『ケンブリッジ版 カナダ文学史』(彩流社)刊 堤 稔子氏、編集担当林田こずえ氏インタビュー|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年1月13日

『ケンブリッジ版 カナダ文学史』(彩流社)刊
堤 稔子氏、編集担当林田こずえ氏インタビュー

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2013年、カナダの作家アリス・マンローがノーベル文学賞を受賞したことにより、カナダ文学への注目が集まった。カナダは英語とフランス語、2つの言葉が用いられ、また多くの移民が集まる多文化主義という特徴を有する国であり、カナダ文学はそれを反映している。

昨年8月、カナダ文学の歴史を新しいアプローチで網羅した『ケンブリッジ版 カナダ文学史』(コーラル・アン・ハウエルズ、エヴァ=マリー・クローラー編/日本カナダ文学会翻訳/堤稔子、大矢タカヤス、佐藤アヤ子日本語版監修)が、カナダ文学関連の出版に力を入れている彩流社から刊行された。

本書刊行にあたり、日本語版監修者で桜美林大学名誉教授の堤稔子氏と彩流社編集部の林田こずえ氏にお話をうかがった。
(左)堤 稔子氏、林田こずえ氏

本書は日本カナダ文学会の設立30周年記念行事(日本カナダ文学会は1982年設立)として訳業が進められた。原書は2009年刊行で、類書と比較して内容の新しさ、特にフランス語系文学のセクションを設け、他章にも仏語文献を多用し、またネイチャー・ライティング、漫画芸術などを含む豊富な内容がともなっていることも選定にあたっての要素になったと堤氏は振り返り次のように言及する。

「従来、英文学、文学史、次いでアメリカ文学、文学史の研究は盛んでしたが、カナダ文学、文学史は新しい研究対象でした。ケンブリッジ大学出版局も初めは英文学史、第二次大戦後にアメリカ文学史を出版するのみでした。しかし2009年に他の英語圏文学史に先んじて『TheCambridgeHistoryofCanadianLiterature』が刊行されました。これは世界文学史においても画期的なことです。また原書編者のエヴァ=マリー・クローラーはドイツ出身、コーラル・アン・ハウエルズはオーストラリア出身です。そして原著者の中にはスペインやフランスの方もいて国際的な視点が取り入れられた非常に幅の広い内容です」と語り、本書の構成の中にも多文化主義の一端が垣間見える。

次に翻訳作業のお話を伺った。日本カナダ文学会のメンバーから有志を募り総勢26人の訳者が全31章を翻訳した。多くは英語の翻訳を担当しているが、フランス語系作家を担当した訳者もいる。途中でメンバーが変りながらも、訳業を完遂したことについて堤氏も安堵する。そして「原著者や訳者それぞれに個性があり中には訳しにくい文章もあります。できるだけ原訳者の文体をいじらず、読み易さと同時に正確な訳を心がけて監修しました」と基本理念を説明する。

本書は索引も充実している。原書で50頁に及ぶ索引の訳業についても苦労があったことが堤氏の話の中から見えてくる。「索引の人名や作品名をカタカナ表記に訳す作業は非常に難しかったです。人名では「デイビッド」か「デイヴィッド」、「トーマス」か「トマス」のどちらかに統一するといった具合です。作品名について訳者により異なる場合は、より一般的なものに統一しました」と述懐する。索引については林田氏も「記載されている言葉が今後の学習や研究にあたっての一つの基になるであろうと想定し、言葉の統一には細心の注意を払いました」と付け加えた。

最後に『ケンブリッジ版 カナダ文学史』の魅力をうかがった。本書は年代順で構成されているが、年代ごとの中にも小説、詩、エッセイなどのジャンルが織り交ぜられており、通史でありながら同時に辞書的な使い方も可能だと堤氏は述べる。「本書内に〈四重奏(カルテット)〉という章があります。この章はマーガレット・アトウッド、アリス・マンロー、メイヴィス・ギャラント、キャロル・シールズといった代表的な現代女性作家を扱った章です。カナダの現代女性作家に興味があればこの章を中心に読むことができますし、あるいはライフライティング、演劇などそれぞれテーマごとに紹介した章がありますので、興味のある内容を辞書のように引いて読むことができます。この点が従来の文学史と違う点だと考えます」と多様な用途の可能性を述べた。また林田氏は装幀について「本の存在感を出すために装幀も原書より明るい赤にしたいと先生方の意向がありましたのでその点もこだわりました。明るくて目につきやすく、それでいてシンプルなのだけれども存在感があるデザインになりました。また中で使用している紙も選び抜いています」と解説。総重量2キロの分厚さはまさにカナダ文学の歴史そのものであり、本書はカナダ文学をはじめ、世界文学を知る上で必携の書である。
アリス・マンローがノーベル文学賞を受賞した意義

『ケンブリッジ版 カナダ文学史』の〈四重奏(カルテット)〉章で取り上げられている短編の名手アリス・マンローが2013年にノーベル文学賞を受賞した。マーガレット・ローレンス、マーガレット・アトウッドと並んでカナダ人作家として知名度が高かった作家であるが、ノーベル賞候補としてはアトウッドの方が上だったと堤氏は述べる。「昔、外国のある学会で『カナダの有名な作家はみな女性ではないのですか?』と冗談で言われたほど、カナダ文学界では女性作家が前面にでていました。特にマーガレット・ローレンスは早くに亡くなりましたが草分け的存在として活躍しました。現在はマーガレット・アトウッドとアリス・マンローの活躍がよく知られています。この二人を比べたときに、アトウッドの方が一足早く登場しましたし、華やかなイメージがあります。アリス・マンローはどちらかというと地味な印象です。しかし、マンローがカナダ人作家初のノーベル文学賞受賞者になりました」とカナダの文学シーンを交えながら説明し、アリス・マンローの作品の魅力に言及する。「彼女はまさに短編の名手です。長編小説は向いていないと自覚していますし、長編小説になるような材料を短編にまとめあげてしまう才能を持っています。彼女の作品は人生の機微をよく掴んでいて、『real life、ほんとうの人生』を写すという彼女の信念が遺憾なく発揮されているのです。最後にちょっとした閃きのような展開がありますけれども、決してオー・ヘンリーのようなサプライズエンディングではない、まさにありのままの人生を描き出す。そんな作品です」と解説した。
さらに個別のタイトルについても言及する。邦題『イラクサ』という短編集の中に「クマが山を越えてきた」という作品があります。『アウェイ・フロム・ハー ―君を想う』という邦題で映画化もされました。映画版ではハッピーエンディングを迎えますが、原書では終わりをぼかして表現しています。アルツハイマー病を患っている妻とその夫のお話ですけれども、映画版と違って最後にこの夫婦がどういう結末を迎えるかわからないような終わり方をします」と語り、さらにもう一点特筆すべき点を挙げる。「彼女は記憶力と観察力が本当に素晴らしい。高校時代の白黒写真を見て、クラスメイトが着ていた服の色を正確に言い当てるというエピソードがあるくらい、記憶力が抜群です。また彼女の処女作『Dance of the Happy Shades(幸せな影法師の踊り)』(日本語未翻訳)中には少女たちのイジメの心理を本当によく描写している作品があります。現代の日本のイジメ問題に通じる部分を刊行当時の1968年に描ききっていて彼女の観察力の見事さが表れています」と述べた。
最後にアリス・マンローがノーベル文学賞を受賞した理由について推測する。「アリス・マンローはブッカー賞その他多くの賞を受賞していますし、『ニューヨーカー』誌にもよく登場していますので、アメリカでも人気があり、彼女がアメリカ人でないことを嘆く声もあるようです。彼女はオンタリオ州の片田舎、戒律の厳しい宗派が根付く地域の出身で、この中での葛藤が作品にも多く反映されています。また並び称されるアトウッドと比較して、特に芸術性の高さが評価されています。地味ではありますが本物の芸術家です。これがノーベル文学賞受賞につながった一つの理由なのではないでしょうか。なによりもカナダ人作家初のノーベル文学賞受賞の報は私たちにとって喜ばしいものでした」と語っていただいた。また、林田氏も「『ケンブリッジ版 カナダ文学史』の編集を通して、マンローをより身近に感じるきっかけになりました」と自身の気持ちを語った。彩流社からは2014年にアリス・マンロー短編集『愛の深まり』が刊行されている。アリス・マンローの物語に触れ、彼女の項から『ケンブリッジ版 カナダ文学史』紐解いてみるのも、楽しみ方の一つである。
2017年1月13日 新聞掲載(第3172号)
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