神聖ローマ皇帝ルドルフ2世との対話 / 伊藤 哲夫(井上書院)真実に光を当てる 人文主義の理想を再生しようとした皇帝|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年1月20日

真実に光を当てる
人文主義の理想を再生しようとした皇帝

神聖ローマ皇帝ルドルフ2世との対話
出版社:井上書院
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「人がカトリックだ、プロテスタントだといい、また宗派間の争いをするのは無意味なことだ。父マクシミリアン帝は、『私はカトリックでも、プロテスタントでもない、一キリスト教徒だ』と言われていたが、私も同じだ。」

このように、宗教に関して極めて寛容といえる、そして自らとは異なる相手であっても積極的に受け入れようとする姿勢を持った人物とは果たして誰か?答えを知ると、きっと驚く。彼の名前はルドルフ2世。16世紀後半から17世紀初頭にかけて、ハプスブルク家の当主ならびに神聖ローマ皇帝の地位にありながら、現実を直視せず、占星術や錬金術に情熱を傾けすぎたあまり国を傾けた「変人皇帝」として知られているのだから。

だが本書では、ルドルフの生涯を再検討することで、彼にまつわるそうしたイメージへの見直しが図られている。たとえばルドルフが、ウィーンからわざわざプラハへ遷都した件に関する下り。「ハプスブルク家の宮廷がウィーンに定着し(中略)以来、ウィーンに宮廷をおかなかったハプスブルク家の皇帝は、陛下ただお一人であるといわれております(後略)。」という発言に対し、ルドルフはこう答える。「そう大仰なものいいをするでない。私の母方の祖父カール5世もひっきりなしにあちこち宮廷を移動させていたではないか。」これまではプラハ遷都の理由が、オカルト好きなルドルフの変人ぶりに帰せられていたところを、そのような見方自体があっさりと覆される。

このような、いわばルドルフの「脱神話化」がおこなわれている本書だが、もう1つの特徴がタイトルにもあるように、「対話」の形式がとられていること。(もちろんそれは架空の対話なのだが、ルドルフの発言に関しては膨大な資料を駆使して丁寧な裏付けがなされている。)そしてルドルフと対話をおこなっている相手は誰かといえば、「建築家」なのである。

なぜルドルフの対話の相手が建築家なのだろう?答えの1つは、本書の著者である伊藤が建築家であり建築学者だから。既に『ローマ皇帝ハドリアヌスとの建築的対話』を世に問うている伊藤は、同様の手法を本書にも用い、建築に携わる自らの立場を反映させつつ対話を進めてゆく。

だが今回の著作が前著と異なる点は、タイトルから「建築的」という三文字が抜けていること。ルドルフとの対話は、単に建築の分野にのみに終始することなく、実に多岐に渡る。それこそが「建築的」という言葉があえて用いられなかった所以なのだろうが、そうでなくてもルドルフの生涯や思想そのものが謎めいた巨大建築物に喩えられないか?そのようなルドルフという「建築物」を捉え、そこに様々な分析や解釈を加えてゆくにもっともふさわしい役割を果たしうるのが建築家に他ならない。

では本書で語られる理想的な建築家とは何か。ウィトルウィウスの言葉を引用して著者が語るところによれば、多くの学問や種々の教養を顧みず技術面にだけ習熟するのでもなく、理論と学問にのみ頼るのでもなく、双方の要素をバランスよく身に付けた人物ということになる。だが「二一世紀になりましても、各国でこの建築家の職能が充分確立したとは、いまだいえないのが現状です」といった具合に、現代の建築界に対するさりげない、しかし重要な批判も忘れない。

このような対話を通じて明らかにされてゆくルドルフの理念をまとめれば、次のようになるだろう。つまり「人間の人間らしい生き方の追求という人文主義本来の理想が次第に忘れ去られてゆく」状況の中で、それを再生させること。だが、そうしたルドルフの試みは最終的に敗れ去り、彼は「変人皇帝」のレッテルを貼られた挙句、彼の死後ヨーロッパには不寛容の嵐が吹き荒れ、ついには三十年戦争の勃発へと至る。

それは同時に、当時と同じように…あるいはそれ以上に不寛容の空気が立ち込め、人文主義が軽視されてゆく現代社会の姿でもあるのだろう。そうした状況の中で、ルドルフの真実に光を当てた本書の意義はきわめて大きく、深い。
この記事の中でご紹介した本
神聖ローマ皇帝ルドルフ2世との対話/井上書院
神聖ローマ皇帝ルドルフ2世との対話
著 者:伊藤 哲夫
出版社:井上書院
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2017年1月20日 新聞掲載(第3173号)
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