2016年回顧 アメリカ 必要だったソンタグの声 あらためて日本の翻訳文化の豊かさを思う |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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文芸
2016年12月23日

2016年回顧 アメリカ
必要だったソンタグの声 あらためて日本の翻訳文化の豊かさを思う

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二〇世紀米国の知性を代表するスーザン・ソンタグの『イン・アメリカ』が二〇〇〇年度の全米図書賞小説部門を受賞してからすでに一六年が経つ。今年は日本語訳(木幡和枝訳、河出書房新社)が出版されたおかげで久しぶりに本作を手に取った。ソンタグはリトアニア・ポーランド系のユダヤ人移民夫婦のもとに一九三三年に生まれている。生前最後に発表したこの長編は、一九世紀の末に実在のポーランド人女優が家族とともに米国に移住した事実に触発されて書かれた。よって中心人物のひとりもポーランドから米国に移住するシェイクスピア女優という特異な設定である。加えてこの長編は、独白や手紙や日記など、途絶えることのない多様な「声」からできている。まるで移民ひとりひとりの語りの集合から「アメリカ」が創られてきたことをなぞるかのように。「アメリカのなかにアメリカがあり、誰も彼もそのもっとよいところにたどり着くのを夢見ている」という一節もある。異例続きの大統領選挙に揺れた今年こそソンタグの声が必要だったとも思う。

物語のなかにまで壁を築けるわけもなく、米国の移民は変わらず語り続ける。ナイジェリアに生まれ一九歳で渡米したチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『アメリカーナ』(くぼたのぞみ訳、河出書房新社)は、「非アメリカの黒人」の移民である主人公がブロガーとなって米国黒人をめぐる差別意識を言葉で浮き彫りにしていく。自伝『記憶よ、語れ』を戯画化する立場で書かれたというウラジーミル・ナボコフ生前最後の長編『見てごらん道化師(ハーレクイン)を!』(メドロック皆尾麻弥訳、後藤篤訳注、作品社)でも人はロシアからイギリスへ、パリへ、ニューヨークへと当然のように移動し、そしてまたその記憶を辿る。あるいはジョン・ファンテの『満ちみてる生』(栗原俊秀訳、未知谷)に登場するアメリカ生まれの息子は、イタリア系移民一世の父の鉄のごとき不屈さに手こずる。あるいは「船のわたしたちは、ほとんどが処女だった」で始まるジュリー・オオツカの『屋根裏の仏さま』(岩本正恵・小竹由美子訳、新潮社)では女たちが「遠路はるばるアメリカに」辿り着いたあげくに容赦なくあれもこれも奪われていく。ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ『代表的アメリカ人』(富山英俊訳、みすず書房)でも、移動・移民・土着が強い言葉で縁取られて意味づけられていく。

今年のほかの翻訳を見回しても、あらためて日本の翻訳文化の豊かさを思わずにはいられない。ラルフ・ウォルドー・エマソン『エマソン詩選』(小田敦子・武田雅子・野田明・藤田佳子訳、未來社)は一〇年を超える訳業の成果であり、初訳の詩や丹念な訳注、近年の再評価を踏まえた概説や論考を含む充実した内容を湛え、新しいエマソン像の提示に貢献している。ジョイス・キャロル・オーツ『邪眼 うまくいかない愛をめぐる4つの中篇』(栩木玲子訳、河出書房新社)の表題作の書き出しはさすがに秀逸である。オーツといえば「カボチャ頭 ボスニアの大学院生の訪れを受けた未亡人の話」(谷崎由依訳)が若島正編『ベスト・ストーリーズⅢ』(早川書房)に収録されている。リディア・デイヴィスの短編集『分解する』(岸本佐知子訳、作品社)が昨年の『サミュエル・ジョンソンが怒っている』に続いて翻訳された。独自の作風を貫く作家ロバート・クーヴァーの『ようこそ、映画館へ』(越川芳明訳、作品社)はアメリカのエロスや西部や欲望を次々に場面として見せていく。全米でも大きな話題となったアンソニー・ドーアの『すべての見えない光』(藤井光訳、新潮社)は邦訳でも好評を博している。カポーティやアリス・マンローなど二二人の作家インタヴューを集めた青山南編訳『パリ・レヴュー・インタヴュー』Ⅰ・Ⅱ(岩波書店)には興味深い話が満載である。さらに今月はジョン・オカダ『ノーノー・ボーイ』の新訳(川井龍介訳、旬報社)が出版される。
研究も活況を呈している。米国で「白人」性が様々に注目されている現状を考えると安河内英光・田部井孝次編著『ホワイトネスとアメリカ文学』(開文社出版)はまさにタイムリーである。人種差別の今後を考える上では、上岡伸雄『テロと文学 9・11以後のアメリカと世界』(集英社新書)が、実際の現場や関連事実を堅実に取材し、丹念に作家や研究者らの声を収録して、小説作品と慎重に重ねながら現代米国の状況を浮かび上がらせている。巽孝之『盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ』(彩流社)は、脱構築を担ったポール・ド・マンと彼に関連する人びとを独自の見識によって掘り起こし、多様な繋がりを明らかにしながら、同時に米国および関連する国々の時代の姿を連動して描き出す離れ業である。

特定のテーマや作家に焦点を当てたものでは、今村楯夫『ヘミングウェイの愛したスペイン』(風濤社)、藤谷聖和『フィッツジェラルドと短編小説』(彩流社)、金澤哲編著・相田洋明ほか著『ウィリアム・フォークナーと老いの表象』(松籟社)、竹内勝徳・高橋勤編『身体と情動 アフェクトで読むアメリカン・ルネサンス』(彩流社)、成田雅彦・西谷拓哉・高尾直知編著『ホーソーンの文学的遺産 ロマンスと歴史の変貌』(開文社出版)、渡邉克昭『楽園に死す アメリカ的想像力と〈死〉のアポリア』(大阪大学出版会)などがあり、宮本陽一郎『アトミック・メロドラマ 冷戦アメリカのドラマトゥルギー』(彩流社)は映画や小説における冷戦・核の表象を丁寧に解き明かし、隠されていた「ネットワーク」をあばいて刺激的である。大学教育を論じた終章も一読を。
2016年12月23日 新聞掲載(第3170号)
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