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誰も見ていないから 第15回
2016年9月30日

誰もみていないから ⑮

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誰もみていないから ⑮
〈Sperm〉(油彩、キャンバス/33.3×24.2cm/2014年) ⒸShinjiIhara

「その日は良い絵が描ける気がしたから。」
東京体育館のそばにあるレストランでオムライスを食べた後、もう少し話がしたいとカロちゃんが勧めてくれたモカが美味しいお店へと移動した。ウッドデッキに座って、好きな音楽や洋服のこと、ロンドンでの生活のことなど一時間ほど話しただろうか、とても穏やかな時間だった。彼はその後、自宅の周りをランニングすると言って、私もその後、友人に会いに行くと言って別れた。次の予定までに時間があるのならと、電車ではなく目的地まで歩いていける方法を教えてくれた。
彼も好きだと言っていたその道。千駄ヶ谷の閑静な住宅街から明治神宮外苑へと抜ける道で、イチョウ並木を眺めながら歩くと、一瞬、東京にいることを忘れさせてくれた。彼はそれを分かっていて私に歩いていくことを勧めてくれたのだろう。
その日は、彼の純粋な眼差しと優しさに触れ、何とも言えない幸福感に包まれた。坦々たる街並みも木々も、その日は素晴らしく美しく見えた。彼は私に何か与えてくれたのだろう、その日は良い絵が描ける気がしたから。

(いはら・しんじ氏=画家)
2016年9月30日 新聞掲載(第3158号)
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