「オランウータンが犯人やったんか」布団のなかで子は声を上ぐ 吉川宏志『海雨』(2005)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね 第59回
2017年1月20日

「オランウータンが犯人やったんか」布団のなかで子は声を上ぐ
吉川宏志『海雨』(2005)

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「オランウータンが犯人」といえば、1841年に発表された史上初の推理小説といわれるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』である。作者は京都大学短歌会の復興者として現代短歌シーンで知られているが、実は「新本格ミステリ」ムーブメントの拠点ともなった京都大学ミステリ研究会にも所属していた時期があるそうで、本棚には歌集ばかりではなくミステリ小説も少なくなかったのだろう。子が勝手に父の蔵書をめくり、そこに記されていた意外な結末に驚いているのだ。

『モルグ街の殺人』は古典だけにあまりにオチが有名になっているのだが(私も昔、子ども向けの名探偵事典のような本であっさりとネタバレを食らった)、「子」はまっさらな状態で読んで素直に驚くことができたようだ。「子」は下手に歴史に囚われないで、古典も新作も問わず純粋な目で作品に接することができる。なまじ歴史を知ってしまったばかりに、あれほどの新鮮な驚きを自分はもう得られないのではないか。そう感じた瞬間のふとした寂しさを、さらっとした文体で詠んでみせている。関西弁もいい味付けだ。

近代日本小説では、自然主義文学を乗り越える方法論として探偵小説が一役買ったと思う。近代短歌にはそれにあたるものがなかったために、今も私小説的な枠組みを保っている。現代短歌の中にミステリ小説がモチーフとして登場するときは実はその裏側に、短歌史そのものへの目配せが隠されていたりする。
2017年1月20日 新聞掲載(第3173号)
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