【横尾 忠則】なぜアートに「なぜ?」が 必要なのか。なぜだろう?|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの向こう側
2016年11月11日

なぜアートに「なぜ?」が 必要なのか。なぜだろう?

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サンディエゴ現代美術館ヒュー・デービーズ館長ら(左から3人目)とアトリエにて(撮影・相島大地)

.10.31
 名もない田舎町のグループ展に出品する絵を会場に運ぶのに車で一時間半かかるという。その先なので歩けば15分だよ。タクシーで行くと50万円だという。「アリスの不思議の国」か? ここは?

三日間血まなこになって探していた資料が徳永の気転と心眼でヒョイと出てきた。執着に振り廻されている時は時間を止めてしまうので出てこないのよね。

テレビで2匹の猫がミルクの入った器をお互いに手元に引き寄せ合いながら飲んでいる。そのうちケンカかなと思ったら、今度はお互いに器を相手に譲り合い始めた。猫がこんなことする? 自己中だったのが急に自他愛に変ったのである。猫の美徳のよろめき?

「通販生活」で枕の取材。枕フェチのぼくはベッドの中に枕を6つ。イルカの群の中で泳いでいるようで安眠ができる。

フィリピンのドゥテルテ大統領が日本から帰国の途上、機内で「暴言を止めなければ、この飛行機を落とす!」と言う神の声に驚いた彼は「もうしない」と神に誓って、空港の記者会見で「神に叱られた」と報告した。子供みたいに単純な大統領に神は笑ったかどうかは知らないけれど韓国の朴大統領も生き神様の言うことなど聞かないで天の声を聞けば問題にならなかったが、彼女が神の声を聞く器かどうかが問題だけどね。
.11.1
 雨。秋の気配のないまま冬に突入。

NHKの「団塊スタイル」で散歩風景の撮影。ぼくの歩く速度が80歳にしては「速過ぎる」と小走りでついてくる。速く歩いて速く終りたいので速く歩いているだけなんだよね。
.11.2
 今はない郷里の実家の裏庭で鉢植を次々投げる。そんな壊れた鉢を「可哀そうなシンサイ」と妻は嘆く。「シンサイ? それって何?」 辞書には「神祭」「親祭」と神道や天皇の儀式のような意味。他には「震災」。壊すことは創造の始まり、とかなんとか叫ぶ我。

夕方、山田さん映画のタイトルバックの相談でサプライズ来訪。
.11.3
 本日は文化の日快晴なり。

文化とは、芋を洗って食べたり温泉に入ることを覚えたサルの群れなど、高等動物の集団が後天的に特定の生活様式を身につけるに至った場合も含められるが、この連中は文化の日に褒章を受けることはない。

送られた保坂和志さんの『地鳴き、小鳥みたいな』を公園の西日の差すテラスでウツラウツラしながら、まるで点滴薬で血液の温もりを感じながら、時間の流れに従っているのは考えではなくきっと想いを〓立てる本のせいであろうか。

夕方、山田さんサプライズ来訪。
.11.4
 物凄い数の死者、それもほとんどが著名人。顔見知りの人も何人もいる。こんなに多くの死者が集められて、一体何が起こるのだろう。その大勢の死者をまとめ上げようとしているのは唯一生者の安藤忠雄さんだ。そんな様子をぼくはやゝ高みから眺望している。

アメリカのサンディエゴ現代美術館の館長以下20人ばかりがアトリエに来訪。「Youは何しに日本へ?」と聞くのを忘れた。とにかく作品を映像で紹介する。「なぜ?」という質問が時々発せられるが、なぜアートに「なぜ?」が必要なのかなぜだろう。考えを想いに切り換えれば「なぜ」は必要なくなるはず。
.11.5
 今日は昼前から午後まで駅前近くでうろついていたが、その頃神津善行さんとこの辺りでニアミスだったみたい。考えごとをしていればぶつかってもわかんないんだよね。

近所の人からわが家の大昔の写真を頂く。わが家を背景に出征軍人が日の丸の旗で見送られる戦前の田舎の風景である。ぼくの誕生とほぼ同年に建てられた家なので昭和10年前後の写真だ。モコモコの地道で森の入口みたい。

夜、テレビでチャップリンの「ライムライト」を観る。古い映画を再度観るのは臨終に見るという走馬燈のようだ。ラストでチャップリンは臨終を迎えながらダンスを見ながら死ぬ。

夜、マッサージへ。施術師、小池都知事の話に夢中で一時間サービス。
.11.6
 三日続きの秋晴。

昨夜の電話のお礼に神津さんに電話。夫人の中村メイコさんとも話す。難聴で半分も分らず。

保坂和志さんから電話。留守電の返事。保坂さんが取ってない新聞や雑誌などに保坂さんの書評や記事がでていたのでお知らせしたまでだ。「じゃ図書館で見ます」と。その記事を見るだけでいいんだって。執着がなくっていいね。
2016年11月11日 新聞掲載(第3164号)
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