港区立麻布図書館 文学講演会 海外文学のすすめ 金原瑞人さんをお招きして 講演レポート|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年1月6日

港区立麻布図書館 文学講演会 海外文学のすすめ 金原瑞人さんをお招きして 講演レポート

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11月12日、港区立麻布図書館で、翻訳家の金原瑞人氏による文学講演会、「海外文学のすすめ」が開催された。金原氏は、児童書やヤングアダルト向けの作品、一般書、ノンフィクションなど訳書が四五〇点を超える翻訳家で英文学者、法政大学社会学部で教鞭を執る教授でもある。その金原氏による海外文学の講演は、なんとジャガイモの話から始まった?! その講演の一部をレポートする。 (編集部)


■野菜から異文化衝突を語る

「いきなり野菜なんですけど……」、という言葉から始まった講演は、昨今の野菜の高値、北海道のジャガイモ不作からの連想で、十九世紀半ばのアイルランドのジャガイモ飢饉の話になった。
「原産地の中南米・アンデスからヨーロッパに伝わったジャガイモをいち早く取り入れたのは、長い間イングランドに支配されていて寒冷地で地味の貧しいアイルランドだった。ところがヨーロッパでジャガイモ立ち枯れ病が蔓延し、ジャガイモが穫れなくなって、アイルランドは飢饉で人口の二割三割が死んでいくという非常に悲惨な状態になった」。

一八四五年から四九年まで立ち枯れ病の被害は続き、食いつめた人々は死ぬか移民するしかなかったという。
「一八二〇年頃から始まっていたアメリカ東海岸への移民が、一八四五年から劇的に増える。そして二代三代と代を重ねるうちに実業家や政治家が出てくるが、そのうちのひとり、一八四〇年頃に移住してきたパトリック・ケネディのひ孫で、アイルランド系のカトリックで初めて、そして最年少で大統領に選ばれたのがJ・F・ケネディだった。ジャガイモ飢饉がなかったら、J・F・ケネディも生まれておらず、キューバ危機も回避できなかったかもしれない。そう考えるとジャガイモが与えた影響は計り知れない」。

ほぼ同じ頃に中南米からヨーロッパに伝わってきたものにトマト、唐辛子がある。トマトはもはや現在のイタリア料理に欠かせない食材になり、唐辛子はヨーロッパから中近東、インド、アジアへと伝わって、インドのカレーを辛くし、四川の麻婆豆腐を激辛に変え、韓国のキムチを誕生させた。ジャガイモ、トマト、唐辛子、これらすべてがアメリカ大陸から伝わって、政治も経済も変えていった。

「文化と文化がぶつかるというと抽象的だが、料理に置き換えて考えるとよく分かる。文化の衝突で異文化を取り入れると、新しい思いがけないものが生まれてくる」。
■アメリカの公式記録に残るはじめての日本人

アイルランドからの移民がアメリカの東海岸にきていた一八四九年、西海岸のカリフォルニアで金が見つかりゴールドラッシュが始まった。アメリカの男たちは一攫千金を夢見て西海岸を目指したが、このときに日本人が一人、金を掘りに行っているという。それがジョン万次郎(一八二七~一八九八)だった。万次郎は仲間四人と漁に出て遭難、無人島の鳥島まで流されてアメリカの捕鯨船に救われる。その後、船長に気に入られた万次郎は、アメリカに行き学校に通って、読み書きそろばん、さらには算数、測量術と航海術などを習得する。土佐の万次郎の家は貧農だったので日本語の読み書きは知らず、最初に覚えたのが英語の読み書きだった。

「その万次郎の頭の中に注目して欲しい。彼は英語の聴く、話すはできる。でも万次郎の頭の中にあるのは日本語といっても土佐弁で、その頃の万次郎は土佐弁と英語のバイリンガルだった。「Whatareyoudoing?」が「おんしゃなにしょーりゃー」という言葉に、「You can't make a fool of me」が「なめたらいかんぜよ」に呼応していた(笑)」。

アメリカでさまざまな経験を積み、長い航海と困難を乗り越えて帰国したジョン万次郎は、すぐに江戸幕府に呼ばれて江戸へ行き、そこで初めて日本の侍言葉と読み書きを覚える。
「万次郎の頭の中はとても特殊で土佐弁の次に英語、次に侍言葉が入ってきて日本語の読み書きを覚える。彼は航海術の翻訳書や『英米対話捷径』という英会話のハンドブックを作ったが、咸臨丸の船長・勝海舟も福沢諭吉もこの『英米対話捷径』を懐にサンフランシスコを目指した」。
講演会の様子

金原氏はスライドで、『英米対話捷径』など当時の辞書を示しながら、縦書き文化が横書き文化をどのように取り入れていったのかを例をあげて説明し、ここまでの話をこのように結論づけた。
「これも異文化衝突の話。横書きが縦書きの世界に殴り込みをかけてきた、どうするか。文化と文化のぶつかり合いは大抵強い方が弱い方を叩き潰すことで決着がつくが、料理の場合はそうではなく、この場合も縦書きが横書きにできるのではないかと気がついたときに表記の可能性が二倍に増えた。異文化の衝突というのはそこが面白い。異文化を自分の文化に取り込んで可能性を広げていく。それがまさに翻訳で、つまり他の文化で自分たちの文化を変えていくのが翻訳の面白さだと思う」。
■内側から生まれる異文化

文化の衝突というと、外からの異文化を想像するが、そうではなく一つの文化の内側に突如として異文化が生まれることがあるという。
一九四五年、第二次世界大戦が終結し、アメリカはいきなり高度経済成長時代に入る。第二次世界大戦でヨーロッパは荒廃するが、自国が戦場にならなかったアメリカは経済的に急成長し、一九五〇年代、その利潤が教育にまわった結果、高校生、大学生の数が増加して社会構造が変わってくる。それまでの大人と子どもという二層構造が、子ども、若者、大人という三層構造になる。

「一九五〇年代のアメリカに若者という層ができる。ちょうどこの頃に黒人が演奏するR&Bが流行して白人の若者も隠れて聴くようになるが、これに目をつけたのがレコード会社だった。しかし当時のアメリカでは黒人のレコードは出せなかったので、彼らはロックンロールという名称で白人に歌わせることにした」。

エルヴィス・プレスリーの誕生である。一九五〇年代後半、ロックンロール全盛になり、若者が歌う若者の歌ができる。R&Bとロックンロールはすぐに飛び火して、イギリスではローリング・ストーンズ、ビートルズなどが登場する。ファッションの世界でもカジュアルなジーンズを基調とする一〇代~二〇代向けのファッションが出始めて、それが世界中に広がっていく。映画でもジェームス・ディーンの「理由無き反抗」「エデンの東」、舞台では「ウエスト・サイド・ストーリー」という若者文化が生まれてくる。

「そして、若者文化が生まれたときに若者向けの小説が生まれる。一九五一年のJ・D・サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』がそのさきがけだった」。

六〇年代から七〇年代、若者たちが大学紛争を起こし、ベトナム戦争反対を叫んで政府と衝突する。内側から発生した新しい文化が既存の文化とぶつかる。それらすべての発端は、一九五〇年代のアメリカにあった。
■本論「海外文学のすすめ」

金原氏は講演の終わりをこのように締めくくった。
「海外文学はいわば異文化。でも異文化の差はあるときふと乗り越えられるときが来る。こんなに違うのに、ある一瞬わかってしまう。そういう楽しさがおそらく海外文学の面白さで、海外文学を読むことは、こんなに違う文化の中で世界中の人たちと同じ心理的体験を共有する奇跡のような時間を味わうことができる、ということかも知れない。日本は明治以降の良き伝統で、いろんな国で書かれたものが母語で読める。それを訳す人がいる。これを機会に海外文学を取りあえず三冊くらい読んでみてください。それで駄目だったら諦めてくださっても結構です(笑)」。 


「BOOKMARK」は翻訳家の金原瑞人さんが同じく翻訳家の三辺律子さん、イラストレーターのオザワミカさんの協力を得て個人で発行している海外小説を紹介する無料小冊子。

毎号テーマごとに本をセレクト、全24頁・フルカラーで16冊の本を、それぞれの訳者が紹介する。最新第6号は「明日が語る今日の世界」(16年12月発行)と題し、未来を描いた物語を集めた。巻頭エッセイは、星野智幸氏。個人で冊子が欲しい方は、取り扱い書店または取り寄せ(冊子到着後に100円分の切手を事務局まで送付)。詳細はWEBサイトで確認を。
WEBサイト
2017年1月6日 新聞掲載(第3171号)
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