし、その一方で、安丸の百姓一揆や宗教研究が示したように、資本主義と国民国家を根底から批判し、抵抗する民衆の姿のなかにも通俗道徳は現われた。この両義的な力が日本の近代化のダイナミズムをつくってきたのだ。資本主義と国民国家の形成とはこの膨大なエネルギーの活用により成り立った。その後、民衆のエネルギーは明治期の国体論的ナショナリズムへと回収され、植民地主義と帝国主義へとつながっていく(先日の沖縄での「土人」発言はこのような歴史のなかで聞くことが求められるだろう)。戦争と植民地主義は、人びとの抱え込んだ「困難と苦渋」を不可視化するものであったのだ。

岩崎稔は「新自由主義状況が生み出すプレカリアート的現実に対して湧き上がる憤激や、社会が再編成されていくとき起きる闘争に対して向き合う際に、安丸さんの仕事から励まされるところは多くある」と述べた(三宅・岩崎・平田、前掲鼎談)。通俗道徳は自己規律や自己鍛錬の様式であり、現在のネオリベラリズムのもとでの自己責任論と重なるようにみえる。安丸は、二〇一四年に立命館大学で行なわれたシンポジウム「グローバリズムと現代歴史学Ⅱ 国民国家論と民衆史」において、「現代日本のイデオロギー状況」を「『みんなで頑張ろう、しあわせ大国日本、バンザイ』というようなことだろうか」と分析し、「そこでは、東日本大震災やさまざまな災害、また経済状況の困難さなどが踏まえられており、歴史的に大きくさかのぼれば、アジア・太平洋戦争の戦中・戦後の体験もなにほどか反響している。〔…〕啓蒙的普遍主義の世界観的原理と倫理の底が抜けて、私たちはいま特殊主義と暴力の突出する世界に生きているようだ。累積され隠蔽されてきた諸矛盾を奔出して、もっと大きな困難に直面する可能性が大きい」と指摘していた(「私的な回想」『現代思想』前掲)。ネオリベラルな政治・経済政策が深く浸透し、その矛盾が深まっているなかで、この社会は「一億総活躍社会」と呼ばれ、私たちはその主体性や自発性の発露と参加を求められている。暮らしの苦しさや先の見えなさは続いており、「頑張れば報われる」式の道徳は崩壊している。だからこそ、日本の「すばらしさ」を言祝ぐ言葉やイメージが流布し、LGBTや民族的マイノリティを含む日本の多様性は賞賛され、国民国家を延命する力学が強くはたらいている(やや文脈が異なるが平野克弥「ヘーゲルの亡霊と民衆史のアポリア――安丸歴史学の認識論的前提の問題をめぐって」『現代思想』前掲の安丸批判を参照)。向き合うべき日本社会の矛盾や歪みが正面から言語化されないところに、現代日本社会の特徴があるのではないだろうか。

とするならば、いま、民衆のもつ力を、グローバルな資本主義や国家主義とは異なる形で解き放つことが求められている。それは安丸史学が描いた後の時代、すなわち現代史や同時代史を民衆運動の視点からとらえ直すということでもある。

この課題に取り組んだ一人に、今年九月に亡くなった道場親信がいる。道場は二〇〇八年に発表した『抵抗の同時代史――軍事化とネオリベラリズムに抗して』において、社会運動史研究の意義を「いま現在の社会において起きていることがらを制度的な措置とは別な回路から理解する視点を手に入れる」ことだとした。社会運動から学ぶということは、資本や国家と同一化してしまいがちな視座とは異なるところから、世界の矛盾を見定め、理解し、現実を変えていこうとする実践的な営みである。

だが、道場は、社会運動史研究の方法や前提自体も、ネオリベラリズムや国家主義に浸食され、影響を受けていると指摘していた。それは、「○○は古い/△△は新しい」や「△△は○○を乗り越えた」といった「段階区分とそれに付随した一方の価値化という共通の形式」である(「1960―70年代『市民運動』『住民運動』の歴史的位置――中断された『公共性』論議と運動史的文脈をつなぎあわすために」『社会学評論』五七巻二号、二〇〇六年)。この形式は研究者だけでなく、運動参加者やマスメディアによっても次第に共有されてきたものであった。その背景には、資本や国家が長い時間をかけてつくりだしてきた「反『運動』ポピュリズム」――抵抗する人びとを「プロ市民」や「土人」などと否定し排撃する――と、その一方での市民の「参加」や「パートナーシップ」の制度化を促す動きがある。過去を現在の「イケニエ」にしてしまう形式は、資本と国家、研究者、マスメディア、そして運動との相互補完関係のなかで反復され強くなってきたのだ。道場はこのような没歴史的な動きに抗して、戦後の社会運動史をその問題点を含めて読みなおし、「歴史と対話すること」の重要性を主張し続けていた。

民衆の運動と思想は、未来においてではなく、いま・ここにおいて、もう一つの社会を出現させ、生きる営みである。だが、その営みは社会運動だけでなく、気をつければ日常の様々な場面に確認できる。たとえば、「軍国少年」であった安丸は、一九四五年八月一五日に「玉音放送」を聞き、敗戦の悔しさから独り泣いた。だが、母は「もう敗けてしまったのだから、お前が泣いてもどうなるものでもない、家へ入って早くお昼ご飯を食べろ」と声をかけた(『近代天皇像の形成』一九九二年)。安田常雄はこのエピソードを「天下国家の大事件のさなかでもきちんとご飯を食べろという『生活者』の論理であり、それは戦後日本の原初の場所」であったのではないかと読み解いている(「『生活者』の原像と方法のあいだで」『現代思想』前掲)。戦後の「廃墟」に出現した、国家の言うままにならぬ「生活者」の論理は、戦後史のあちこちに確認でき、また、現在の私たちの身体のなかに水脈として流れ、ときに湧き上がってくる。安丸の民衆思想史や道場の社会運動史は、私たちの身体のなかに流れながらも不過視化されている水脈を堀り起こした。私たちはこれからどんな水をくみあげて生きていけるだろうか。
2016年11月4日 新聞掲載(第3163号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
大野 光明 氏の関連記事