紙の世界史 PAPER 歴史に突き動かされた技術|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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出版メモ
2017年1月13日

紙の世界史 PAPER 歴史に突き動かされた技術

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ペーパーレス化ということがよく言われる。本書の著者(「博覧強記」とは、まさしく、こういう人のことを表わす言葉である)も指摘しているように、「オフィスから紙が消える」と言われた時期もあった。現在では、そのような意見は少し下火になったように思われる。「二十一世紀のはじめ、紙の消滅がさかんに議論され、紙が新しいテクノロジーに取って代わられるだろうという予測が立てられた、しかし、もはやそんなことを信じている人はほとんどいないし、歴史の学徒で紙の消滅説を信じた者はもとよりいなかった[中略]紙の場合も、用途によっては電子機器で代用できるために使用そのものは減っていても、紙が選ばれるケースも依然としてある」(四四九頁)。

本書は、そのタイトルから察せられるように、「紙」をテーマに、この技術がいつ頃、なぜ生まれ、世界に伝播し、様々な変化を遂げたのかについて、文化、宗教、経済、芸術、生活様式等々の側面から、歴史的に解き明かした一冊である。紙の歴史を知ることは、人間の辿った歴史そのものを知ることに通じる。たとえばフランス革命は、印刷技術の発展と大量の紙の製造なしには成立していなかった(第十四章「ディドロの約束」)。革命の大義を庶民に伝えるためには、膨大な新聞やパンフレット、ポスターなどの存在が必要だったのだ。旧体制下では新聞が一紙しか存在しなかったのが、一七八九年には新たな日刊紙が一八五紙も発刊されたことが、ひとつの証左となろう。「フランス革命はフランスにおける真の意味での新聞の誕生だった」(三二八頁)。興味深いのは、フランスにおける後の革命(「二月革命」一八四八年)と、一九六八年に同国を端緒として起こった学生と労働者の蜂起、この際も、様々な印刷物が運動と結び付いていたという指摘だ。

そもそも紙は、紀元一世紀、中国人が作りはじめたとされている(第二章「中国の書字発達と紙の発見」)。著者は巻頭で、その前段階である「書き言葉」の起源に遡る(第一章「記録するという人間だけの特質」)。人間が書くことを始めたのは五千年前のことであり、文字使用の歴史は、人類の歴史の〇・一%に過ぎない。それ以前は、人々は話し言葉だけを使って生きていた。ではなぜ書き言葉が誕生したのか。諸説あるが、有力なのは商取引の際に必要だったからだという(たとえば魚をいくらで何匹売ったということを、パピルスや石、粘土などに書き記して保存しておく)。

紙は、セルロースという繊維から作られる。この化合物の存在が、科学的に「発見」されるのは、一八三八年のことである。驚くべきは、その二千年前に、中国人(当時は後漢時代)は、科学的知識を一切持つことなく既にセルロースを「発見」し、製造していたというのである。もちろん文明の高さもあっただろう。また国を維持し政治を安定させるためには、大量の文書を記録する必要もあった。いずれにせよ、今日までつづくこの技術が、どのように発見されたのかは謎に包まれている。この事実そのものが実に面白いではないか(たとえば蒸気機関や電話、白熱球といった技術の起源については容易に知ることができるのだから)。

本書は、序章から順番に読み進めていくのもいいが、浩瀚な書物であるので、興味が引かれる箇所から繙いていってもいいのではないだろうか。ひとつひとつの章が、ある意味で独立した文章としても読めるし、多様なテーマに関して深く彫りさげられた内容が、これでもかというほど盛り込まれているので、学ぶべきことは限りない。

ひとつだけエピソードを紹介しよう。アメリカの独立宣言の原本を最初に印刷した紙はオランダ製であった。「オランダ紙はイギリスがアメリカで売るために作った紙で、送り先を示唆してイギリス王室を表す透かし模様を入れたものまであった」(三一六頁)。その後も、アメリカはイギリスから紙を輸入しつづけていたという。一八一九年に独立宣言が再び印刷された時、純米国産の紙が使用された。著者は次のように綴る。「ここにおいてはじめて、独立宣言がほんとうの意味でアメリカ人のものになったのだ」(三一七頁)。

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2017年1月13日 新聞掲載(第3172号)
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