2016年回顧 詩 ラジカルさへの希求果敢な詩集 「怪物君」「胎児」「森へ」ほか…|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. コラム
  3. 文芸
  4. 2016年回顧 詩 ラジカルさへの希求果敢な詩集 「怪物君」「胎児」「森へ」ほか…・・・
文芸
2016年12月23日

2016年回顧 詩
ラジカルさへの希求果敢な詩集 「怪物君」「胎児」「森へ」ほか…

このエントリーをはてなブックマークに追加
シンガポール・ライターズ・フェスティバルに作家の綿矢りささんと共に参加した。世界中から三〇〇人ほどの作家や詩人たちが集まり、三〇〇ほどのシンポジウムやトークイベントがあった。人種も肌の色も違う人々が集まり交わしていた様々な話題には、混迷した世界状況だからこそ、誠実に文学の根源的な何かへと向かっていこうとする印象を感じた。しだいに分かってきた。日本の詩壇に欠けているのはこの空気感ではあるまいか、と。

目を反らさずにラジカルな主題へと向かって語り続けること。かつては詩誌などを中心に同人たちの間でそのような対話がなされたのではなかったか。今、ある連帯における活動のようなものが、少なくなりつつある気がする。それぞれがばらばらな周波数を発したたまま、合わせようとしなくなっている。世界の書き手たちの姿から、〈根源〉を本質的に語りあう〈空気感〉を、あらためて見つけ出していきたいと願った。

ラジカルさへの希求を果敢に態度として見せた詩集が見受けられた。吉増剛造『怪物君』(みすず書房)、高岡修『胎児』(ジャプラン)、岩成達也『森へ』、伊藤悠子『まだ空はじゅうぶん明るいのに』、(二冊、思潮社)など。吉増は東京国立近代美術館の展示『声ノマ 全身詩人、吉増剛造展』や自伝『我が詩的自伝』(講談社)など、詩とその外側へと激しく向かう精神の運動の俯瞰を数多くの若者が受け止めていた。「無から生まれた/誤謬の果てで、/君はいま、/手の親指を/しゃぶっている。」と記す高岡修の詩は、書くことの原初へと今鋭く向かっていた。

新しい書き手たちの仕事が良い風を吹かせた。河口夏実『雪ひとひら、ひとひらが妹のように思える日よ』、鈴木正枝『そこに月があったということに』(共に書誌子午線)、最果タヒ『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(リトルモア)、山﨑修平『ロックンロールは死んだらしいよ』(思潮社)などに惹かれた。物語性の感じられる魅力的な長めのタイトルの詩集が今年はずらりと並び、それから察せられるような新鮮な感覚を光らせていた。

無数の情報と言語の洪水と向き合い見事な詩集へと結実させた山田亮太『オバマ・グーグル』、話題を集めた平田詩織『歌う人』、大木潤子『石の花』、永方祐樹『 』、松本秀文『環境』(以上思潮社)、三角みず紀『よいひかり』(ナナロク社)、カニエ・ナハ『馬引く男』(私家版)などに惹かれ、確かな未来の風遠しを感じた。

散文集では山内功一郎の力作『マイケルパーマー オルタナティヴなヴィジョンを求めて』、樋口良澄『鮎川信夫、橋上の詩学』(共に思潮社)、近藤洋太『近藤洋太評論集 詩の戦後―宗左近/辻井喬/粟津則雄』(書誌子午線)が傑出。アンソロジーでは寮美千子編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)が前作に続き印象的だった。広く読まれて欲しい。(

2016年12月23日 新聞掲載(第3170号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
和合 亮一 氏の関連記事
文芸のその他の記事
文芸をもっと見る >
Notice: Undefined variable: category_check in /var/www/dokushojin.com/htdocs/article.html on line 1945