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文芸
2016年12月23日

別格の『ビビビ・ビ・バップ』 芥川賞を受賞した女性作家たちの作品も充実

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第一五五回芥川賞は、村田沙耶香の『コンビニ人間』(文藝春秋)が受賞した。主人公はコンビニでアルバイト歴一八年の女性。使えない新人の男性がある日転がり込んで同棲するが…という展開。主人公はコンビニという殺菌された箱庭で働くことにより世界の歯車になれ、そのことだけが自分を正常にしてくれるという。いわば下流社会の聖地であるコンビニが、ユング心理学の箱庭療法のようにある種のリハビリとして機能しているわけで、独特な実存や縄張り意識が興味深かった。また前著『消滅世界』(河出書房新社)における人工授精システムを導入した近未来社会もそうだが、ミシェル・フーコーのいう「ビオ・ポリティクス」(生を管理する政治学)の観点からも論じうる。他方、過去に芥川賞を受賞した女性作家の作品も充実していた。綿矢りさの『手のひらの京』(新潮社)、金原ひとみの『軽薄』(新潮社)、鹿島田真希の『少年聖女』(河出書房新社)である。このうち綿矢作品は京都を舞台とした三姉妹もので、姉妹の性格がくっきり分かれ、三者が織りなす物語から京都の「今、ここ」が瑞々しく描かれた。前著『ウォーク・イン・クローゼット』(講談社)の表題作は、ソフィア・コッポラの映画『ブリングリング』の東京版みたいだったが、綿矢は和製英語のガールズが示すF1層(二〇歳から三五歳の女性)の諸相を描写させたら右に出るものはいない。この流れで島本理生の『イノセント』(集英社)も印象に残った。

次は新人作家。まず新人賞受賞作では、崔実の『ジニのパズル』(講談社)、黒名ひろみの『温泉妖精』(集英社)、加藤秀行の『シェア』(文藝春秋)、山下紘加の『ドール』(河出書房新社)、畠山丑雄の『地の底の記憶』(河出書房新社)から才能の片鱗がみえた。とりわけ架空の町を舞台とした畠山作品は、電波塔から洞窟、人形愛といった精神分析学的な記号が散種されているが、ラピス・ラズリはヒッチコックがいうマクガフィン(プロットの展開に効果を発揮する一工夫)にあたる。スラヴォイ・ジジェクが分析したように、マクガフィンは「象徴界」(超自我)の空虚の位置を占める記号内容なき記号表現である。そう考えると洞窟への旅は、物語の連続した運動によって徹底した非連続をもたらした結果、現実が「現実界」(エス)へと旋回していくのだと捉え返すこともできる。他方、彼らの先輩にあたる作家の作品では、金子薫の『鳥打ちも夜更けには』(河出書房新社)、木村友祐の『イサの氾濫』(未來社)、奥田亜希子の『ファミリー・レス』(KADOKAWA)が読み応えがあった。また詩人・最果タヒの『少女ABCDEFGHIJKLMN』(河出書房新社)にも注目すべきだ。四本の短篇のうち「わたしたちは永遠の裸」は、殺人を犯すと自分が殺した相手を身ごもるという都市伝説をめぐる話である。片思いの男子を懐胎することを夢想する主人公の女子高生は、ふと心に開いた穴を見つめることで心の落ち着きをえる。宇宙人の女子高生を主人公とした前著『渦森今日子は宇宙に期待しない。』(新潮社)もまた、孤独な瞬間に陥る描写があるように、最果文学の魅力はポップな設定や文体にもかかわらず、欲求充足に還元できない余白が描かれているところである。

伯爵夫人(蓮實 重彥)新潮社
伯爵夫人
蓮實 重彥
新潮社
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中堅および大御所では、三島賞で話題となった蓮實重彦の『伯爵夫人』(新潮社)をはじめ、円城塔の『プロローグ』(文藝春秋)、松浦寿輝の『BB/PP』(講談社)、羽田圭介の『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』(講談社)、筒井康隆の『モナドの領域』(新潮社)、吉田修一の『橋を渡る』(文藝春秋)、藤沢周の『武蔵無常』(河出書房新社)、三輪太郎の『憂国者たち』(講談社)が安定していた。このうち二冊のみ取り上げよう。まず喫茶店で文章を書く「わたし」を主人公とした円城作品は、メタフィクショナルな「私小説」で、思想小説とも前衛小説ともつかぬジャンル越境的な作品。コンピュータ言語含む日本語の「言語ゲーム」が展開され、主体は自己中心性を脱して無化した結果「円城塔」と名付けられる。他方、松浦作品に所収された表題作は、シャルル・ペローの「青ひげ」の翻案で、青ひげの新しい奥方がタイレル社のレプリカントという設定。もちろん『ブレードランナー』のそれであるが、AIがディープラーニングならぬダークラーニングして人格を獲得した結果、青ひげを…という予想を裏切る展開に慄然とした。

私の消滅(中村 文則)文藝春秋
私の消滅
中村 文則
文藝春秋
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さて本年度のトップ5。まず平野啓一郎の『マチネの終わりに』(毎日新聞出版)は、ギタリストの男と海外の通信社に勤務する女との恋愛ものなので難解ではないが、文体という個人言語こそ文学の強度を保障するということを思い知らされた。また古川日出男の『あるいは修羅の十億年』(集英社)は、二〇二六年の未来を舞台に、被災地「島」出身の姉弟と心臓疾患を抱えた少女、三人の逸話を中心として描かれたメガノベルで、作者の五感がフル動員されている。
対する中村文則の『私の消滅』(文藝春秋)は、ある女性を愛した精神科医の話で、ピエール・ジャネの『症例マドレーヌ』の文学版のようだが、手記・手紙・メール・添付資料を挿入することで謎を深めるだけでなく、人間の暗部を浮き彫りにする効果を上げている。このような構成の勝利は、短篇や掌篇を断章形式で整理した松田青子の『ワイルドフラワーの見えない一年』(河出書房新社)にもいえること。各断章は文脈を読むことによって了解可能だが、逆に言語活動は禅問答のように無響状態に置かれ、ある種の悟りとして機能している。
ビビビ・ビ・バップ(奥泉 光)講談社
ビビビ・ビ・バップ
奥泉 光
講談社
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そして本年度の最高傑作が、奥泉光の『ビビビ・ビ・バップ』(講談社)である。『吾輩は猫である』における「吾輩」(猫)にあたるドルフィーを狂言回しとして、ジャズピアニストの女性が事件に巻き込まれるという話。今日、VR、AI、ロボットやクローンが登場するのはごく普通だが、未来学の観点から整合性に問題なく、最後まで楽しめた。別格の文学。









この記事の中でご紹介した本
ビビビ・ビ・バップ/講談社
ビビビ・ビ・バップ
著 者:奥泉 光
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
伯爵夫人/新潮社
伯爵夫人
著 者:蓮實 重彥
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
私の消滅/文藝春秋
私の消滅
著 者:中村 文則
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年12月23日 新聞掲載(第3170号)
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