生きた知識、生きるための思考 外山滋比古ロングインタビュー|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年1月13日

生きた知識、生きるための思考
外山滋比古ロングインタビュー

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英文学者、エッセイストの外山滋比古氏の『思考の整理学』(筑摩書房)は、一九八三年に「ちくまセミナー」シリーズの一冊として刊行され、一九八六年に文庫になって以来ロングセラーとして読み継がれてきたが、昨秋二〇〇万部を突破。九三歳となった二〇一六年も『新聞大学』『逆説の生き方』『本物のおとな論』『「長生き」に負けない生き方』『ものの見方、考え方』『消えるコトバ・消えないコトバ』『乱談のセレンディピティ』『家庭という学校』『失敗を活かせば人生はうまくいく』を上梓。生きた知識とは、思考するとはどういうことなのか、お話いただいた。お相手は、二〇一六年『「百学連環」を読む』、『脳がわかれば心がわかるか』(共著)を刊行している、文筆家・ゲーム作家の山本貴光氏。(編集部)

人の真似をしない

山本
外山さんの本は以前から拝読しています。最近では『文体の科学』という本を書く際に外山さんの文学方面のお仕事を再読して、その独創的な着想の数々に改めて驚いたところでした。それはさておきこうした機会にお話を伺う時は、できるだけその方の書いた本を網羅的に読んでいくよう心掛けているのですが、外山さんのご著書はあまりにも多くて、今回はさすがに全てに目を通して来られませんでした(笑)。
外山
全部お読みにならない方がいい(笑)。むしろ有害です。
山本
さて、今日はぜひ伺いたいことがあります。現在スマートフォンを含む各種のコンピュータやインターネットが普及して、ものを調べたり知識を得たりすることは以前より飛躍的に手軽になりました。では、そうした環境を活用して知的な活動を続けるにはなにが必要なのか。とりわけ外山さんのように数十年にわたって継続するにはどんなコツがあるのか、気になっています。
外山
そのときそのときの興味にひかれて動いてきたので、一貫性はありませんし、知的活動でもないですが(笑)、とにかく人の真似をしないことですね。それから同じことをいつまでも続けないで、なるべく早く卒業すること。済んだ仕事は忘れて、現在形、できれば未来形の考えを追っていくこと。

ちょうど自転車に乗っているようなもので、走っている間は転ばない。止まると倒れますから、ノロくても、ふらふらしても、とにかく走り続ける。転ばないように前へ進むのは、生活の感覚ですよね。前へ進んでいる間は、緊張するし、活力も湧く。とにかくいつも前を向いていれば大変忙しく、老いる暇がない。

教師をしているときから、それだけでは退屈だから、専門外のことに手を出していました。アメリカの女流作家、ウィラー・キャザーは、恋人について「ひとりでは多すぎる。ひとりでは、すべてを奪ってしまう」と言っていますが、これは仕事や思考についても当てはまります。一つしかないと力んで枝葉に執着し、“見つめる鍋は煮えない”ということになる。失敗を恐れ、のびのびと本来の力を出せず、大事なことを見落としてしまう。年齢に関係なく、最後までオンボロ自転車でもとにかく走っていようと、それを心掛けています。
山本
未知のもの、専門外のものへの関心を持ち続けるということですね。その点はまた後で戻ってくることにして、ここではお話にあった「人の真似をしない」という点についてもう少し掘り下げてみましょう。これは言い換えると「人の真似に終始しない」ということだと思うのですね。どんなことでもそうですが、何事かを学び始めようという場合、はじめは真似から出発するわけです。赤ん坊が周囲の人たちの真似をして言葉や行動を覚えていくように。では、物真似から始めるとして、それだけに終わらないようにするには、どうしたらよいのか。その点、外山さんご自身は具体的にどのようにされてきたのでしょうか。
外山
僕も他の人よりたくさん本を読んでやろうと、読書ばかりしていた時期がありましたし、英文学を始めた頃は、基本的な知識を、過去から学ばざるを得ませんでした。

文学に限らず文科系の学問は概ね物真似です。既存の研究や文献、歴史から知識を得れば識者とみなされ、ある程度の仕事をしたことになる。でも、もともとある考えを下敷きに、知識を修正していくだけの仕事ではつまらないですよ。

そしてそのうちに外国文学の作家研究、作品研究では、イギリスやアメリカの人間にかなうはずがない、と気づいたわけです。
新聞大学(外山 滋比古)扶桑社
新聞大学
外山 滋比古
扶桑社
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遠く離れた東洋の国の、環境も歴史も違う人間が、イギリス文学を読むとは何なのか。文学とは何だろう、と考えました。そして外国文学であっても、欧米の研究者の真似ではなく、違うことをしたいと。そうして辿り着いたのが、「読者研究」でした。今から五〇年ぐらい前のことですが、当時読者研究という考え方はなかったですね。その後ドイツのコンスタンツ大学で始まりましたが、ほとんどどこでも、送り手側の文化研究で、受け手の存在を認めていなかった。

それに比べると、経済は進んでいて、生産者に対して消費者の存在をいち早く認めていました。読者論は未だに主流になっていませんが、その閃きから「異本論」その他へと、派生していきました。
アウトサイダーの思考

山本
お話を伺って夏目漱石のことを思い出しました。彼はロンドンに留学して「文学(リテラチャー)」とは何かという根本的な問題と格闘しました。大学で講義を聴いても、文学書を山ほど読んでも腑に落ちない。イギリス人がよいという作品のよさを異邦人としてどこまで理解・納得できるのか、できないのか。時代や場所のちがいを越えて文学なるものを捉えるにはどうしたらよいか。漱石は七転八倒したあげく、誇張ぬきに比類のない独自の文学観をつくりあげて、それをもとに東京帝国大学で講義をし、『文学論』という本にまとめています。そうした漱石の姿と、外山さんの話が重なるように思いました。
外山
多少似ているかもしれませんね。漱石はロンドン留学中に、一時期同じ下宿に住んだ、化学者の池田菊苗に多大な影響を受けています。池田は漱石に、イギリスの古い文学をいくら読んでもどうにもならないのではないか、自分は外国人のやらない新しい有機化学をする、と挑発します。その後、実際に日本料理の出汁をもとに、うま味成分であるグルタミン酸ナトリウムを発見するのです。

漱石は、初めはイギリスの文化をそのまま受け取ろうとしていました。しかし池田の影響もあって、独立した一人の人間として、異国の文学、文化に触れようとしました。英文学では漱石、芸術では岡倉天心が、東洋人の誇りを失わなかったと思っています。しかし才能がありながら、ヨーロッパを師と仰ぎ教えを乞うという心持ちの者が多かった。日本はヨーロッパの物真似で、一〇〇年以上の長い間きてしまった。そのことに歯がゆさがあります。
逆説の生き方(外山 滋比古)講談社
逆説の生き方
外山 滋比古
講談社
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大学では戦後、外国文学科が多くの学生を確保しました。でも、外国崇拝、外国の模倣を続けるなら意味がない。そのようなものは、植民地的文化だと思っています。四〇年程前、今のままの外国文学は今になくなる、と言いましたら、本当にここ一〇年程の間に、英文科はつぶれかけてしまいました。

物真似をしないというのは、イギリス文学、文化についてもイギリス人と違う角度から物を見るということです。それはつまり、アウトサイダーの思考です。私たちはどんなことがあっても、ヨーロッパ文化や文明に対して、インサイダーではありえない。しかし労せずしてアウトサイダーではある。
山本
それはまさに漱石をはじめとする明治期の知識人たちが考えたことでもありましたね。最近、ジリアン・テッドという人が『サイロ・エフェクト』という本でサイロ(専門のたこつぼ)に籠もることの弊害(サイロ・エフェクト)について様々な企業を例に分析していました。そこで示される処方もインサイダーのみならずアウトサイダーたれということです。インサイドからしか見えないこともある一方、アウトサイドからしか見えないこともあるわけです。

ところで外山さんは『消えるコトバ・消えないコトバ』の中でもアウトサイダーの思考について「岡目八目」とか「知らぬは亭主ばかりなり」「灯台もと暗し」という言葉を引いて、客観性は主観性より時に強く、第三者だから見えることがあるということや、インサイダー思考は点で、アウトサイダー思考は線であると書いておられます。島国の日本はどちらかというとインサイダー的情緒的な思考が強いが、インサイダーは安定した生活が必要条件であるから、現在のように内外的に大きな変革期には、論理的なアウトサイダー思考を重視すべきではないか、とも。卓見ですし、それを五〇年も前に実践していたことに驚きます。
本物のおとな論(外山 滋比古)海竜社
本物のおとな論
外山 滋比古
海竜社
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外山
私は戦争の始まる八か月前に英文科に、周囲の反対を押し切って進んだものだから、初めからアウトサイダーだったんです。ところが戦後は逆転して、これからは英語の時代だと、多くの人がインサイダーを目指してしまった。

僕はインサイダーには近づかない、留学はしないと心に決めていました。外国にいるからこその外国文学だ、と。周囲からは、臆病だとか、変わっているとか批判されましたが、留学しないということは最後まで貫きました。

そういうわけで、僕のアウトサイダーのルーツは、一つは戦争中に敵の国の言葉や文学に関心をもったことですが、実はもう一つあるんです。

明治維新において、薩長土肥は革命推進勢力でした。それに対して幕府を支えてきた佐幕派は反革命派です。僕は家康が生まれたのと割合近い三河の、つまり薩長土肥からみれば賊軍の地の生まれなのです。

薩長土肥の人々はうまい革命をしたと思います。それに対し、佐幕派の会津は戊辰戦争を起こしますし、盛岡では新しい学問、新しい人育てをして、原敬という大政治が出た。三河は、もっぱら政府や役人の目の届かないところで金をためようとした(笑)、それが成功したのはトヨタでしょう。

今の日本は明治政府から続く、薩長土肥中心の藩閥政治勢力で動いているのです。自分はその流れの上にない、反体制側の人間でありアウトサイダーだと意識したのは、五〇歳ごろだったでしょうか。結局、僕はアウトサイダーが板についていた(笑)。鹿児島や山口に生まれた人は、アウトサイダーになりにくいと思います。アウトサイダーという立ち位置は、生活の中から確立されてきたものです。戦後、日本はいうなれば弱者でありました。しかし負け犬も生きているということを、結果としてですが示してきたのではないかと思います。

現在形未来形の思考

山本
今のお話を現代にひきつけて考えてみたいと思います。これは大学や専門学校でものを教えてみて感じることなのですが、学生たちの悩みの一つは、三年もすると世の中がガラリと変わってしまうような激しい変化の中で、何を基礎教養として学んでおけばよいかということだと思うんです。グローバル社会ともいわれる状況の中で、ある程度はインサイダー的に学ばないと理解できないことがある。でも学びすぎると、独立したアウトサイダーの視点を失う危険もある。どこまで何を学べばいいのかという問題です。
外山
我々が物を考えたり学ぶ基本に、まずは学校がありますよね。これが、本当は中立でなければいけないのに、明らかにインサイダー寄りなんです。ヨーロッパ的インサイダーは、日本にはなじまないのだけれど、一〇〇年以上続いて、違和感をほとんど持たなくなっています。学校で我々は知識を得て、生活に便利なことを覚えますが、そのために、自分らしく生きることや個性などを失ってしまう危険がある。

周囲を海に囲まれた島国ですから、昔は他国のことをよく知らなかった。でも今や世界中の情報が自由に手に入ります。例えば世界大学ランキングで、東京大学の順位が高くないことが報道される。こういう話をきけば若い人は、日本はダメだと自信をなくすのではないでしょうか。日本最高峰の東大が世界の大学には歯が立たない、それ以外の大学は問題外なのだ、と。
若い人が、世界の動きを敏感に感じとって、なんとか現状を打破し、よその国のエリートに負けない人間になりたいと思うのは、いい志だと思います。そういう気持ちを、雑誌や新聞、言論界が支える必要があります。今は、総合雑誌の力が弱いですが、もっと指導性を持ってもらいたいですね。日本人が先進諸国の外国人に負けているという先入観、単純な比較による勝ち負けで一喜一憂するのではなく、日本には独自の文化をつくる力があるのだと。そういう創造的ジャーナリズムが欠けています。

シンガポールは、日本より後から、より悪い状況から出発しましたが、自分たちのアイデンティティを見つめてきたから、五〇年間でアジアで最も文化程度が高くなった。日本の政治家や文化人、マスコミ関係者は不勉強です。国全体としても個々人としても、決して力がないわけではないんです。

文部科学省は、優秀な人材を育て、国際競争力を強化するために、「知」の拠点である大学や研究機関の機能を強化すると語る一方、文系学部、学科は国際競争に欠けるので、縮小すると通達しました。もともと明治のはじめに、「知識ヲ広ク世界ニ求メ」(五箇条の誓文)と、学問・教育について、外国の物真似を表明したのは日本政府です。一〇〇年以上、物真似、借用文化を推し進めてきて、急に国際競争力と言い出した。文科省は、「うさぎとかめ」の競争を認めてしまっているんです。

日本はかめなのだと言っている。向こうの山の麓までかけっこしましょう、という競争では、かめは始めから負けています。うさぎとかめの競争を国際競争、と言ってしまうのではなく、自分たちが作った目標への到達を目指さなければならない。どうしても、競争しなければならないのだったら、例えば、川の中の小島まで競争しよう、と持ちかけたら、うさぎはきっと困って、その試合はできないというでしょう。つまり、川の中に宝島があるということを思いつく力です。うさぎが居眠りをすれば勝てるなんて、そんな他力本願な、子どもだっておかしいと思うようなことを、大真面目に国際競争力と言うのはばかばかしい。今ここで、外国とは違う日本の知性を方向づける必要があります。
山本
そもそも相手の尺度で闘おうとしていることに疑問をもつべきだというわけですね。では自分たちのモノサシを作るためにどうすればよいでしょうか。
外山
小池百合子都知事が政経塾を作りましたが、一つの方法だと思います。文化的に新しいもの、独自のものを作るんだ、志のあるもの集まれと。結果としてうまくいくか分からないけれど、そういう試みは大事だと思います。

我々は活字文化にとらえられ過ぎている。ドイツの建築家、ブルーノ・タウトは「日本人は目で考える」と言いました。日本でもかつては音声文化だったのに、印刷が発達して後は、音声文化をどちらかというと低く見て、活字や書物をありがたがる傾向があります。

現在は人工知能が発達して、人間の脳に置き換わる未来がすぐ近くまで来ていると言われます。今まで重要視されていた、知識量や記憶力では、人工知能にはかなわない。そうなったとき、過去の情報ではなく、現在形あるいは未来形の、独自で新しい思考こそ必要となります。
山本
少し補足すると現在主流の人工知能は、人間が過去に行ったことや与えられたデータをお手本に学習、パターン認識をしているわけです。将棋や囲碁の試合、あるいは作文や翻訳はその一例です。あるいは環境からセンサーを通じて集められるデータを材料としています。いずれにしても、現在の人工知能は、人間が考えたり設定したりした枠組みのなかでいわば過去のデータを分析して、それをもとに判断を行うものですね。その厖大なデータを処理する能力に関して、人間は到底コンピュータにかなわない。そうした人工知能の仕組みを踏まえてみても、人間が活躍するためには、いま外山さんがおっしゃった過去ではなくただいま現在や未来に向けた思考こそが必要というわけです。言い換えれば、新たなものの見方や思考の枠組みを考え出すこと、創造することに活路がある。
乱談の創造性

外山 
そしてそれは、生きた言葉を使った、人と人の雑談の中から、生まれてくる可能性が十分にあると思っています。

それには、ある種のリーダーが必要で、マスコミが一つ、小さな民間の塾のようなものが一つ。昼勤めて帰りに寄るような、夜学でもいいですね。古い知識が詰まった本なんか読まなくていい。自分たちの生活から出てくる様々な疑問やふと気づいた不思議など、思いつくことを皆で話す。そうしたとき、個人では到達しない考えに辿り着けるかもしれない。

現代の人間の欠点は、個人的であることです。だから普遍性が生まれないわけですが、衆知まではいかなくても、最低三人ぐらい集まって話す。昔の人は「三人よれば文殊の知恵」といいましたが、三人になってはじめて、ある種の価値ある知恵に達する可能性があります。五~六人いたらなおいいですね。一人一人が持っている偶然の発見=セレンディピティの確率が、三人いると、三倍ではなく三乗に、五人になれば五乗に高まります。

達磨大師は面壁九年、一人きり壁に向かって、考えに考えて悟りを開いたそうですが、常人ではありません。一般の個人が十年かかっても考えつかないようなことも、乱談では出てくる可能性がある。イギリスでは一七八〇年代にルーナー・ソサエティという会があり、酸素を発見した大学者ジョゼフ・プリーストリーは、自分の仕事はほとんどこの会のおかげだ、と言っている。産業革命の立役者、蒸気機関改良のヒントも、ジェイムズ・ワットやマシュー・ボールトンは、この会から得たそうです。アメリカでは二〇世紀のはじめ、ハーヴァード・フェローと呼ばれる、違ったことを専門にしている研究者が複数集まる研究会があった。異種交流から、偶然性が化合して、発見の確率が高まれば、文化的創造がどんどん生まれる、という仕組みです。

耳学問にこそ生産性があり独創性がある。大学も専門に分化して、隣は何をする人ぞ。これがいけない。ゴチャゴチャにして、医学部の人もいれば、理学部の人もいる、文学部の人も、芸術や工芸のような、物を造る人たちもいる、こういう場を作ることができると、何か面白いことが生まれるのではないですか。
山本
アイザック・アシモフに『黒後家蜘蛛の会』という滅法面白いミステリがあります。まさに外山さんがおっしゃる「乱読」ならぬ「乱談」の効能と楽しさを描いたような小説です。その会は月に一度レストランに集まるのですが、メンバーは化学者、数学者、弁護士、画家、作家、暗号専門家と多士済々。誰かが謎を持ち出すと、それぞれが自分の専門を活かした知恵を出して推理をするんですね。専門領域を超えて問題解決に向けて乱談しながら協力する様子が描かれているのです。ただし、いつも決まって解決するのはレストランの給仕さんなんですけれど(笑)。
家庭という学校(外山 滋比古)筑摩書房
家庭という学校
外山 滋比古
筑摩書房
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話を戻せば、そんなふうに知識を個人単位でなく、複数組み合わせるということを意識的にやっていく。そこから文化的創造が生まれるというわけですね。
外山
今までは、なるべく間口を小さく、専門に特化して、同士が競い合うことで深く掘り進めることが目指されてきました。そうすると、確かに深くなっていくのだけど、前へは進めません。ノーベル化学賞では、このところ日本人の受賞が続いています。「オートファジー」と言われても、やっていることが小さくて、正直なところ素人にはよく分からないですが(笑)、文系が同じことをしても、自然科学に遅れをとるばかりです。

自然科学では、試行錯誤の実験を猛烈にやっています。その大部分は失敗でしょう。失敗がもっているエネルギーというものがあります。失敗のエネルギーを使って前へ進む。また失敗する。また失敗エネルギーで前へ進む。そうやって、失敗によって進歩するということがある。失敗を恐れると、他の人の成功例に囚われて、物真似になってしまいます。失敗をせずに成功しようとしても、それは極めて難しいことです。

文系の人は、どうも観念的で純粋な学問をしているように感じます。純粋なのは面白くないですよ。雑菌を完全に排除した蒸留水は、うまくも何ともない。少しくらい不純でも、ミネラルのある水がうまい。

論文と雑誌を比べて、論文が面白いという人はいないでしょう。雑誌には下らんことも下ることも、いろいろ書かれているから面白い。それを大学では分化して、純粋に専門に直結した、すぐに役立つことだけ教える。それは人間というものを無視しています。人間の体の中には、たくさん雑菌があって、それで生きているわけですから。思考の上でだけ無菌状態を目指そうなんて、フィクションにすぎません。もう少し、知識よりも生活を大事にした方がいい。
失敗のエネルギー

山本
役立つ、役立たないでいえば、高校の数学や物理教育における公式が典型です。本当は様々な動機や試行錯誤の過程をへて発見された知識や発想を、きれいに整理された後の公式の形で結果だけを受け取ります。これには善し悪しがありますね。公式さえ暗記すれば一見効率的に見えるし、目の前の試験問題はそれで解ける。でもどうやってその公式がつくられているかを知らないし自分では考えられないので、うわべの理解に留まって長い目で見ると応用も利きづらい。
外山
本来、物を考えるということは、農耕民族は得意ではないはずです。いつも大地に向って会話する相手もなく、もくもくと仕事をしてきたでしょう。それに比べ、遊牧民族など定住しない人間は、未知のものと絶えず出会うので、緊張しますし、摩擦が生じたり争いになる中で、生活感覚が発達する。人間というものの、隠された本性や能力に触れることとなる。

日本人は純朴で、人間に対して無知です。一生の間ほとんど変わらない人が多い。変化に対して、自分と違うものに対して、寛容の精神が足らない。自分には気に入らないようなことも、それにはそれなりの意味がある、と考えてみる、そういう姿勢が未だに少ないのではないですか。
山本
寛容さは、自分とは異なるものに対する興味や理解を土台として可能になるものですね。未知のもの、異物に見えるものへの関心をどうやって涵養するかは教育の課題でもあると思います。他方でこれも若い人たちが困っていることの一つだと思いますが、仕事にしても学校の勉強にしても、短期的にすぐに役立つように見えることが重視されすぎて、長い目でものを見るということが難しい社会になっていると感じます。すぐに役に立つか立たないかで判断せずに何かをするためには、どんな発想が必要でしょうか。
外山
やはり失敗の経験が必要だと思います。一度失敗をすると、付け焼刃で慌ててもうまくいかないと悟り、腰を下ろしてじっくりやろうと考える。

戦後の日本は、割合平和で安全だったために、長期的な展望を必要とせず、目先のことにとらわれていられた。外国からエコノミックアニマルなどといわれましたが、利益を得ることは、案外うまくなった。知識欲や人間的成長よりも、とりあえず経済の進歩、金を持つものが強いと。これは決して悪いことだとは思いません。ただ金を儲けることだけで終わってしまうのが少し残念です。自分の利益のために動くことは自然ですが、そこを抜け出さないと、新しい文化を生み出す力にはならない。

人工知能から遠いところにこそ、人間的価値があるということがもう少し経つとはっきりすると思いますが、それまで今と変わりなくロボットの研究やセンサーの開発に委ねているのは時代遅れです。人間が機械より上等で価値があるということを、自信を持って示す仕事を考えなければいけない。
山本
いまこそ人文学、つまり人間や人間がつくるものにかかわる諸学術の腕の見せ所ですね。それこそ役に立たないものの代表格のようにも言われることがありますが、多数のものに共通する性質から物事を捉える自然科学の世界像では捉えきれない人間のあり方を捉える仕事が無用であるはずはありません。

また、現実から距離をとることではじめて見えてくることもありますね。経験を前提としながらも、経験から離れて抽象化することで示せることがあるように。かつてエドワード・サイードが、それが知識人と呼ばれる人の役割だと指摘していたのを思い出します。
外山
専門的学問は、医者、法律家、役人、技術者といった、限られた職業のエキスパートを生み出しますが、そのために人間力を失ってしまうのでは本末転倒です。それに対して、新しいものを作り出す力を持った人間を、どうしたら育てられるか。結局はあまり教育しないことがいいのではないか(笑)。教育しないで、失敗をする。失敗を重ねている間に賢くなっていくというのが、遠回りのようで一番の早道かもしれません。
山本
正解を教えすぎず、試行錯誤する中で失敗から身につけるということですね。私もプログラミングを教える場合などは、正解を教えないようにしています。学生は手っ取り早く正解を知りたがりますが、それだと自立してプログラムを組み立てられるようにならないのですね。駄目元でよいから自分で「こうかな?」「これでどうだ!」と考えて試して失敗すると、はじめて自分でも腑に落ちる形で理解が深まるわけです。
外山
初めからやり方や答えを教えてしまったものを、いくら勉強してもだめで、答えはあるかないか分からない、途中までいって落伍することを繰り返し、あるとき、一筋の光が見えてくる。それが本当の学びです。ある程度、基礎的な知識は必要だけれど、そうでない知識教育は制限したほうがいい。高学歴と人間力とは、残念ながら比例しない。二人に一人が大学にいくのが当たり前というような、知識で生きていくことが常態の社会は少し危険です。
出版の社会的意義

山本
お話の中にキーワードがいくつもありました。あえて要約すれば、物真似ではなく自分でルールやモノサシを作り、試行錯誤と失敗を糧にして、経験を重ねて生きていく、となりましょうか。
外山
大人の条件とは、いくつかの失敗を乗り越えて、失敗をプラスにする力を持ち、人間として独立した存在であること。今は、失敗はダメなことだとされているけれど、出世のエスカレーターに乗って要領よく生きた人は、六〇歳ぐらいになると結局、たたき上げの人に敵わない。失敗や挫折を経験しないで、賢くなることはできない。

実際に転んでみないと、歩くということがいかに難しいか分からないんです。

子どもの頃に何度も転んだことが、人生に大きな意味を持っている。周囲の大人たちが先回りして、転ばせないのは間違いです。

転ぶことによって、直立歩行が動物としてきわめて不自然なかたちだと知る。多くの人がそのことを忘れて、年をとって転んで、寝たきりになってしまう。岸信介に「転ぶな、風邪を引くな、義理を欠け」という、長生きのための生活訓がありますが、あれはなかなかの知恵だと思います。岸さんは戦後、いろいろと苦労したから、普通の政治家より賢いのでしょうね。今の政治家は二世、三世が多いから、だれも転ぶことを知らない気がする。とにかくいろいろなことを考えていれば忙しくて、老化が遅れますから、頭をつかって忙しく過ごすことです。これは健康法としても大事なんです。

僕の感覚ですが、リーマンショックで景気が悪くなり、社会が自信を失ったときに育った世代に、頭を使っている人が増えているような気がする。

とにかく物真似が、日本人の泣き所です。物真似をしないで、競争力をつける、これができるかどうかです。学校教育を信用しすぎないこと。学校に行けば人間としてよくなる、というのは錯覚です。

高学歴になるにしたがって、行動力が下がります。最近、電車でも、意外に若い人の降り方がノロノロしています。発車間際になって、人を掻き分けて降りていくんです。イマジネーションが足りないし、行動力もないし、作業能率も悪い。こういう人が仕事をすれば、一つ一つ熟考し過ぎて時間がかかり、残業になる。週に二日も休んで、残業するというのはどうも矛盾しているように思います。いつだったか新聞投稿欄に「週休が一日だったときは、日曜日がとても楽しみだった。週休二日になったら、月曜日のことを考えて日曜日が憂鬱に変った」とありました。たぶん、週休二日では休み過ぎて、リズムが壊れてしまうんです。
山本
失敗をプラスに変えてゆくのは大変重要だと思います。他方で、学校や社会で失敗を過度に非難したり叩いたりすれば、やがて人が失敗を避けたくなるのも道理です。また、失敗を恐れ過ぎて萎縮してしまうと、何事においてもリスクをとって新しい挑戦をしなくなりそうです。成功した前例があってうまく行くことが分かっているものを真似れば失敗は避けられそうだと、無難なほうを選びたくもなるでしょう。ただし、そうした発想からは革新は生まれにくいですね。
外山
そういう意味では、これからますます新聞、雑誌等、出版の社会的意義が大きいのではないですか。今までのように、情報や知識を多く手に入れるためのもの、というのとは違った価値で、新聞、雑誌の力によって、人間が賢くなるきっかけが十分にある。『新聞大学』という本を出したのは、日常生活で日々、新しいものを供給してくれるものとして、今のところ新聞が一番安上がりだということに気付いたからです。ところが多くの人は、新聞をとっていても、うまく利用できていない。新聞をとらない若い人が増えたのは、読み方を知らないから。知識は三〇年も経てば賞味期限切れです。学校で詰め込んだ古い知識は忘れてしまって、日々新たなニュースに触れること。新聞によって、知識を日々新しく、思考力をつけることができれば、かなり面白いことになると思います。
山本
明治の頃の文人には、横浜の港から入ってくる舶来ものの知識をただありがたがるのではなくて、自前でそれを作らなければ意味がないんだ、ということを言う人たちもいました。「自己本位」の重要性を説いた漱石はその典型だと思います。自己本位といえば、なんだか自分勝手という印象があるかもしれませんが、そうではありませんでした。他人の考えによって「他人本位」で考えるのではなく、自分で本当に腑に落ちたことを土台にしてものを考えたり行動したりすること。これを漱石は自己本位と呼んだわけでした。

自分でものを考えるには探究すべき問いが必要です。そのためには好奇心も大事だし、面白い問いを作ってそれを楽しむ姿勢も必要です。また、その問いを異分野の多様な人々と話しながら、乱談の中で発展させて、発見して、明日の生活につなげていくことも重要なのだなと感じました。

ところで外山さんは「散歩」も大事にされているとのこと。それこそ古代ギリシアの哲学者は逍遙しながら思索や議論をしたともいわれますし、明治の文人も散歩をよくしましたね。現代では目的なく歩くということはなかなかしません。これは私の実感ですが、散歩では、歩くにつれて目に見えるものや聞こえるもの、風景がどんどん変わっていきます。そうした知覚が様々な記憶を想起させて、脳裏で次々と思考を組み合わせるなによりの手だと思うのです。これは外山さんが重要性を説いてきたセレンディピティが現れやすくなる営みでもありますね。外山さんは今も散歩を日課にしていらっしゃいますか。
外山
最近は散歩を減らして日光浴をね。植物は日光と水だけで生きています。人間は食べ物を取るけれど、やはり生命を維持していくには日光が必要なんです。日光が少ないと、病気にかかりやすい。ことに心理的に弱くなって、世界的にみて、自殺者の多いのは日照時間の少ない北欧、日本でいうと日本海側の地方だそうです。アフリカの人たちは悪い条件の中でも、自殺などせずに生きている。日本でも南の方の人ほど、活力がある。とにかく日照時間と生命力には関係があります。そのことに気が付いて、天気のいい日はなるべく、ひなたぼっこをしています。ところがそれにいい場所が、東京にはなかなかないんです。でも一日一時間ぐらい、できれば、日にあたりたい。これはかなりいいですよ。
2017年1月13日 新聞掲載(第3172号)
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