2016年回顧 写真 いまの時代を象徴する展覧会開催、ドキュメンタリー写真集の変化|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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文芸
2016年12月23日

2016年回顧 写真
いまの時代を象徴する展覧会開催、ドキュメンタリー写真集の変化

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今年は大型の展覧会がいくつもあり、それぞれがいまの時代を象徴するものだった。その筆頭が東京都写真美術館のリニューアル第一弾となった「杉本博司 ロスト・ヒューマン」展。「劇場」や「海景」などの作品で国際的な評価を得、近年は自らのコレクションを使ったインスタレーション(展示を作品としたもの)や建築などその活動は幅広い作家だ。今回の展示でも「文明の終焉」をテーマにした33のシナリオを創作し、この国にまつわる歴史的遺物と自身の作品とを組み合わせたインスタレーションとして発表した。おそらく、この美術館が開館した25年前には「写真の展示ではない」と非難されたことだろう。しかし、今回、観客からそうした拒否反応は起こらなかったようだ。というのも、この世界的な美術家にとって、コレクションも写真も、ともに自身のビジョンを構成するための材料であることが自明だからだろう。そして、そのビジョンがこの世の終わりがあることに私たち自身がなんの違和感も持っっていない。その不気味さに肌寒い思いをした。

杉本と同じく国際的な評価が高く、またその作品も高価なトーマス・ルフの展覧会もまた話題を呼んだ。東京国立近代美術館で開かれた展示の内容は、ルフの代表作を網羅した大規模なもの。懇切丁寧なキャプションによって、コンセプチュアルな写真作品とはどんなものかを知らしめる機会になった。杉本展のようなインスタレーションではないが、そのプリントの質と額装、余白を生かした展示空間は、一点一点の作品の価格の高さを実感させるものだった。

ドキュメンタリー(記録)写真集の変化を感じさせたのが、金川晋吾の『father』(青幻舎)と、金山貴宏の『While Leaves Are Falling...』(赤々舎)だ。

前者は父、後者は母を主な被写体にした作品だが、ともにスナップショットによる生々しい表現方法を採っていない。被写体はカメラを意識し、演技をしているようにすら見えるのだ。写真家との間に一種の共犯関係が生まれていることがうかがえる。二人の写真家は一瞬ではなく、継続する時間を写真に残そうとしている。また、写っている彼らの家族は基本的に無表情で、見る者の想像力を喚起する。「無表情(デッドパン)」と呼ばれるこの手法は、美術館で展示される大型の写真作品によく見られるが、ここではその手法が、個人的な物語を普遍化することに貢献している。

フォトジャーナリズムの分野では、林典子の写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)が強い印象を残した。中東の非イスラム教系の民族、ヤズディの人々に取材した作品。彼らはISの襲撃を受けた悲劇の人々だが、一括りにしてそのイメージを収奪するのではなく、彼らの人生を言葉にすることで、一人一人の人生が輪郭を持つ。彼らもまた私たちと同じ時代に生きているのだ。世界が狭くなったいま、この作品が遠く離れた日本で刊行されたことに大きな意義があると思う。北井一夫『写真家の記憶の抽斗』(日本カメラ社)と森山大道×鈴木一誌『絶対平面都市』(月曜社)はともに写真家の作品と歩みを知るうえで重要な一冊。「写真」を見る眼が変わるきっかけになると思う。
2016年12月23日 新聞掲載(第3170号)
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