全裸監督 村西とおる伝 / 本橋 信宏(太田出版)七転び八起きでは足りない人生 著者の優しい眼差しが村西を素っ裸に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年1月13日

七転び八起きでは足りない人生
著者の優しい眼差しが村西を素っ裸に

全裸監督 村西とおる伝
出版社:太田出版
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この七〇〇頁に亘る評伝に記されたあらましを、小説として書いた誰かがいたとすれば、リアリティの欠片もない嘘っぱちの連鎖はやめよと、ほとほと呆れるだろう。七度も逮捕され、米国司法当局から懲役三七〇年を食らい、五〇億の借金を抱える小説なんて、編集者が即座に突っぱねる。だが、全て事実なのだ。AVの帝王・村西とおるの乱高下しすぎる人生は、底なし沼をどこまで落ち続けてもその場を地獄だとは思わない驚異の楽観と、極度の思いつきを強引に掛け合わせて前に進む、その積み重ねだ。

上京した村西の仕事は、総額二〇万円の英会話教材を売り捌くことから始まった。相手を理解し猛烈な情熱を注ぐ応酬話法で、漏れなく説得させた。その話法は後にAVの現場で活かされる。「バックにしようね、十八歳の青春をぶつけてみましょうね」……そんな村西節は、当初は「他人を小馬鹿にしたようなオッサンの声」と酷評されていた。

ビニ本と裏本の制作販売を手がけていた頃、なぜか村西はなかなかパクられなかった。警視庁の刑事たちに毎月六〇〇万円もの「上納金」を収めていたのだ。裏本制作のために埼玉県川口市の印刷所を三億円で買い取るなど、非合法を突っ走った村西は、札束を燃やすように使うことで動力を得た。危ない橋、というか、橋などない水面を無理やり泳ぐ。逮捕後に再起をかけてAV監督の仕事を始め、先述した話法や「駅弁」「顔面シャワー」などを定番化させる。幼少期に米兵からミカンの皮を投げつけられた屈辱を晴らすため、『スカイファック』という作品でパールハーバーに向かってセスナ機を飛ばし、上空からミカンの皮と男優の汁を拭き取ったトイレットペーパーを“空爆”した。常軌を逸しているが、村西は万事の動きが初動から常軌を逸している。

米国から言い渡された懲役三七〇年をくぐり抜けた村西、田原俊彦と「しちゃったんだ」と何気なく語った女優の吐露を見逃すはずもなく、下劣なコピーと共に『ありがとうトシちゃん』をリリース。後追い記事が週刊誌に出ると、ジャニーズ事務所の面々が村西のもとへ猛烈な抗議へやって来た。屈するどころか、その模様を別の写真週刊誌に撮らせて更なる騒ぎへと膨らませていく。昨年、大手事務所に対して美辞麗句を注ぎ続けた芸能マスコミの体たらくが改めて露見したが、村西の暴徒に少しは学んだらどうか。

事業拡大に失敗し、五〇億の借金を抱えた村西は、筋の悪い貸し手にダムへ連れて行かれる。「悪いけど、監督、ここから飛び降りてくれないか」。村西は返す。「日本一のスピードでね、返せます!」。七転び八起きでは足りない村西の人生は明らかに転がる回数が多いのだが、なぜか最後には起き上がっている。

ようやく手にした温かな家庭で我が子と戯れる現在が着地点だとも思えない。村西の濃厚な道程に寄り添った本橋の滑らかな活写が、流転する人生を力づくで肯定する。その通底した優しい眼差しが村西を素っ裸にさせたのだ。

この記事の中でご紹介した本
全裸監督 村西とおる伝/太田出版
全裸監督 村西とおる伝
著 者:本橋 信宏
出版社:太田出版
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2017年1月13日 新聞掲載(第3172号)
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