戦後史の現場検証: ルポライターの取材メモから / 植田 康夫(創元社)日本の今に覚醒を促す 歴史的転換時の真相を丹念にルポ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2016年6月17日

日本の今に覚醒を促す
歴史的転換時の真相を丹念にルポ

戦後史の現場検証: ルポライターの取材メモから
出版社:創元社
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敗戦後71年、昨年12月9日、85歳で身罷った闇市焼跡派の野坂昭如はイキを引き取る数時間前、暘子夫人に口述筆記をしていた。最後の一文は「この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう」が遺言となった。

本書は敗戦後20年、昭和41年~43年('66~'68)にかけて、「週刊読書人」に連載された「戦後史の現場検証」。腕っこきのジャーナリスト約20名が、歴史的転換時の真相を、丹念に冷静に熱っぽくルポした特ダネメモ128本がクツワを並べている。日本の今に覚醒を促す。

プロローグ「戦後民主主義の行方―“防空壕から団地へ”の陰に」の中で、“明治百年か戦後20年か”をめぐる論議といった風潮の中、「憂慮すべきは、民主主義と平和を基軸とする“戦後の理念”が、最近、徐々になし崩しにされようとする傾向である」と編集部は、証言シリーズの問題提起をしている。野坂の遺言は、半世紀前から震源を同じく大津波への警告になっていたと、いま痛感させられる。

敗戦後20年、そのうち最大の困難は、朝鮮戦争のなかから生まれたサンフランシスコ講和条約だ。「戦争体制だった“講和”―再軍備・軍事基地・日米同盟へ」のドキュメントで、新名丈夫は書いた。「“講和”は三段返しの仕組みになっていた。講和条約―日米安保条約―行政協定である。講和によって日本は沖縄、小笠原を失い、安保によって軍事基地、再軍備の義務を負い、行政協定によって全国土基地になるのであった」。この実態を「ル・モンド」のロベール・ギランも'51年1月のダレス・吉田茂会談ですっぱぬいた。
「暗く苦楽滑稽な混乱時代―劉少奇テーゼ敷衍した軍事方針」で南坊義道は日本共産党を“極左冒険主義の陰に”と題して10本のルポを書いた。朝鮮戦争という時代的背景下、『アカハタ』はマッカーサーによって停刊指令が出された。「それにつづくものとして警察予備隊の創設、レッドパージの開始、講和条約の批准、破防法の成立などがあり、日本全体が政治的にも社会的にも騒然としていた。……日本共産党は四全協で“軍事方針について”を出し、ついで同年一○月の五全協で“われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない”という武装闘争に関する重大な方針を確認し、これを同年十一月八日付の“球根栽培法”三一号で下部に流したのであった」。

この極左冒険主義におきたさまざまな事件―横浜市占領軍物資集積所襲撃事件、血のメーデー事件、新宿駅硫酸ビン事件他―の検証。こういった極左的、小児病的軍事方針により、若い、純粋で無名のコミュニストたちは、無残な犠牲を強いられた現場報告もいまとなっては、貴重なドキュメント資料だ。

全体は5章で構成され、第1章は「戦後理念の揺らぎ」、第2章は「サンフランシスコ講和から血のメーデーまで」、第3章は「出版界と言論ジャーナリズムの転換」、第4章は「日米安保とジャーナリズムの使命」、第5章は「終わらざる戦後」と題されている。

それぞれの章には「松川の黒い霧」(吉永春子)、「安保闘争 市民運動の高揚」(斎藤茂男)といったルポが収められている。すべてのルポは、執筆から半世紀経った今でも熱っぽさを失っておらず、言論ジャーナリズムへの目配りもぶれることなく一貫している。

巻頭の「ルポライターの見た戦後史」の梶山季之・草柳大蔵の対談も特ダネである。

連載半世紀目に創元社の矢部敬一社長という具眼の士が、この大部のリアル現代史を出版した志は貴重で、ジャーナリストだけでなく、知識人たちにカツを入れてくれる必読の大著だ。
この記事の中でご紹介した本
戦後史の現場検証: ルポライターの取材メモから/創元社
戦後史の現場検証: ルポライターの取材メモから
著 者:植田 康夫
出版社:創元社
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年6月17日 新聞掲載(第3144号)
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