ポピュリズムとは何か / 水島 治郎(中公新書)世界をゆるがす「熱狂」とは デモクラシーの「隘路」としてのポピュリズム|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年1月6日

世界をゆるがす「熱狂」とは
デモクラシーの「隘路」としてのポピュリズム

ポピュリズムとは何か
出版社:中公新書
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近年、各国でポピュリズムと呼ばれる政党・政治運動の躍進が著しい。特に2016年は、その画期となる年だった。イギリスでは6月、EU離脱の是非を問う国民投票で離脱派が勝利を収め、反EUを掲げるポピュリズム政党の「念願」が果たされた。アメリカでは11月、既成政治を非難し、移民やイスラムに批判的な発言で注目を集めたトランプが、大統領選挙で予想外の当選を果たした。

フランスやドイツ、オランダ、イタリアなど大陸ヨーロッパの諸国でも、ポピュリズム政党の伸張は顕著である。2017年に各国で行われる予定の選挙では、いずれも躍進が予想されている。また日本では、橋下徹の引退後も「維新」が依然として一定の支持を集めている。あたかも21世紀の世界が、ポピュリズムの時代を迎えた印象である。

本書はこのポピュリズムについて、その理論的位置づけを行ったうえで、主にヨーロッパとラテンアメリカを舞台とし、日本やアメリカにも触れつつ、その歴史的展開と現状を明らかにすることで、現代デモクラシーの「隘路」としてのポピュリズムの姿を示そうとした本である。

今もなお、ポピュリズムを「民主主義への脅威」と捉え、歴史の歯車を逆戻りさせる非合理な動きとする見方は強い。20世紀を通じて世界が勝ち取ってきた、自由と民主主義をひっくり返す動きが進行しているかのように論じる立場もある。端的に言えば、「あってはならない」ことが起きている、というのが主流派のメディアや既成政党、知識層の見方である。

しかし、ことはそれほど単純であろうか。本書で示したように、現代ヨーロッパのポピュリズム政党は、極右政党に起源をもつ場合でも、現在は極右色を事実上払拭している。むしろグローバル化やヨーロッパ統合を唯々諾々と受け入れる、無力な既成政党への人々の不満を一手に引き受ける形で、幅広く有権者の支持を獲得している。そしてエリート主導の政治を批判し、「デモクラシー」の論理に則って、国民投票をはじめとする直接民主主義的な手法で国の行く末を決することを訴える。

しかも今やポピュリズム政党は、「男女平等」や「政教分離」といったリベラルな価値を積極的に採りいれたうえで、「男女平等を拒むイスラム」は許さない、「政教分離を認めないイスラム」はヨーロッパ文明と根本的に相いれない、というロジックを展開している。オランダのポピュリズム政党・自由党のウィルデルスなどは、近代西洋の基本的価値である「自由」を守るためにこそ、「遅れた」イスラムと戦うことが必要だ、と訴えている。

そうだとすれば、ポピュリズムを批判することは、実は容易ではない。いわば現代デモクラシーの依拠する「リベラル」な価値、「デモクラシー」の論理を突きつめる形で、ポピュリズムが出現しているともいえる。その意味でポピュリズムは、「民主主義の内なる敵」(ツヴェタン・トドロフ)なのである。

もともと19世紀末のアメリカ合衆国に起源を持ち、20世紀中葉のラテンアメリカ諸国で花開いたポピュリズムは、農民や労働者をはじめとする民衆の期待を一身に背負い、エリート支配の打破や社会経済上の改革を志向する運動だった。アルゼンチンの大統領を務めたペロンは、その象徴的な存在である。

現代のポピュリズムが果たして改革の担い手となるのか、それともペロン大統領が政権後期に陥ったような高圧的な支配に陥るのかは、定かではない。ポピュリズム研究者として名高いマーガレット・カノヴァンは、「ポピュリズムは、デモクラシーの後を影のようについてくる」と言う。そうだとすれば、われわれはこの厄介な影をしばしば振り返りつつ、しかしやはり前を向いて、21世紀のデモクラシーを構想することが求められているのだろう。

この記事の中でご紹介した本
ポピュリズムとは何か/中公新書
ポピュリズムとは何か
著 者:水島 治郎
出版社:中公新書
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年1月6日 新聞掲載(第3171号)
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