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2016年12月23日

内田繁さんのこと

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敬称抜きで「内田繁」と呼ばせてもらっていた。ケイツーを創ったころだから50年近くの付き合いとなる。彼を紹介してくれたのが倉俣史朗さんであった。「彼も桑沢デザイン研究所の出身です」と渋谷・並木橋にあった「長崎ちゃんぽん」屋さんだったと記憶している。

倉俣さんとは不思議なご縁で、ケイツーの相棒、黒田征太郎から引き合わされたアイビーの「ヴァンヂャケット」が全盛の頃、「ヨーロピアン」の「エドワーズ」として旗揚げしたアパレル会社のビルを建設中で、その最上階に倉俣事務所が出来上がるとの話を聞きつけ「エドワーズ」をスポンサーとして「ケイツー」が設立したという経緯があった。倉俣事務所は連日千客万来の賑わいであった。色々な分野のアーティストが訪ねて来ていた。話しは長くなったがその中に内田繁はいた。なぜだか馬が合い、連日連夜の会合となった。仲間から「ユーヤ」と呼ばれていた。ロックンローラーの内田裕也さんをもじってのことだろうが、確かに歌が上手かった。カラオケのない頃なんだけど、アルコールが身体中に万遍無く行き渡った頃、どこからかギターが出て来て「ユーヤ、よろしく」との声で彼はギターを弾き、誰が何を歌おうが丁寧に伴奏してくれたことを思い出す。気がつけば朝方だったのはしょっちゅうのことだ。

六本木のケイツーのお向いにある「バルコン」というカフェのデザインを内田繁がした。そのお店にはありとあらゆる人達が夜な夜な杯を交わし、情報交換をし、上下関係もスポンサー関係も何のボーダーもない楽しい空間があったことを思い出す。

内田繁さん、お互い色々あったけどほんとに楽しかったです。有難う、お疲れ様でした。合掌。
2016年12月23日 新聞掲載(第3170号)
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