不純なるシナリオの純なもの 〈山田太一セレクション『早春スケッチブック』『想い出づくり』〉(里山社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年1月20日

不純なるシナリオの純なもの
〈山田太一セレクション『早春スケッチブック』『想い出づくり』〉(里山社)刊行を機に

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山田太一氏の名作ドラマシナリオが、「山田太一セレクション」として里山社から復刊された。表紙に山田ドラマならではの名ゼリフが付された斬新な装幀で、昨年末『早春スケッチブック』と『想い出づくり』が、そして一月二十七日には第三弾の『男たちの旅路』が刊行となる。高度経済成長期にテレビドラマを通じて、生きることの本質を突いた名作は、現代の私たちの心に響き、また不思議に今の時代をも考えさせる。刊行を機に、山田氏と早稲田大学教授の長谷正人氏に対談をお願いした。当該作品から最近作まで、縦横にお話いただいた。(編集部)

リアリティ――現代が不合理だと切り捨てたもの

長谷
山田太一さんの名作ドラマシナリオが復刊されました。『想い出づくり』は一九八二年の九月から十二月、『早春スケッチブック』は一九八三年の一月から三月に放映され、三十余年を経ています。しかし、今読んでも新鮮に感じられるものでした。

『想い出づくり』の復刊に寄せたまえがきで、山田さんは「当時の結婚適齢期24歳という世間の圧迫は人によってはそんな焦りをうんでいたのです」という言葉に続けて、「今は、いい時代になったというべきなのでしょうか?」と現在に対して疑問を投げかけられています。
山田
「女性とクリスマスケーキは二十四をすぎると値が落ちる」という、今ならセクハラと言われるようなギャグが当時ありました。それに対する憤懣がドラマを書いたきっかけです。僕には二十歳前後の娘が二人いたので、私ごととして腹を立て、僕なりの二十四歳を書いてみようと。

ちょっと見には、現在はその頃とは時代が変わったかに思えます。しかしこのシナリオを復刊してくれた里山社の清田さんは、今の時代にもそれなりの圧迫がある、と言うんです。そう言われてみれば、当たり前に仲人がいた時代の方が、よかったところもありそうです。それで書き足した一行なのです。
長谷
世間からの圧迫が何かと強かった時代は、適齢期になると、うるさいほど見合いの釣書やら写真やらが持ち込まれましたが、今は自由になった分、誰もそんなお膳立てなどしてくれない。相手を見つけるのもエネルギーと勢いが入りますから、結婚が昔とは違うかたちでハードルになっているんでしょうね。
山田
仲人さんというのは、縁談をまとめるために双方の良いところばかりを騙るものです。「あのおばさんは“仲人口”だから」という言い方には、この人の話を鵜呑みにしない方がいいという含みがあります。そうしたしきたりを、皆が何とはなしに受け入れて、嘘ばっかり言っているお節介焼きの人に、結婚がまとまればお礼を包んだりしました。

現代はそういうものを、不合理だと切り捨てたわけですね。でも、世間知はバカにならないもので、実はそれによって救われていたものがあった。
長谷
結婚相手が見つけられずに年齢が上がっていくときの焦りのような、結婚適齢期に纏わるもやもやしたプレッシャーは、『想い出づくり』に描かれているころからそんなに変わっていない。むしろ、より複雑になっているかもしれませんね。
山田
若い女性の人間観、もしくは自分観でもあるのかな。それに、どこかリアリティが欠けている。論理的ではないもの、筋が通らないものは切り捨てる、ということにしてしまったでしょう。でも「筋」には非常に子どもっぽい部分があって、そこからはみ出たものを、時代に合わない古い考え方だと決めつけてみたら、実際はそれが世界を丸くおさめるのに必要だった。現代は、単純化によってリアリティを落としてしまっている気がします。
長谷
いま話されたことはこのドラマが描いている世界そのものですね。山田さんは、大人たちの理不尽な世間知に反抗して夢を求める若い女性たちに寄り添っているようでいながら、実は世間知が女性たちの先進的な考えをぐらつかるところも詳細に描いていると思います。そこが普遍的なのですね。
山田
驚くほど強引な男というのも出てきます。見合いで断られてもアプローチを続けるという、正直言って、迷惑そのものの存在ですが(笑)。女性が友人二人と三人で共謀して結婚式を壊してみた後で、やっぱりあの人しかいない、となる。ドラマ的な修飾はありますが、リアリティって案外そんなものかもしれません。
長谷
中野二郎役の加藤健一さんですよね。あの演技は衝撃的に面白かった!
山田
はじめは見合いで断られるだけの役どころでした。でも初回の仕上がりを見て、この人はこれで終わりではもったいない、と思ったんです。漠然とですが、いろいろな人が森昌子さん演じる佐伯のぶ代のお相手として、現れては断られる筋立てを考えていたのです。ところが、加藤さんがあまりに面白かったもので、この人がまた出れば、見る人は懐かしく思うだろうと。
長谷
確かにあの東北弁がまた来週も聞きたいと、ぐいぐいひきつけられました。
山田
そこが連続ものの面白さですね。

加藤さんには、もっとドラマ界で羽ばたいてほしかったけれど、芝居の方へ行ってしまいました。
「うん」を「ああ」に変えられるのも嫌だ

長谷
山田さんの脚本は完成度が高いので、全ての筋書きが初めから予定されていたように思ってしまうのですが、この役者が面白いからもっと書いちゃえ、というドライブ感で書かれているところもあるんですね。そこがこのドラマの面白さなのだと思います。何かワクワクさせられるものがある。
山田
映画と違い、テレビドラマは生きてまだぴくぴくしている魚なんです。全てが刺身に捌かれてはいない。

このドラマで僕は、三人の女性を等分に描こうと思いました。まず、スターの森昌子さんが出てくださるということが決まって、ある程度キャスティングに箔がついていた。

その後文学座に若いけれど達者な子がいると聞いて、観に行ったのが、池谷香織役の田中裕子さん。世間的にはまだ、ほとんど名が出ていなかった。

吉川久美子役の古手川祐子さんは、三浦友和さんの相手役を選ぶオーディションで東宝芸能に入った、売り出し中の新人でした。だから本当の境遇は、三人は平等ではないんです。

でもこちらの心づもりとしては、「本当はこのドラマはあなたが主役です」と、三人ともにこっそり言ったら、三人ともお世辞ではないなと思うような、どの人の物語にも、その人なりのリアリティがあるように書こうとしました。森さんはもちろん、ほかの二人も、私のことを書いてくれているんだ、と思うようなら、成功だと考えたんです。

これは、映画ではできないことです。ドラマは十時間以上ありますが、映画は二時間ぐらい、複雑なことをやろうとしても時間がない。だから当時の映画的メロドラマでは、男と女がいて、邪魔する男が一人、あきらめる女が一人、頑固なおやじがいて、という決まったかたちが多かった。

三人で成功したら人数をもっと増やそうと思って書いたのが「ふぞろいの林檎たち」です。これも中井貴一さんはもちろん、柳沢慎吾さんも、「あんたが本当は主役だよ」と言ったら、そうかなぁって半分首かしげながら信じてもらえるように、全くの新人だった中島唱子さんも、「自分が女性たちの中の主役だ」と思うように書こうとしました。そのようにして、固定した構図を壊そうとしたのです。
長谷
その山田さんの発明が、「男女7人夏物語」などに、受け継がれていくんですね。

しかしお話を聞いていると、山田さんはドラマにおける、仲人の世話焼きおばさんのようですね(笑)。全員に「君が主役だよ」と、その気にさせてドラマの世界に招きいれる。
山田
実際に囁きはしないですけれどね(笑)。人間関係が型通りでなくなれば、次にどうなるか分からないから、見る方もドキドキしますでしょう。次にあの人はどうなるんだろう、とそれぞれの好みや興味で、感情移入しやすくなる。
長谷
このドラマでは、適齢期の女性の結婚が大きなテーマとして描かれていますが、一方では新たな構図の中で、それぞれの役者を輝かすことに力点が置かれています。私は山田さんのシナリオ作品を、ストーリーやテーマを重視して、緻密に計算されて成り立つ文学作品のようなものとして考えていたので、役者の個性や魅力を引き出すように書かれているという今のお話は、とても面白いし意外に思えました。
山田
シナリオは不純なんです(笑)。僕らはフィクションではなく現実の世界にいて、テレビドラマは役者や演出家の影響をものすごく受けます。僕が俳優が決まらないと書かない、と言うのは、本当は書けないんです(笑)。仲代達矢さんをイメージしていて、渥美清さんになりました、と言われたら、完全に姿勢を変えなければならないでしょう。

連続ドラマは基本的に一人のライターが書きます。でも、演出家はどんどん撮らなければならないから、一つのドラマで最低三人はいります。突き詰めたことを言えば、ドラマに一貫性を持てるのはライターだけなんです。それで僕は、書いたセリフ以外のことは一切言わないでください、などと言う。「うん」を「ああ」に変えられるのも嫌だ、と。制作側にしたらとんでもない話ですよね(笑)。

森繁久彌さんのような名優は、セリフ以外のことをおっしゃるでしょうし、その演技は正解だろうと思います。でも邪道だと思いながらも、僕はシナリオ以外のことをおっしゃると分かっている方には、お声をかけない。そうでないと、どこかで無責任になってしまうと思うんです。だから責任の所在をはっきりさせて、セリフとストーリーは僕が責任を持つ、と。

自分を棚に上げて言えば、役者は枷のようなものがあることで、演技がより迫真に迫るのではないか、とも思うんですね。例えば、ここは心の内を露わにすべきところだ、というときにセリフがなかったとしたら、演出や演技で、愛を表現することは可能だと思います。むしろセリフのないところこそ、演技のチャンスだと思うんです。
長谷
それは例えば、セリフが棒線(「――」)だけのときとか。
山田
そうです、そうです。
長谷
この本を読んで面白かったのですが「うん――」とか「うん?」とか、同じ「うん」でも微妙にニュアンスが違うわけですよね。
山田
ずっと一緒に作っていれば、棒線だけでも通じるんです。
シナリオは関係者を夢中にさせる指南書

長谷
テレビドラマは不純であり、セリフを変えさせないご自身の姿勢は邪道であると。面白いですね。ドラマは脚本家と、役者さんやスタッフとの闘いの産物ということでしょうか。あるときは説得したり、あるときは楽しいと感じさせて乗せたりする。つまりシナリオは、ドラマに関わる人を夢中にさせるための指南書でもあるんですね。

例えば『想い出づくり』の一話のはじまりの方に、武志(児玉清)が娘の久美子(古手川祐子)に言う、「東京へなんでいかなきゃならないんだよ。こっちはお前、二人っきりになっちゃうじゃないかッ」というセリフがあって、そのト書きには「(これはやや女々しいが真情溢れて、畳が汚れるものもかまわず、ガチャガチャガチャンと食器をなぎ払ってしまう)」とあるんです。「ガチャガチャガチャン」がなくても情景は伝わるかもしれないけれど、読んでいると楽しさが湧き上がってくるし、山田さんが楽しんで書いていることも伝わってくるんです。
山田
はい、楽しんでます(笑)。人間には向き不向きがあって、僕は大きな話は苦手なんです。だから大河ドラマ「獅子の時代」にも、歴史上の人物ではない、しかも明治政府にやられてしまった側を書きました。視聴者は歴史を知りたくて見ているんだから、変な方にいかないでくださいとか、大河で拷問シーンなど信じられないと怒られもしましたが、そういうときに、仲間になってくれる方たちもいて、今までやってないことをやろうと。プロデューサーの近藤晋さんは「NHK交響楽団に宇崎竜童の曲を演奏させるのか、おまえ、先がないぞ」と言われてしまったそうですが(笑)。とにかく僕としては豊臣秀吉のような英雄の生涯ではないところで、ドラマを書きたかった。
長谷
大河らしい大きな歴史物語ではなく、当たり前の日常生活のやりとりや、市井の人のささやかな暮らしを描こうということですよね。

ト書きは、シナリオを開いて初めて知る楽しみです。新たな行間を得るというか、ドラマの場面を違う角度から追体験する喜びというか。シナリオにはまた、ドラマとは違う自分のリズムで、セリフを読める楽しみもありますね。
山田
ドラマを観ていても聞き取れないセリフが結構ありますしね。多くの人が何分の一かを聞き取れないまま、見ているのではないかと思います。ドラマを観ながらスマホをいじっていたり、トイレに行ったりもしているわけですから。こちらは全てを差し出しているけれど、全ては展開されていない。黒澤明さんの映画など、三分の二は聞こえないと言われますよね。
長谷
「七人の侍」は、ほとんど聞こえなかった。
山田
何を言っているかわからない、でも面白い。そしてわかってみれば、選びに選んだセリフが書かれている。ああいう大先輩がいるのだから、僕のなど、もっと聞き取ってもらえないかなと思うけれどね。
長谷
山田さんが脚本を書くようになった当時は、映画のシナリオ集など勉強するためのテキストはありましたか。
山田
シナリオの勉強が目当てではなかったですが、黒澤明の初期のものを学生の時に買っています。映画を見て感動しちゃったのね。『野良犬』と『ジャコ万と鉄』と『銀嶺の果て』。ところが僕は、松竹の木下組についたでしょう。まっさきに読んだのが黒澤明でした、なんて言えない(笑)。
長谷
東宝の本を読んでしまった(笑)。
山田
木下惠介さんは狙いが高度なので、黒澤さんの方がどちらかというとわかりやすいですよね。だから若い頃は、木下さんの味がわかるよりも先に、黒澤さんだったのかな。
長谷
シナリオを読んで、観た時とは違う新たな楽しみはありましたか。
山田
ええ。特に『野良犬』は面白くて、もう何度も読みました。ですからこのシーンはこういう映像だったとか、どういうカットだったというのが、全て目に浮かぶくらい。それだけ演出がお上手だったということもあるでしょう。
長谷
当時は、今のようにDVDでいつでも観られるというわけではなかったですよね。
山田
映画館で限られた回数しか観てないのに、それでもその映像をずっと覚えているのは、シナリオ集を読んだからですね。
長谷
一つの作品を映像で観て、脚本でも読むと、より深い味わいになりましたか?
山田
なりました。でも今みたいに観るべきもの、読むべきものがたくさんあると、一つの作品にそれだけの集中力を持つことは難しいでしょう。
長谷
現在の、様々な娯楽に事欠かない状況が幸せかどうか分からないということですね。

そういえば、「早春スケッチブック」の中で、沢田竜彦役の山崎努さんは言っています。「マンガでもロックでも、深く好きになれる人は、他のものも深く好きになれる」「一番はずかしい人間は、下らないとかいって、なにに対しても深い関心を持てない人間だ」と。
山田
それはそのまま僕の思っていることですが、山崎さんが言うといい言葉に聞こえる(笑)。

山崎さんも本当に一生懸命考えて、このセリフはこう、このシーンはこう、と演じてくれました。
役者が活きる領域を大事に思う

早春スケッチブック(山田 太一)里山社
早春スケッチブック
山田 太一
里山社
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長谷
山崎努さんの配役は、山田さんが希望されたのですか。
山田
キャスティングはもちろん相談があったと思いますし、他の人は挙げなかったと思うけれど……。他の人は考えられないですよね。

これはフジテレビとの最初の仕事でした。プロデューサーの中村敏夫さんが、なにを書いてもいい、受けて立つから、と言ってくれて、ありがたいことですよね。それで、とことん過激な話を書いたんです。

意外だったのは良子役の女の子、二階堂千寿さん。放映で観て驚いてね。全部書き終わっていなかったから、彼女のいいシーンをもっと書こうと思いました。
長谷
加藤健一さんと同じですね。本当に素晴らしくて、僕もどうしても二階堂さんが印象に残ります。

今回、二冊のシナリオを続けて読みましたが、「想い出づくり」を読んでいるときに、あっこれは「早春スケッチブック」だ、と思うところがありました。柴田恭兵の「手前らには、うんざりだ」「それでも生きてんのかッ。ヨーロッパへ十日ぐらい行って、それで青春の想い出は出来たって、笑わせるぜッ。他になんにもねえのか?」という言葉です。この山崎努的な言葉に揺さぶられて、彼女たちの人生が変わっていく。

そういう意味では、フジテレビに言われて思い切ったことを書いたとおっしゃるけれど、山田さんはそれ以前に既に書いておられるんです。「岸辺のアルバム」もそうです。竹脇無我からの電話で、八千草薫が不倫に堕ちていく。つまりある一つの言葉、人との出会いから日常の暮らしが揺さぶられ、人生が変わっていく。

日常というものをいかに揺さぶるか、揺さぶられ壊された中で、いかに生きる道をつかむのか。そういうテーマを、このときいろいろな形で試しておられて、その総決算として「早春スケッチブック」が書かれたのではないでしょうか。
山田
自分では意識していませんでしたが、言われてみれば確かに、なるほど、そういうものかもしれません。なかなか自分からは抜けられないものですね。
長谷
設定が全く違いますから、視聴者としては常に新鮮に、それぞれのドラマを楽しんできました。でも、かなりタッチの違う作品でも、私には山田さんのドラマはこれだって嗅ぎ分けられていたような気がします。それはテレビという面白くも不純な要素を持つ媒体に対して、山田さんが抱えておられる純粋なテーマのようなものが、繰り返し描かれていたからではないかと思います。こちらは二十四歳の結婚問題、こちらはありきたりの人生を疑う話。真逆と言ってもいいテーマの奥に、変わらず抱えておられるものがあったんだと思います。

さらに今回、「早春スケッチブック」のシナリオの中に、「ふぞろいの林檎たち」の主題の萌芽まで発見してしまいました。和彦役の鶴見辰吾さんが自分より成績の低い友人と同じ滑り止めの大学にしか受からなかった後で、父親に「浪人したらどうか」と勧められます。すると和彦は「どうして大学で一生が決まるのさ?」「問題は、どう生きるかってことだ」と、血のつながった父親・竜彦(山崎努)の影響を受けた考え方で反発する。でも母親役の岩下志麻さんは、「大沢君と同じ大学しか入れなかったこと、すごく恥だと思って、ずーっと浪人しようかどうか考えてたくせに」と本音を見抜く。この一連の心の揺れ方が、「ふぞろいの林檎たち」で一流会社に振り回される主人公たちとそっくりだと思いました。
山田
本当ですね。全く気付いていなかった。

山崎努さんが後に、鶴見辰吾さんは「早春スケッチブック」に出たことで、役者として縛られたのではないか、と言ったことがありました。
長谷
DVDの特典映像でお話されてましたね。作中では、和彦は父・竜彦の影響で、敷かれた平凡なレールを進む人生に迷いを生じさせるわけですが、現実の鶴見さん自身の人生にも、ありきたりの役者じゃいけないっていう影響を与えたんじゃないかって。そういえば「男たちの旅路」の「車輪の一歩」の斉藤とも子さんもそうだと聞きました。車椅子の障害者の役を演じることで、ドラマを離れても、世の中の障害というものと向き合わざるを得なかったと。
山田
斉藤さんは「車輪の一歩の斉藤とも子」だと、思われていた時期があったようですね。

ドラマは何しろ役者さんが宝です。だからミスキャストは堪えますし、俳優さん自身も堪えるのではないかと思います。僕は役者それぞれにすっと自然に存在できる領域があると思うんです。渥美さんは寅さん抜きで生きろと言われても、生きられなかったでしょう。僕は笠智衆さんが好きで、それも小津安二郎さんがおつくりになった笠さんが好きなので、そのイメージを逸脱したらいけないと思っていました。ご本人はあんなふうじゃないと奥さんは言っているらしいですが(笑)。イメージを壊して役者に新しさを見出そうとする脚本家や監督もいる。でも僕は、笠さんは小津さんのおつくりになった笠さんだと思うんです。人が活きる領域というものを僕は大事に思っています。
僭越なこと。失いたくない感受性と想像力

想い出づくり(山田 太一)里山社
想い出づくり
山田 太一
里山社
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長谷
小説とは違いシナリオは、ドラマが世に出た瞬間に、消滅するものだとも言えます。でもドラマの撮影現場に不在であっても、山田さんはその役者なりのリアリティを描くことで、役者さんの人生にも影響していく。そのことが逆説的で興味深いと思います。
山田
僕は、全てのものが消えてなくなっていいと思っているし、名作や名演技も、三十年持たないものと思っています。テクロノジーの力で、かつてより長く保存されるようになったとはいえ、基本的には全てが無に帰すと。

社会状況も違ってきますしね。「車輪の一歩」には、体の不自由な人たちの話を書きましたが、その後、行政的にずいぶん状況が変わりました。バリアフリー化が進んで、歩道との段差がなくなったり、多くの駅にエレベーターがついたり。僕が書いていた当時は、都心の駅でも、車椅子の乗降は三日前に予約しろと言われていたんです。そのために要員を用意しなければならないから、というのだけど、それでは車椅子の人は身動きできませんよ。そこから考えると、ずいぶんよくなっていくプロセスを目にしてきました。

ポルノの映画を観に行きたいと思っても、そういう映画館は大体地下にあるので、階段を降りて行かなければならない。車椅子の人は、二人の男性に手助けをお願いしないといけないのです。ポルノを観に行くというだけのことが、そんなにも大変だと。それを当事者に聞いてドラマに書きました。そうしてしばらく経ったら、電話をかければ家に女の人が来てくれるようになった。映画を見なくても本物が来るんですよ、と。刻々と変わっていくんです。
長谷
でも「車輪の一歩」の中に描かれた問題は、形を変えて今もあるし、このドラマを観て何かが刺さるという感受性は、失わずにいたい。社会の仕組みは変わっても、世話をする―世話を受ける、という関係性の居心地の悪さは変わっていないし、一方では、行政やシステムにまかせて他人が無関心を決め込める状況が、進んでいる気がします。
山田
障害を持つ方は、僕らが気づかないところで、人の世話になるということに、随分傷つきもしているわけですよね。

数年前、「時は立ちどまらない」という震災をテーマにしたドラマを書きました。二組の家族が東日本大震災に遭遇するのですが、一方は高台にあり難を逃れる、一方は根こそぎ全て持っていかれて、家族も失い、体育館で窮屈な思いをしている。難を逃れた家族が、何でも言ってください、家に泊まってください、世話させてください、そうでないと気が済まないからと、被災した家族に言うのです。でも何も悪いことをしていないのに、何もかも失ってしまった人からすれば、お前らの気が済まないなんて知ったことか、ですよ。それで、泊まりに行った家で大暴れをやらかすんです。

人気者が被災地を訪問して、無料で歌を歌うとか、それなりにいいことをしているとは思うけれど、でも複雑ですよ。体育館で寝ていて困るでしょうからと、毛布をたくさん届けられて、助かるでしょうが、そうは言ってもたかが毛布です。こちらは日常生活が根こそぎ流れてしまっている。でも好意に対しては、お礼しか言えませんよね。もう一切、世話しようとしないでくれと、そう言いたい気持ちもあるのではないか。
長谷
そういう方々への想像力を働かすことを、山田さんのドラマは助けてくれます。
山田
でも、それはやはり僭越だとも思うんです。被害をこうむった方、障害を持つ方に対して、困ったことがない人間が、こうだろうと書くことは。非常に手つきが難しいです。

先日もう一度、震災をテーマに、「五年目のひとり」を書きました。リアリティだけのドラマはとても書けなかった。震災から五年が経てば、あらゆるケースがあるでしょう。そのうちからたったひとりは選べないし、それぞれの悲しみを一括りに扱ってしまうのはもっと違う。それで、亡くなった娘とそっくりの中学生に出会うという“嘘”を少しだけ調合したのです。

五年が経って、周囲では震災のことを少しずつ忘れていっている。大きな悲しみも時が癒すものだと、そんなふうに一般化されることで、被災に遭った方が、悲しみを外に出しにくくなっているのではないか。でも気持ちに蓋をして生きていても、本当は喪失感が持続していて、そういうときに、亡くしてしまった大事な人に似た人に出逢ったら、揺さぶられるだろう。もし自分が同じ立場なら、やっぱり声をかけたくなるかな、と思ったのね。違う人だと分かっていても、なんだか知らん顔されたくない、というのかな。そっくりな人に会うという一点には、少しだけ嘘があるけれど、それほど突飛な話ではないと思うんです。電車の中などで、ドキンとして、ああ、あの人は死んだのだった、と思うことが僕はあります。その気持ちをドラマにしようと。それ以外に、五年目にひとりの被災者を書くことはできなかった。
長谷
僕は「五年目のひとり」を観て、「異人たちとの夏」を思い出しました。演芸場で死んだ父親と遭遇するという物語。
山田
ああそうですね。「異人たちとの夏」は、本当にそういう経験をしたんです。一挙掲載の小説を書かなければならなかったのだけど、締切が迫って困ってね。最後に縋るものとして、ふるさとに行ってみようと思った。それで浅草ビューホテルに泊まったけれど書けないから、木馬館かどこかに大衆演劇を見に行ったんですよ。演目は型通りでつまらなかったのだけど、ななめ前の男性の後ろ姿が親父に似ていて、その人の顔が見たくてしょうがなくて。トイレに行くふりして、前の方から通り過ぎて見たのですが、似ても似つかなかった。ホテルへの帰り道で、ああこれを書けといっているんだと。ビューホテルはもったいないので、家に帰ってガンガン書きました(笑)。
書く責任と、書いてはいけない『希望』  

長谷
私たちが生きる上で、受け取らざるを得ない“負の制約”を描くという意味において、二十四歳結婚問題にしろ、震災にしろ、ある意味で山田さんは同じ主題を抱えて仕事をされていると感じます。戦後の高度経済成長期から現在まで、日常や個人を大事にドラマを書いてこられた。その間、世界の中での日本の位置は、そう大きくは変わらなかったけれど、ここに来て何かが大きく変化していく気配があります。この時代に山田さんが何を書いていかれるのかは、ますます気になるところです。
山田
僕なりの戦後の締めくくりとして書いた『終りに見た街』という物語があるのですが、これはご近所一家が終戦間際の昭和十九年にタイムスリップをする話です。その中で、描いたことの一つに、戦争を知らない子ども世代の右傾化がありました。日本が危機に陥れば闘うのは当然で、戦争反対などと言っているのは暢気すぎると、親世代を突き上げるのです。

最後には歴史的には起こっていない原爆に襲われ、皆死んでしまうのですが。そして死に際に見たのは、ビルが立ち並ぶ爆心地となった現代の東京だった、と。これはフィクションですが、今の日本の方向性を眺めると、重なるところもあるように思えます。戦争の悲惨さを知る世代は戦争反対を唱えるけれど、ただ機械的に念じているだけではリアリティが失われていく。
長谷
戦時中に放り込まれた子ども世代が「一億総玉砕」の考え方に染まっていって、親を突き上げるという話は観ていてぞっとしました。こういうリアリティは確かにあるなと。逆に、現状のリベラリストたちの戦争反対は空虚な理屈というところがあって、生活に根差したリアリズムではないという批判も描かれていて、その複雑さの中に我々の現実があると感じました。
山田
この小説は、一九八二年と、二〇〇五年に、二回ドラマ化されました。珍しいことです。
長谷
何回でも思い返さなければいけないテーマだからでしょうね。しかし震災についても、障害者の問題にしても、そうした社会のリアリティを、テレビという一番の大衆メディアで扱うのは、なかなか勇気がいりますね。
山田
そうですね。でも誰もがテレビドラマで書きたいものを、その時期に描けるわけではないですから。たまたま僕はそういうことができる、多少のチャンスがあったということだから、野放図ではいけない、という思いはあります。書く責任、というと言い過ぎかもしれませんが。

「五年目のひとり」では最後に慟哭しますが、あれぐらいですよね。たっぷり泣いてほしいけれど、今まで泣く場所がなかった人へ。それ以上は書けません。「思いっきり泣いて」というセリフを市原悦子さんに書いたけれど、渡辺謙さんの台本には、バケットとかアンパンとか、パンの種類を並べて、あとは「(慟哭する)」としか書いてないんです。でも謙さんは分かってくれて、こんなに顔が歪んでいいんだろうか、というくらい泣いてくれました。謙さんに、本当に隅々まで、考えて考えて、演じているのがわかった、と伝えたら、「そうだろ」って顔をしていましたね(笑)。

希望は、僕が書いてはいけないという気がしています。希望などひとかけらもなくて、死んだ方がいいと思うくらいだけど、死ぬのも大変だから生きてきた、という人もいるのだと思うから。
長谷
大それた希望ではない、そうしたかすかな心のふるえが、救いにつながるのではないでしょうか。

山田さんが今、責任を持って書かれたのが震災ものだとしたら、三十五年前のドラマは何か、社会が弾けようとしている感じというか、想い出を作りたいとか、ありきたりな人生でいいのかとか、非日常的な夢の手前でドキドキしている人たちの感情が描かれていた感じがします。それが今は全く反対に、人びとの生活の希望を描いては寄り添えない、と考えておられることに、今の社会状況が浮かび上がるようにも思います。
山田
三十五年前の人々も、汗水たらして暮していたと思いますが、今に比べると暢気だったところがあるのかな。

地震って、やっぱり怖いですよね。熊本でも、ある町筋は壊滅的に失われているのに、少し行くと何も壊れていなくて、皆何もなかったように街を歩いているんです。戦時中、新聞が一枚になって、半分になって、という経験もしましたし、そういう未来がもしかしたらこの先にあるのかもしれないけれど、今のところは大方は高をくくっていますよね。ただ地震はいつ起こってもおかしくない。常に緊張していることはできないですが、いつ起こるか分からない危機がチラチラしているのは、そう悪いことばかりではないという気もするんです。楽しくはないですが、それが生きているということなのかな、と。
長谷
この後出る『男たちの旅路』は、かなり分厚いものになるとか。また新しいドラマが書かれることも、期待したいと思います。
2017年1月20日 新聞掲載(第3173号)
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