野鳥歳時記 / 山谷 春潮(冨山房百科文庫)俳句文化の一翼を担う 「俳句=人と自然の架け橋」を支える本|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年1月6日

俳句文化の一翼を担う 「俳句=人と自然の架け橋」を支える本

野鳥歳時記
出版社:冨山房百科文庫
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本書は題名の通り、野鳥に特化した季寄せである。しかし、他の歳時記とは何かが違う。

著者の山谷春潮は、馬酔木俳壇の水原秋桜子門下である一方、日本野鳥の会の中西悟堂に師事していた。「山椒喰」がピリリリと鳴き交わす姿に初夏の訪れを感じ、句を詠みたいと思った。ところが歳時記に載っておらず句材にもなっていない。それ以前に多くの野鳥が句に詠まれていない、ときに名句が生まれても、感応する知識を多くの俳人がもっていない。もっと野鳥の俳句を――これは、そんな俳句と野鳥への“愛”から始まった仕事だった。

だからなのか、本書は読者に語りかけてくる。普通は句を作るために歳時記を引くが、本書は逆に、読んでいると野鳥に出合いたくなり、鳥声に耳をすませ樹間にその姿を探し、鳥の句を詠ってみたくなる。夕暮れの林道に〈啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々〉と、秋桜子の名句が降ってくる。

巻頭には鳥の美しい口絵が十頁、つづく「例言」には、昭和四十三年に初版刊行、戦時中に四版まで増刷され、戦後まもない昭和二十一年に五版が、そののち著者の遺志を受け長男の渉氏が改訂版を作ったとある。その数行に、戦時下にあってさえ弛まなかった著者の情熱、『野鳥歳時記』を求めた多くの人々の思いと、本書を次代へ伝えようという意志が詰まっている。

「凡例」の別記「本書の野鳥季語分類に関する趣旨」にも、著者の並みならぬ俳句と野鳥への愛が溢れている。在来の俳句歳時記より野鳥の季語を整理してみたところ、見逃せない欠点があった。その内容は、(1)主要な多くの鳥が、鳴禽類も含めほとんど秋に入っている(囀りの美しい鳥は、繁殖期の春または夏に観賞すべきと指摘) (2)鳴禽類のいくつかを除いては、その多くが「囀り」という季語一語に包括されてしまっている (3)主要な鳥類が脱落し、曖昧なものが歳時記に取り入れられている (4)個々の鳥の習性に季節が必ずしも関連していない。

この指摘にはドキリとした。例えば「囀り」に春の喜びを、「小鳥」に秋のアンニュイを込めて、雰囲気だけでものを見ず、観念で句を詠んでいませんか。日常生活においても、思い込みで分かったつもりになっていませんか、と問われているような気がしたのだ。そうして山谷は、新たな野鳥の季語の選定と、季分けという大仕事に着手する。春夏秋冬の他、無季の項があるのが斬新。

本文では、見出し語の下に分類項目が記されるが、その一つ「囀鳴、姿、渡り、猟」の区分がいい。例えば、夏の項の「三光鳥」を見ると、〈鶲科 夏鳥 山野の鳥 鳴・姿 図版Ⅱ・1〉とある。つまり、三光鳥は聴いてよし見てよしと一目でわかる。つづく色彩・形態・鳴き声などの平明な説明の後には、「雄の長い尾は生殖羽であって、冬季は抜けまた春に生えてくる。この長い尾を樹間に曳きつつ翔び交うさまはまことに見事なものである。鳴き方はツキヒホシと早口に言って後で大きくホイホイホイとしゃくるように朗らかに鳴く」と、実作の助けとなる風景が描写され、選句が並ぶ。たびたび出てくるカタカナの擬音に明るい気持ちになり、視覚以外の感覚を疎かにしていた日常に気付く。

三光鳥や大瑠璃などは、元は秋の季語だったというが、現在の一般的な歳時記では夏に入っている。志村秀雄の解説によれば「近代以降の俳句歳時記類は、多くを『俳諧歳時記栞草』によっており、逆に、その枠組みから抜けだしていない」。山谷は野に山に鳥の姿を観察し、また言葉の森に野鳥の名句を求め、ときに自ら詠った。この仕事ができる人物は、情熱においても適性においてもそうはいないだろう。近代俳句の祖といえば、「俳句分類」を手がけた正岡子規だが、山谷春潮もまた、現在の俳句文化の一翼を担ったといえるのではないだろうか。本書は実用書だが、余白には山谷春潮その人の人生がある。


俳句という小さな歌は、人と自然、個人と世界との細い架け橋になる。その橋をかける手助けを、この大きくはない本が担ってくれる気がしている。

この記事の中でご紹介した本
野鳥歳時記/冨山房百科文庫
野鳥歳時記
著 者:山谷 春潮
出版社:冨山房百科文庫
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2017年1月6日 新聞掲載(第3171号)
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