日本人にとって皇室とは?攘夷(生前退位)を巡って 日本文明研究シンポジウム載録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. 特集
  3. 日本人にとって皇室とは?攘夷(生前退位)を巡って 日本文明研究シンポジウム載録・・・
読書人紙面掲載 特集
2017年1月6日

日本人にとって皇室とは?攘夷(生前退位)を巡って
日本文明研究シンポジウム載録

このエントリーをはてなブックマークに追加
日本文明研究所の第六回シンポジウムが、「日本人にとって皇室とは? 譲位(生前退位)を巡って」と題し、二〇一六年十一月二十八日に日本経済大学で行われた。パネラーは現代史家、法学博士の秦郁彦氏、元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司氏、皇學館大学非常勤講師、明治天皇の玄孫にあたる竹田恒泰氏、作家で当研究所所長の猪瀬直樹氏の四名。天皇陛下の国民へのメッセージから、皇位継承問題を巡り、皇室とは天皇とは、日本人にとって如何なる存在なのか論じられた。 (編集部)

天皇陛下の八月八日のテレビメッセージを受けて

猪瀬
先日、驚く事件がありました。秋篠宮妃殿下と悠仁親王が乗った車が一般車両に追突したと。

悠仁親王の皇位継承順位は、皇太子殿下、秋篠宮殿下の次です。今上天皇のご譲位が議論となる今、皇太子殿下と秋篠宮殿下は五〇代、悠仁親王が十歳で、現在の状況では、皇統を絶やさないための唯一の人物であるわけです。その乗用車に先導車が付いていない。これが天皇陛下や皇太子殿下であれば、どこかにお出かけになる場合は首都高速を止めます。秋篠宮家はそうした扱いを全く受けていないということですか。
山下
後ろに警視庁の覆面車が一台ついていますが、一般車輛と同じ扱いですね。今回のお出かけは公務ではなく、悠仁親王殿下と紀子妃殿下、悠仁親王殿下の御友人と親御さん、それから宮内庁の職員である運転手と、側衛と言う皇宮護衛官が助手席に乗って、全部で六人。警視庁の覆面車には、三人ぐらいでしょうか。宮家の皇族方と考えれば普通の対応なのですが、秋篠宮家を他の宮家と同じに考えていいのか、という問題がありますね。
猪瀬
皇太子同妃両殿下の居所である東宮御所には、職員が七〇人程いるそうですが、秋篠宮家には?
山下
二〇人程です。通常、宮家の宮内庁職員は十人もいませんから、それに比べると突出してはいます。ただ東宮御所と比べれば三分の一。なぜここまで差があるのかといえば、一一九代の光格天皇から一二五代の陛下まで、二〇〇年を越えて皇位は直系で続いています。将来の天皇となる皇太子は、内廷の天皇ご一家、皇太子ご一家から出る、という固定観念で組織の問題が考えられているということでしょう。
猪瀬
今では秋篠宮家に皇統が移ることがほぼ確実となっているわけですが、今回の事故を受けて、宮内庁や政府は、対策を取ろうとしているでしょうか。
山下
宮内庁次長は元警視総監ですが、今回の秋篠宮家の事故については、ヒューマンエラーだと結論しています。つまり警備体制を見直す必要はないと。
猪瀬
お役所の事なかれ主義と、本質的な問題とが、同じ次元に置かれてしまっているんですね。

さて、ここから本題、天皇の譲位について、話をしていきます。二〇一六年八月八日、天皇陛下がテレビを通じ、国民に象徴としてのお務めについて「お気持ち」を表明されました。個人的な意見で構いませんので、秦さん、どう感じておられますか。
政府有識者会議で、八月八日の天皇陛下のビデオメッセージに対する専門家のヒアリングが行われましたが、想定したより意見が割れている気がします。世論調査によれば、国民の九割が長い間ご苦労様でした、と天皇陛下のお気持ちを素朴に受け止め、譲位はやむを得ないと受けとめている。

ところが専門家は、半数前後が譲位に反対、あるいは慎重な立場をとっている。自由意思による退位を認めると次世代の即位拒否など皇室制度の存立を脅かすとか、特例法でも皇室典範の改正でも、天皇陛下のご意向を受けて政府が動くことになれば憲法に抵触するとか、天皇の本来の仕事は、国民のために祈ることであるから、公務などで国民の前に出なくてもよい、閉ざされた天皇でもいいじゃないかという意見がありました。

私は八月八日のメッセージは、陛下が考えぬいたお言葉だと思います。ですから個人的には、天皇陛下のご要望に沿う形で、実現するよう、周囲が力を尽くすべきではないかと思っています。

その場合に、特例法でいくか、皇室典範の改正をするのかということになりますが、これについても意見が割れています。私は特例法で今上天皇に限って譲位を認め、次の問題が出たときにはまた特例法でいけばいい、というような先送りでなく、きちんと典範の改正をすべきだと思います。現在は与党が野党に対して優位にある。野党第一党の民進党が典範改正を主張していることもあり、皇室典範の改正に取り組む好機です。
猪瀬
安倍内閣は安定した政権で、毎年のように変わったりしない。腰を据えて改正することが可能ではないか、ということですよね。一方、竹田さんは時限立法を主張していますね。
竹田
譲位には歴史上、問題がたくさん起こりました。一つは上皇が政治を混乱させた事例、また政治権力者により天皇の意思に反して退位が強行された事例、天皇が譲位を宣言するタイミングによって政治に圧力をかけた事例です。しかし今上天皇に関していえば、譲位なさることは問題がないでしょう。陛下が政党を作って政治に関与することはないでしょうし、既に公表済みですから、新たに政治に圧力がかかることもない。譲位のご意向がわかっているので、意に反して強行されるわけではない。ただこれを制度化してしまうと、のちの世にいかなる問題が起こるとも限らない。一五〇年間何度も公式に議論された結果、譲位は制度化すべきではないとの結論を上塗りしてきています。特措法は問題の先送りではなく、現実的な方針だというのが、私の見解です。
猪瀬
山下さんはどう感じられましたか。
山下
最初に感じたのは、とても陛下らしい、ということでした。陛下は「象徴としての地位と活動は一体不離」というお考えを持っておられます。象徴という立場は、活動を伴ってこそ担うことができると。実際、譲位という言葉は使われていませんが、活動が伴わなくなったときには皇位を譲るべきだ、というお気持ちは理解できます。

二〇一五年の段階では、近い将来、摂政を置くのか、国事行為臨時代行とするのかの判断に迫られることになるだろうと思っていました。陛下が二〇一五年の全国戦没者追悼式で、式次第のご順番をお間違えになったのを拝見して驚きましたし、富山海づくり大会でも、閉会の辞の直前に終わった式の進行をお尋ねになられる場面があったとか。そうした出来事が、八月八日のお言葉の、最終的な後押しになったのでは、と思います。
高齢化社会―摂政制度か 皇室典範改正か、特例法か

猪瀬
高齢化社会ですから、健康上の理由から、国事行為や象徴としての天皇の役割を充分に果たせないというご懸念は、他人事ではない。ただ、天皇が摂政を置くことをあれほど否定しているのは不思議に思います。有識者会議でも、なぜ摂政ではいけないのかという意見が出ていますね。皇室典範第十六条を見ると、〈天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。〉二項には〈天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。〉。そして第十七条に、摂政となる就任順位は、その第一が、〈皇太子又は皇太孫〉と。現行の皇室典範に、〈高齢〉または具体的に〈八十歳以上〉などと項目を加える。高齢社会は続くのですから、そういう改正が必要なのではないかと思うのです。
私は摂政には反対です。〈精神若しくは身体の重患〉をむりやり適用するのは失礼極まりないからです。ビデオメッセージで陛下が、摂政には反対であるという意向をかなりはっきりお示しになったのは、父である昭和天皇のご経験に影響を受けているのではないでしょうか。皇太子だった裕仁親王は大正一〇年から一五年まで、五年間摂政を務めている。大正十年に大正天皇が四十二歳のとき摂政任命の勅語を発したときに、宮内省から『天皇陛下御容體書』が公表され、大正天皇のご病状が一般に知られることになりました。

その内容はかなり辛辣で、このご病状では天皇の任に堪えないと。大正天皇を貶めるような発表の裏には、元老の山県有朋、原敬首相、内大臣になった牧野伸顕らの政治的意図があったと考えても、無理からぬことと思います。
猪瀬
昭和天皇はご病状が重くなられ、下血の状況や、身体の図まで全て新聞に載ることが耐えられない、と側近に漏らしたそうですが、その状態は大正天皇が摂政を置いたときより重患に思われます。それなのになぜ、今上天皇は当時、皇太子として摂政につかなかったのか。
竹田
それも昭和天皇の摂政宮としての辛いご経験が影響しているのではないかと。大正天皇は、裕仁親王の摂政就任に反発なさったそうです。摂政は天皇本人のご意思に関係なく実行されてしまう。大正天皇は納得なさっていなかったんです。原武史さんの『大正天皇』には、頭脳明晰な人物であったことが明らかにされています。皇太子時代から開明的で自由なお考えをお持ちだったようで、当時の政権に、昭和天皇が模範とすべきは、父君の大正天皇ではなく、明治天皇だという意図があった。「遠眼鏡事件」と俗に呼ばれ流布している、大正天皇は頭が弱かったという説は、一種のプロパガンダだったと言えるのではないかと。
山下
摂政制度では天皇は蚊帳の外なんです。国事行為臨時代行には、天皇の意思が反映します。閣議が国事行為臨時代行任命の助言をし、天皇が承認をするという流れです。対して摂政には天皇の意思は必要ないので、意思確認ができない状態になったときに、皇室会議を開いて摂政を決めます。昭和天皇に晩年、摂政を置かなかったのは、寝たきりであっても、ご意思が確認できたので、国事行為臨時代行を行えばよかった、ということでしょう。

今上陛下が摂政を否定するのは、やはり昭和天皇から摂政宮時代のご経験を聞いておられたからでしょうし、何よりも天皇は象徴として、国民に姿を見せることが大事だとお考えだからでしょう。摂政は象徴ではないですから。復帰の可能性があるならまだしも、終焉まで摂政を置いたままならば、譲位すべきだとお考えなのだと思います。
私が気がかりなのは、仮に現天皇が八十五歳で譲位されると、五十八歳で皇太子殿下が天皇になるわけです。問題はその後で、次の継承順位である秋篠宮は皇太子と五歳違いですから、新天皇が八五歳まで在位すると、秋篠宮の即位が八〇歳になる。秋篠宮は在位期間が非常に短く、それに伴って問題がいろいろ出てくると思います。その辺りを十分に考えた上での今上陛下のメッセージだと思いますから、私は摂政に逃げ込むべきでないと思います。
竹田
今上陛下は非常に真摯な方で、宮内庁からの公務の軽減の提案を受け入れず、象徴としてふさわしいあり方ができないならば、皇位を譲りたいとお考えになっています。一方で、昭和天皇は、年齢とともにご公務を軽減されながら、国民のしあわせを祈り、終身、天皇として存在し続けました。このどちらか一方を正しいと決めて、例えば皇室典範を改正してしまっていいのか。今、弾力性をもった制度こそ求められるのではないでしょうか。
今上天皇の多忙な日々 宮中祭祀は私的行為!?

猪瀬
ところで、天皇陛下は具体的にどのようなことをなさっているのかを、おさえておきたいのですが。まず一つ目は、憲法に定められた国事行為ですね。
山下
国事行為とは主に表御座所や御所で、書類を決裁する仕事です。恒例の儀式としては唯一新年祝賀の儀が国事行為としての儀式です。外国の大使が東京駅から馬車で皇居に行き、天皇に信任状を渡す信任状捧呈式や国会開会式ご臨席などは国事行為に伴う公的行為と呼ばれます。
猪瀬
新たな特命全権大使が来た件数は二〇一五年は二八件、多い時は年に四〇件を超えたようです。国の数が増えたこともあり、今上天皇の七十四歳当時と昭和天皇の同年齢のときを宮内庁が比べたところ、外国賓客や駐日大使らとの謁見は一・六倍、外国に赴任する大使との面会も四・六倍に膨らんでいる。

それから二つ目は公的行為です。これは記念式典や国民行事への出席、国内巡幸や外国への公式訪問等。 三つ目に、「その他の行為」として、美術展やコンサート鑑賞などの私的な外出や研究、それから宮中祭祀があります。

二〇一五年の「国事行為」が一〇四七件、「公的行為」が五二九件、「その他の行為」が八十七件。公的行為に含まれる「行幸啓」は、昭和天皇八十二歳のとき四十二件だったのに対し、今上天皇は一二八件。
山下
譲位に限らず、いつかは代替わりが行われるわけですが、そのときに新しい天皇陛下が、今上陛下の公務を全て受けつがねばならないのか。そうなると、徳仁親王が新しい時代の要請に応じて、すべきとお考えになったことをする余地がなくなってしまう。そのことは非常に心配です。陛下ご自身、もしくは宮内庁が公務の整理をしないと、皇太子殿下が天皇になってから、先帝のしていたことをやらないとは、なかなか言えないので。
猪瀬
両陛下は公的行為にも、宮中祭祀にもご熱心ですよね。宮中祭祀は第二次大戦以降、国家神道が廃されたため、私的な行為に位置づけられている。しかし私的どころか、これはかなり大変な仕事です。
竹田
そうですね。宮中祭祀の大変さは、三笠宮寛仁親王から切々と聞いたことがあります。皇族方からご覧になっても、陛下の担っているものは重い。それを何事もないかに、なさっている姿が神々しいと。

年間約二〇の祭儀が行われますが、元旦の四方拝、歳旦祭は平安装束をつけたまま、防寒具なし。また十一月二十三日の新嘗祭は、ご高齢ということで簡略化されましたが、元は二時間の祭祀を二回行っていた。
山下
夕の儀を十八時から約二時間と、暁の儀を二十三時から日付を挟んで約二時間の二回です。平成二十六年から暁の儀へのお出ましはなくなりましたが、長時間正座で行われるお祭りのため、秋が近づくとテレビをご覧になるときなどに、正座の訓練をなさるそうです。
竹田
国民の幸せを神に祈る場で、倒れでもしては大変だということですね。
山下
私も歳旦祭に参列したことがありますが、まだ暗いうちから始まり、だんだんと冷えて、膝の上まで感覚がなくなります。
閉ざされた天皇から象徴 として存在を示す皇室へ

猪瀬
今は十一月二十三日の勤労感謝の日が、新嘗祭だったことをほとんどの人が知らないよね。そもそも祭祀とは秘儀であって、見せないことによって、儀式は神秘性を帯びるということだと思いますが。

宮中祭祀は、ある種の神話であり、実態でもあり、連綿と続いてきた万世一系は、儀式と一体となったものであると思います。血のリレーだけではなく、秘儀を繰り返してきたことで築かれてきたものがある。  皇位の継承はこれまで、天皇の崩御によって突然訪れ、元号も突然変わってきました。あるとき、時間軸がふいに変るわけです。そのことで我々は、天皇という存在に日常性を超えた力を感じてきたのだと思います。ところが生前退位という形をとると、例えば一月一日から元号が変る、ということになる。これは近代合理主義です。近代合理主義に、日本の精神性を預けてしまっていいのか。
山下
確かに、歴史的に天皇というのは、御簾の中にいる、民からは見えない存在でしたよね。閉ざされた中で国のため祈る存在だった。ところが近代皇室では、見える天皇になったわけです。目に見えない精神性を守りつつも、象徴である存在を示し、国家、国民との関係を築いていくことも、天皇の務めなのです。昭和天皇の人間宣言にありますように、国民との紐帯は信頼と敬愛によって結ばれるもので、単なる神話や伝説から生じるものではない。陛下は自らの活動を通じ、それを具現化しておられる。近代皇室は、伝統や祭祀等の秘する部分と、行幸啓や国際親善等の見える部分が融合して成り立っていると思います。

ただやはり気になるのが、秦さんが指摘された、秋篠宮殿下の皇位継承です。
八〇歳で即位はきついですよ。それに五年後には譲位となる。
猪瀬
結局、行きづまりの話なんです。行きづまりは、打開しなければいけない。そのために天皇陛下は言葉にするしかなかったと思います。秋篠宮の任期だとか、この先起こり得ることが想定できるわけですよね、それなのに。制度設計を抜きにして、対策を打たないのは無責任ですよ。

退位については、オランダ、ルクセンブルグ、ベルギーのベネルクス三国では、王は生前退位しています。一方、デンマークとスウェーデンは終身で務めておられる。世界を見ても、必ずしもこれが正しい答えだというものはない。
ただ譲位の場合には、いずれにしても、元号の問題にぶつかります。
山下
元号法は「元号は、政令で定める。」「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。」という二項しかない法律です。譲位が認められ、一年後に天皇が変る、となったときに、元号をどう扱うべきなのか。
竹田
明治以降は一天皇一元号ですが、かつてはめでたいことが起きたり、天災や飢饉など悪いことが起きたときに元号を変えていました。幕末に変わりすぎて混乱したこともあり、明治元年に一世一元となりましたが、もともと皇位の継承で元号が変わる、という伝統だったわけではないんですよね。その本質を考えれば、極端に言えば一天皇一元号制を解いてしまってもよいのではないか。
山下
元号をどのタイミングで公表するのかも気になりますよね。譲位ということであれば、予定がわかっているわけですから、カレンダーも手帳もありますし、国民感情としては、早く出してくれということになるでしょう。
猪瀬
元号だけでなく、代替わりをするとしたら大嘗祭があり、その前年には大嘗祭用の田んぼ、悠紀田(ゆきでん)主基田(すきでん)を確定する必要も出てくる。天皇崩御の後、即位の式典は間があきますよね。
山下
喪が明けないとお祝い事ができないし、悠紀田主基田の選定もできず、二年程間があきます。
猪瀬
そのタイミングをどう考えるのか。それから新天皇の居所についても考えなければならない。徳仁親王殿下が天皇になれば、皇太子がいなくなりますから、秋篠宮殿下を皇太弟とするのなら、それも制度化しなければなりません。いろいろな問題がありますが、やはり特措法でなく、皇室典範の改正に取り組まねばダメだと思うんです。
官邸では数年前からチームを作って、研究を重ねています。下準備はできていますから、待たれるのは政治的決断ですね。私は新しい天皇皇后の時代となれば、公務も減って来るのではないか。宮中祭祀もおそらく簡略化に向かい、元号は西暦に統一するという意見が強くなるのではないかと思っています。
山下
どこに落ちつくのであれ、政府が結論を出せば、立派だと思っています。十数年先延ばしにして、本当に摂政をおかなければならないような状況になれば、議論は終わるでしょう。しかし天皇の制度は、憲法と皇室典範に定められていますが、私は国家と国民と、天皇家の使命感、これがないと持たないものだと思っています。一度譲位を認めたら、その後の天皇にも、恣意的に退位する人が出るのではないか、などと言いますが、それであれば、内閣からの文書に署名しないということだって起こり得るのではないか。天皇も生身の人間です。国家国民が敬愛し、いくら制度を改正したとしても、天皇家が使命感を失ってしまえば終わりです。天皇家の責任感や使命感に頼っている。様々な矛盾を、そこで解決してもらっているというのが現状です。そうした使命感をそがないように、国家、国民はどうしていけばいいのか。何も天皇陛下がいうことを、すべて聞き入れる必要はありませんが、制度が整えばいい、ということでは決してないと申し上げておきたい。
猪瀬
今後の政府の決断は、たぶん一時しのぎのものになるでしょう。それが現実であるならば、問題の深層に近づけないままで無責任であると思います。今日はこの辺で。
2017年1月6日 新聞掲載(第3171号)
このエントリーをはてなブックマークに追加