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2017年1月27日

Forget-me-not④

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就寝前に、ゲイアダルトビデオを鑑賞する青年。ⒸKeiji fujimoto

「友人の写真家に会わないか?」ケニアに到着してから一週間、ナイロビ郊外の性的少数者支援団体を訪れた僕にボランティアの男が話しかけてきた。年の頃も近い男やその友人とは友達になれるかもしれない。僕は同行することにした。

しかし夕刻に辿り着いたスラム街のバラック小屋に写真家などはいなかった。男は部屋に入るなり突然無遠慮になり、僕のカメラを盗ろうと手を伸ばしてきた。ここにいては危ない。とっさにドアを開け、男を外に引っ張り出した。まだカメラを離さない。やがて、殴る、蹴る、噛む。周囲に集ってきたスラムの住人達がはやし立てる中で、僕たちは揉み合っていた。幸運にも足蹴りがきまり、男が転倒する。カメラを取り戻した僕は、一目散に走り去った。サンダルは脱げ、帽子が飛んでも走り続けた……。

翌日、支援団体は事件の話題で持ちきりになった。僕と男は付き合っていたのか、寝たのか。しかし誰一人として事件の真相には触れようとしなかった。数日が経つと、皆そんなことは忘れてしまった。それでも僕は太ももに残る噛み跡を見るたびに、男のこと思い出した。「行き場を失った男は今頃暗い部屋の中に一人閉じこもっているに違いない。それは孤独で狭い世界」などと勝手な妄想を膨らませる。

あの時の男を、僕はもう少ししっかりと見ておけばよかったのかもしれない。
2017年1月27日 新聞掲載(第3174号)
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