【横尾 忠則】夢にエル、ビンタ、マイケル、シェール、 ルン、ミンネ、バーゴ、タマ…そして ホームレス猫との再会♡|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側 第266回
2016年11月18日

夢にエル、ビンタ、マイケル、シェール、 ルン、ミンネ、バーゴ、タマ…そして ホームレス猫との再会♡

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台所でホームレス猫と

2016.11.6
 いくら思い出そうとしても現在のわが家の間取りが思い出せない。思い出そうと思えば思うほど思い出せないで思い出すのは郷里の実家の間取りばかりだ。茶の間から離れに通じるおくどうさん(かまど)のある土間辺りの光景ばかりで現在の住居は一体どこに失せてしまったのだろう。そんな昔の懐かしい場所にすでに行方不明になってしまったり、死んでしまった猫、その大半は現在のわが家で飼っていた猫ばかりだが、その猫達が一同に実家に戻ってきている。エルも、ビンタもマイケルもシェールもルンもミンネもバーゴもタマもいる。

夕方アトリエから帰ると玄関の野良猫用のエサの器の前にホームレス猫がいるではないか。すでに台所からひょいと半回転して外に飛び出して以来一ヶ月。「ほんまに帰って来たんや」。妻を呼ぶと彼女も驚く。「よく帰ってきたネ」。もう二度と会えないかと思っていただけに感動の再会や。またこれからも台所に現れるかも知れんよ。
2016.11.7
 この間亡くなった灘本唯人さんにひょっこり会う。ごく普通に生前のままの姿で会う。その側に元日宣美事務局の唐木田女史もいる。45年振りかな? 10年前、もっと前かな、ある日彼女が電話をしてきて、ぼくが60年代に描いた「宣伝会議」の表紙の原画を持っているので、「お返ししたい」と言ったが、それ以来彼女は消息不明になってしまった。「今どこで何をしているんですか?」と灘本さんの側に立っている唐木田さんに聞いた。「今は菊村到さんとよく会っています」と言って、飲み屋のカウンターでラーメンをすすっている菊村氏らしい人とその仲間のいる店のビジョンをぼくに見せてくれた。やっと行方不明になっていた絵を返却してもらえる、と思ったところで目が覚めてしまった。シマッタ、電話番号を聞いておけばよかったと思ったが、夢と現実は見えない壁で隔てられている。まさか菊村氏に夢で会った唐木田さんの消息を尋ねるのも失礼かと、こういう場合どうすればいいのだろうと、とりあえずネットで菊村氏を検索すると、氏はすでに十数年前に亡くなっておられることが判明。
2016.11.8
 穂村弘さんと共作の絵本の件で近所に引っ越してきた中川ちひろさんが追分けだんごを持参の出版社の人たちと来訪。「追分」とはY字路のこと。夕方、穂村さんに電話をするが不在。

昨日もしかしたらホームレスが再び台所に来るかもと言ったらやっぱり現れて、妻の足元で生肉の料理がでるまで行儀よくキチンと手を揃えて待っているのは以前のまま。
2016.11.9
 荒俣宏さんと海外旅行へ行くことになって、空港で手続きをするが、何んとパスポートを持ってくるのを忘れた! 現実で起ると困ることばかりが夢で起ってくれるので、夢は現実からパニックを回避してくれていると思えば夢に感謝だ。

難聴が一瞬治った!♥◎☆「ヤッタ!」と思ったら夢だった。でも夢は一瞬でも現実の苦難から救おうとしてくれている。これも感謝♥ トランプ新大統領の誕生は悪夢。
2016.11.10
 『死なないつもり』(ポプラ新書)の取材依頼が計7本。タイトルにつられて読んだと言う編集者がほとんど。この変なタイトルの命名は編集者の朝井さん。まだ書評も出ないうちに「重版が決定しました」と報告。

町田市立国際版画美術館で来年4月に全版画展、その企画会議。初の大規模な版画展になりそう。同時に出版も。
成城のわが家の昔(昭和10年頃)

2016.11.11
朝日新聞の書評編集者依田さん大上さんと増田屋↓アルプス↓あんやへ。

『文藝』の<アトリエ会議>の鼎談を保坂和志さん、磯﨑憲一郎さんと。「耳に言葉が入らないと口から言葉も出にくい」と言ったわりには、「一番よくしゃべったのは横尾さん」と保坂さん。
2016.11.12
 唐木田さんの消息を調べてくれていたgggの北沢さんから、10年前に入院されたというところまでは追跡できたが、身内がないのと老齢を考えると、と言いにくそうに報告があった。
2016.11.13
 日曜日は暗黙の約束で山田さんと増田屋↓風月堂。

早朝から夕方まで制作。絵は思った通りにではなく思わない通りに勝手に進行する。だからスリリングだ。一体誰が舵を取っているのだろう。考えた時は自分だけど、で、ない時はミューズ神が手伝ってくれる。自分の限界を超えるためには「考え」を放棄してある種の危機的状況に追い込む。すると魂が動き、他力が働く。ぼくにとっての創造の醍醐味である。

2016年11月18日 新聞掲載(第3165号)
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