胸を打つ丁寧な一つ一つのショット フィリップ・ガレル『パリ、恋人たちの影』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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映画時評
2017年1月13日

胸を打つ丁寧な一つ一つのショット
フィリップ・ガレル『パリ、恋人たちの影』

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1月21日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開!35mmフィルムによる特集上映同時開催!
(C)2014SBSPRODUCTIONS―SBSFILMS―CLOSE UP FILMS―ARTE FRANCE CINEMA


男が通りの塀の前に立ち、何か紙切れを読んでいる。左手に持ったフランスパンを彼が齧る瞬間に、画面はタイトルショットに切り替わる。この冒頭から漲る素晴らしい映画の予感。男はピエールというドキュメンタリー映画監督だ。妻のマノンも映画の製作を手伝う。二人とも不倫をする。

この映画、フィリップ・ガレルの『パリ、恋人たちの影』は切り詰められた表現で観客を圧倒する。起伏のある物語が僅か七三分で語られ、どの描写も簡潔で、想像で理解できる事柄は大胆に省略される。色彩さえ不必要だという白黒の画面は常に端正で、人目を惹く派手な表現や奇を衒った表現など一切ない。だが、一見何気ないが、実は極めて丁寧なそのショットの一つ一つが観る者の胸を打つ。

戸外の移動ショットの素晴らしさは目が眩むほどだ。男がエリザベットに出会う場面で、彼は多数のフィルム缶を載せた台車を彼女の代わりに押す。並んで歩く二人を正面から捉え続ける移動ショットに胸が震える。二人の歩みとカメラの後退移動の快いリズム。彼らに降り注ぐ艶やかな逆光。これらが無言で歩く男女の急速な接近をはっきりと予感させる。物語が進むと、今度は夫婦が並んで歩き、カメラが二人を斜め前方から捉えつつ移動する。ここでは寄りのカメラが男女の足早な歩行を誇張して、画面に躍動感が生まれている。

室内のショットはさらに地味だが、レナート・ベルタのカメラが捉える光と影に魅了される。若い頃のガレルの白黒映画では露出オーバーやアンダーの画面が特徴的だったが、ベルタの撮影は明暗の繊細な豊かさにおいて突出している。窓から差し込む陽光とテーブルなどに置かれたランプの灯り。これらが人物の顔や体の肌を照らすさまが特に印象的だ。

エリザベットのアパルトマンのある場面が心に残る。柔らかい陽光が左手から差し込むなか、彼女はベッドの上でネックレスを探し、愛人のピエールの上に乗ったりもする。身体性が珍しく前面に出ているが、決して過剰ではなく、抑制が効いているからこそその魅力が際立っている。彼女はネックレスを見つけるが、男は冷淡にアパルトマンを出ていく。ここまでが長回しのワンショットだ。次のショットで、彼女はベッドに仰向けになって涙を流し、画面外を見る。切り返しで窓が映され、その奥に冷たい空が僅かに見える。この切り返しショットが尋常でなく素晴らしい。ただし、この短いショット自体の凄みは勿論のこと、長回しから切り返しに至るリズムや女の涙の控え目な表現などがその効果を高めていることも、忘れてはならない。

表現の抑制や禁欲は相当なものだ。終盤に教会の場面があるが、その内部は入口付近しか見せない。ステンドグラスも祭壇も、観客の目を楽しませそうなものは何も示さないのだ。男と女が教会を出ると、ラストショットになる。簡潔なラストだが、このショットがこの上なく見事だ。並木の木漏れ日の下を、カメラに向かって男女が並んで歩いてくる。二人の歩みに合わせてカメラが左にパンをする。二人は立ち止まって話をし、やがて抱き合う。この抱擁の瞬間に風が吹き、背景で草木の葉が揺れ始めるのだ。なんという至福の風。一体どうしたらこんな風を撮ることができるのか。この風は二人の愛を、さらには映画そのものを祝福している。

今月は他に、『風に濡れた女』『時代劇は死なず ちゃんばら美学考』『箱女』などが面白かった。また未公開だが、シーロ・ゲーラの『風の旅』も良かった。(いとう・ようじ氏=中央大学教授・フランス文学)
2017年1月13日 新聞掲載(第3172号)
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