キルト作家・デザイナー・こうの早苗さん (下)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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あの人に会いたい
2016年11月25日

キルト作家・デザイナー・こうの早苗さん (下)

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キルト作家としてのこうの早苗さんは、組織の代表として株式会社「パンデピス」を束ねる。パッチワークの商品企画、製造、販売、教室や直営店の運営を行う会社だ。「知らないことだらけで、きっと若かったからできたこと」と株式会社設立当時を振り返る。今ではスタッフも十人に増え、それぞれが役割を分担し、こうのさんが不在でもいろいろなことがうまく回る仕組みができている。

オーガンジーとコットン、ビーズやレースなど、さまざまな素材を組み合わせる、こうのさんならではの布合わせにはファンが多く、パッチワークキルト作家として独特の存在だが、同時に洋服も提案できる人は数少ない。テキスタイルもデザインするので、オリジナルの布もシーズンごとに発表し続けていて、海外でも高い評価を受けている。

福岡を拠点にして月に四、五日は東京で教え、地方都市での企画展で全国を飛び回り、台湾など海外で教えることもいとわない。「それでも三〇代の忙しさと比べたら、今はとにかく楽」だと笑う。

こうのさんが直接教える生徒さんは、福岡に七十人、東京に五十人。講師の資格を持つ先生は何人もいて、それぞれの立場で「こうの早苗ブランド」をしっかりと回している。

「私ね、五十八歳くらいの時に、自分の人生に結論を出そうとしたことがありました。この先自分はどうなっていくんだろうと、二年間くらいずっと考えていたんです。組織を縮小してお店ももっと小さくして。だんだん衰えていくのかなぁって。でも終わりは自分で決められることではないと気づきました。終わるときは自然にやってくる。そう思ったら気持ちがすごく楽になって。六〇歳になって、我に返った気分だった」 だからきっと「還暦」というのだろう。

オリジナルの布地で作られた、着心地のいいワンピース
還暦を過ぎたこうのさんは、今まで以上に精力的に動いている。東京にいるときは特に寸暇を惜しむように歩き回っているという。そして見たこと、感じたことを福岡に帰って生徒さんに伝えることも自分の役目だと考えている。「いろんなところに行って、いろんな人に会って。これは誰もができる経験ではないと思います。それを私が話すことによって、みんなの刺激になればいい」

ご主人を亡くした時から、ひたすら走り続けてきたのだろう。「当時は自分のことで精一杯で、人の気持ちを汲み取ってあげる余裕がなかった」という。身近にいた子供たち二人も、お母さんをいたわりたい、守りたいという意識が強く、そんな気配を感じながら日々過ごしていた。昔はみんなで夜遅くまで仕事をするのが当たり前だったけれど、今は午後七時で業務は終了。残業してはいけないというルールも作った。

ふとした瞬間、例えば庭の花に水をやっているようなときに「幸せだなぁ」としみじみ感じるという。これは五〇代の時には考えられなかったこと。だから、これから先がとても楽しみなのだ。「今は目の前のことにしっかり向き合って、とにかくベストを尽くそうと肝に銘じています」

最後に「これから何を手に入れたいですか?」と尋ねた。「健康と美とパッチワーク。この三つが、私のこれからのスローガンです」と明快な答えが返ってきた。

健康と、美しくあることはいつも意識していること。それには気持ちが穏やかで安定していることがなにより大切。そのためには負の感情を極力排除して、精神をコントロールできる状態でいたいと言う。パッチワークを含めた手作りも今まで同様、自分らしくいることの一つの表現方法として大切にしたい。そしてまた、結婚後に生活の必需品として始めた手作りを、いま再び見つめなおして、自分の原点に据えたいと思っている。

たくさんの人でなくていいから、誰かにとって生き方の手本になるような、そんな女性でありたいと願っているこうの早苗さんは、ますます進化するに違いない。

2016年11月25日 新聞掲載(第3166号)
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