2016年回顧 ロシア 一九世紀文学の翻訳に収穫ソローキンの宗教的転回は本心か韜晦か|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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文芸
2016年12月23日

2016年回顧 ロシア
一九世紀文学の翻訳に収穫ソローキンの宗教的転回は本心か韜晦か

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今年はゴーゴリ『死せる魂』(東海晃久訳、河出書房新社)他、一九世紀文学の翻訳に興味深いものがあった。世界の大作家十三名に各一冊を割り当てている集英社文庫ヘリテージシリーズには、ロシア文学から『トルストイ』(加賀乙彦編、編集協力・乗松亨平)と『ドストエフスキー』(沼野充義編、編集協力・高橋知之)の二冊が含まれた。どちらも比較的マイナーな作品の新訳(前者『セルギー神父』『ハジ・ムラート』等、後者『白夜』『未成年』等)と、代表作(前者は『戦争と平和』、後者は『罪と罰』から『カラマーゾフの兄弟』までの四大長編)のダイジェストを収録している。二人の巨匠のエッセンスを限られた枚数で現代日本の読者に伝えるための、大胆だが魅力的な試みと言って良いだろう。

二〇世紀文学からは、ナボコフのロシア語長編『偉業』(貝澤哉訳、光文社古典新訳文庫)。叙情的な青春小説のようにも読めるが、実は精密ななしかけに満ちたこの作品の文体を巧みに反映した訳、および解説が秀逸である。

ソ連崩壊から二五年目の今年は、二〇世紀最大の実験と言われた体制下の人々に焦点を当てた出版が相次いだ。ドミートリー・ブイコフ『ゴーリキーは存在したのか?』(斎藤徹訳、作品社)は、「プロレタリア文学の父」と呼ばれた作家が描いた複雑な軌跡をたどる評伝。ゲオルギイ・コヴェンチューク『8号室 コムナルカ住民図鑑』(片山ふえ訳、群像社)は、ソ連期の共同アパートの人間模様を愛惜も込めて描いた画文集。昨年度のノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、取材した無名の人々の声を作中に直接響かせる手法で一貫しているが、ソ連崩壊後の世相に関する証言を集めた『セカンドハンドの時代―「赤い国」を生きた人々』(松本妙子訳、岩波書店)も例外ではない。ソ連という時空間が、その中で生活していた人々にとって善悪では割り切れない、大きくて重い価値体系だったことが切実に迫ってくる。

現代文学からは、一九九一年のニューヨークで死の床にある亡命ロシア人画家と、彼を取り巻く老若男女の織りなす多幸感がふしぎな後味を残すリュドミラ・ウリツカヤ『陽気なお葬式』(奈倉有里訳、新潮社)。一九七八年生のアンナ・スタロビネツ『むずかしい年ごろ』(沼野恭子・北川和美訳、河出書房新社)は、「不気味なもの」の日常への浸透を多様なかたちに描いた幻想小説集。ウラジーミル・ソローキンの『23000』(松下隆志訳、河出書房新社)は、昨年から翻訳されてきた「氷三部作」の完結編。デビュー以来、既成概念を破砕し続けてきた作者が本書で示している一種宗教的な転回は、はたして本心か、それとも韜晦だろうか。

評論ではまず沼野充義『チェーホフ―七分の絶望と三分の希望』(講談社)と、郡伸哉『チェーホフ短篇小説講義』(彩流社)の二冊を挙げておきたい。前者は各章ごとに「子供」「ユダヤ人問題」「オカルト」等のテーマを設定して、後者は日本語訳で四千字程度の掌編『学生』を基点として、それぞれに作家と彼を囲繞していた時代や思潮を縦横に論じている。金沢美知子編『18世紀ロシア文学の諸相―ロシアと西欧・伝統と革新』(水声社)は、従来着目されることの少なかった「プーシキン以前」の文学を多面的に考察した論集。「近代の終焉」が実感されるなかで、ロシア文学におけるその成立過程を検証した本書の刊行は意義深い出来事だった。
2016年12月23日 新聞掲載(第3170号)
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