シリーズ〈貧困〉 いま、貧困の現場は 『一億総貧困時代』(集英社インターナショナル)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年1月27日

シリーズ〈貧困〉
いま、貧困の現場は
『一億総貧困時代』(集英社インターナショナル)刊行を機に

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日本の貧困率が十六%を超え、非正規労働者が四割超、単身女性の三人に一人が貧困と言われ、学生の二人に一人が奨学金という借金を背負う…。二〇一七年、読書人では「貧困」をテーマに、シリーズ<貧困>として、一年を通して取り上げていく。第一回は、雨宮処凛氏の『一億総貧困時代』。ホームレスの女性、子どもの虐待と貧困、性風俗と福祉、ワーキングプア、生活保護、奨学金問題など、雨宮氏が十年以上にわたり取材して来た、切実な<貧困の現場>から、当事者たちの声を伝える。著者の雨宮氏と、首都圏青年ユニオンの設立に携わり、労働運動、反貧困などで活動しているアクティビストの河添誠氏に対談をお願いした。(編集部)

■労働問題と貧困

雨宮
二〇〇五年に、NHKスペシャル「フリーター漂流 モノ作りの現場で」が放送され、日研総業の偽装請負なんかの問題が報道されて、やっとこれは労働問題、貧困問題なんだと理解され始めたのが二〇〇六年頃でした。それまでの九〇年代はずっと自己責任と言われ、フリーター問題にしても精神分析の対象として夢追い型とかモラトリアム型といった心理的な分析しかされていなくて、労働問題として論じられていなかった。私もそのときに貧困問題を発見して、取材を始めてすぐに出したのが『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/二〇〇七)という本でした。それからリーマン・ショック(二〇〇八年九月)があって、年越し派遣村(二〇〇八年十二月三一日~二〇〇九年一月五日)があって、その後二〇一一年に三・一一があって、そういう中でこの十年貧困を取材してきた集大成的なものが『一億総貧困時代』(集英社インターナショナル)になりました。河添誠さんとはその初期の頃に労働問題の勉強会で知り合った。
河添
労働組合が主催する非正規問題の集会に行ったら雨宮さんがいた。その後『生きさせろ!』が出て、この場で初めてカミングアウトしますが、新聞で『生きさせろ!』の書評を頼まれたんです。雨宮さんのことは、生きづらいとかそういう話を書いている人だと思っていたから、最初は「えっ?」って言っちゃったんですけど、読んだらこれはすごく良い本だと。それで書評も書いて人に勧めたのが最初です。

私は大学院を出たあと、非常勤講師などをしながらいろんなことをやっていて、院生のときに大企業争議の支援に関わって「企業社会を考えるシンポジウム」を始めて、その中で個人加盟のユニオンというものがあることを知りました。九〇年代の半ばくらいに、東京管理職ユニオンや女性ユニオン東京などが華々しく活躍していて、管理職、女性ときたら、次は若者だろうと、首都圏青年ユニオンという組合を二〇〇〇年の十二月に仲間と作って、いろいろな経緯でそこの専従者を二〇〇五年から二〇一二年までやっていました。二〇〇六年というのは結構大きなターニングポイントで、若者向けの個人加盟組合は首都圏青年ユニオンが出来ていましたが、そのあとフリーター労働組合が出来て、「自由と生存のメーデー」が始まったりしていた。僕らの「すき家」争議でも六人の組合員でしたが、全社一万人以上に残業代の不払いを改善させるという大きい解決をした。裁判でなく団体交渉だけでやりましたから、それは当時としても大きな成果で、メディアでも取り上げられて注目されるようになってきたんです。

二〇〇六年から非正規の労働運動が注目されて、二〇〇七年になるとそれが反貧困運動と繋がっていく。反貧困ネットワークの代表になる宇都宮健児弁護士とも知り合いましたし、反貧困ネットワーク事務局長になる湯浅誠さんとは二〇〇七年一月に雑誌の対談で知り合いました。湯浅さんはまだ今のように有名人ではなかったから、彼のことをよく知らなかったのですが、彼が『論座』に書いた貧困ビジネスの話を読んで、これはすごいと思った。労働問題をやっていると貧困ビジネスはなかなか見えなくて、対談してみたら同じような存在の人たちに違うアプローチをしていた。非正規雇用で生活が苦しくなって家賃を払えなくて、生活保護に繋げるしかないみたいな話は起こり始めていた話なんです。彼が稲葉剛さんと「自立生活サポートセンターもやい」を作ったのは二〇〇〇年ですが、二〇〇六年、二〇〇七年にかけて、雨宮さんともそうですが、貧困の現場で活動している人たちと出会うべくして出会った。
雨宮
私は二〇〇〇年に物書きになって、それから六、七年いわゆる生きづらさ問題、自殺とかネット心中とかリストカットの取材をしていたら、その背景に労働破壊や新自由主義があった。引き寄せられるように貧困に辿り着いたという感じでした。
河添
雨宮さんの『一億総貧困時代』ですが、一番最初の読者として読ませてもらって非常にラッキーでした。全体として今起こっている深刻な貧困の現場のことを書かれていて、すぐ読める本だろうと思ったら第一章で止まりましたね。この章はキツイ、いろんなことを考えちゃうとね。こういう現実があるんだなと。
雨宮
第一章の「お父さんの子どもを産みました」に出てくる女性とは、ずっと付き合いがあってご飯を食べたりするんですけど、今、プロ中のプロみたいな人たちに手厚い支援を受けてすごく元気になってるんです。今までの路上から入った更生施設みたいなところと違って本人の要望を聞いてくれて、すっごく明るくなって落ち着いて、それに加えて虐待の話を自分でしたいと言い始めている。人はすごく変わるんだなと。彼女の場合、路上と施設と虐待家庭を行き来していたのが、グループホームみたいなところに安心して住めるようになって、こんなに落ち着くんだと驚きました。
河添
安心して過ごせる場や人間関係をずっと持っていなかったってことなんだよね。貧困というものの複雑な背景をこの本でいろんな事例を上げながら紹介してるのはすごくいいなと思った。『生きさせろ!』を読んだときも、あれは労働の話を焦点に描いていて、僕は労働畑だからこういう本は欲しかった本だなと思ったのを覚えてます。雨宮さんの魅力は、生きづらさというところが出発点にあって、その共感からすべての事例を読み込んで、かつ個人的なところに落とさないで社会的なところに捉え返しを入れようという意志が感じられるので非常にいいなと思います。ところどころに自分が出てくるところも雨宮流というか読者の共感を呼ぶんじゃないかと思う。
■「私の人生も父の人生も惨めだな」

「横浜・寿町」の越冬で洗い物を手伝う雨宮氏(2016年12月)
河添
第四章の「利根川一家心中事件」は裁判を傍聴したならではの取材記ですね。裁判は全部傍聴したんですか?
雨宮
裁判員裁判だったのでたった二日間でしたが傍聴しました。本人の言葉に圧倒されました。
河添
事件の質っていうのもあるけど、この人の家族に対しての思いとか、母親を非常に甲斐甲斐しく介護していてお母さんと仲良かったわけですよね。お姉さんも問題があることに気付けなかった。生活保護も申請していてこの事例だったらどうみても生活保護は開始されただろうけれど、それでも死にたくなってしまった。それがなぜ絶望につながったのかというところがね。娘さんの「私の人生も父の人生も惨めだなと思いました」という言葉、そこに集中的に象徴されていると思いました。ここまで思わせちゃう日本の社会って何なのかなと。生活保護に繋げばいいんだろうって話ではすまない事件。
雨宮
これまで生活保護の水際作戦を阻止しよう、申請させろ、受給させろという作戦で闘ってきたじゃないですか。でもこの場合は申請出来ていた。それなのに、事件が起きてしまった。振り出しに戻る感があった事件でしたね。〇六年、京都の河川敷で五〇代の息子が認知症の母親の首を締めて殺したという介護殺人事件がありましたが、結局その人は生活保護を受けられていなかった。執行猶予判決が出たのですが、最近、その人が自殺していたことが報じられました。介護殺人では、事件後に自殺してしまうケースが少なくないと聞きます。この娘さんは懲役三年ですが、出所してからのフォローが大切だと痛感しました。
河添
お父さんが亡くなったことについては良かったと娘さんは言っちゃってるんですよね。この種の絶望の深さ、殺人している、させられている状況でもこういう言葉が出てしまうくらいの深い絶望。貧困の問題というのは、お金がない生活が不安でどうしようもないということがずっと続くことによって、自分が生きてちゃいけないみたいな話になって死ぬ人が多いわけだよね。

貧困を書いたものについては、そういうことは必ず伝わって欲しいなと思う。その当事者が本当に生きづらくなって、社会の中に受けとめられている感じがしなくなっていくということ。それが理解されないと貧困状態に陥ってしまったことに対する共感は生まれようがない。でも雨宮さんの本では章ごとにそういう話じゃないことを繰り返し優しく伝えているところが、この本のもう一つの魅力なのかなと思いましたね。
■セックスワーカーと貧困

河添
第九章で風俗のことを書かれていて非常に共感しました。どうしても風俗のことって説教臭く語る人が多いけど、そう簡単ではなくて、生きていく上でその仕事が必要であればするんですよ。生きてかなきゃならないんだから。私が労働相談で心がけていることの一つに、「人生に介入しない」ということがあります。その人がどういう仕事の選択をするかは、こちらにとってどうしようもないことで、責任も負えないし、その人の職業選択は自由ですから。非正規で働くのが良くないとか乱暴なことを言う人がいるけど、非正規でも働かなきゃならないんだから。その仕事を選択してその中で何をやるかというのはその人の問題で、法的な権利や解決方法を知らせて選択肢はこれだけありますよということを伝えればいい。セックスワークの話も基本的には同じはずです。世界基準からしても国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは「セックスワーカーの権利保護に関する方針」を昨年、発表していますが、その中では、セックスワークの「非犯罪化」(「合法化」ではない)を提言していて、犯罪として取り締まっても地下に潜るから駄目だと。セックスワーカーそのものを危険な状態に落とし込むだけだけだと、はっきり書いています。
雨宮
アムネスティってそういうスタンスなんですね。
河添
日本はそういう方面では遅れていて、セックスワークそのものをあれは労働として認めるべきでないとか。
雨宮
入口からグチャグチャになっていて、なかなかまともな議論にならない。
河添
働いてお金を貰ってるんだから労働に決まってるんですよ。労働組合が対象にすべきだと思います。「風(ふう)テラス」のことは新聞の記事で読んだだけだったのですが、こういうことは現場的には必要だろうなと思いました。
「ファストフード世界同時アクション」(2015年4月15日・渋谷センター街)
雨宮
セックスワークと福祉が近いというのも、貧困の現場を見てると感じますよね。
河添
福祉の話と同時に労働の話がちゃんと入っていかないと問題はおそらく解決しないだろうなとは思います。いくつかの労働組合がいろいろやってはいますが、水商売系はそもそも基本的な労働法を守ろうという意識に乏しいことが多くて、その延長線上で人権問題としても酷いことがたくさんあると思うので、特別視しないで行政も介入しないといけないと思います。
雨宮
女性の貧困問題は、水商売や風俗抜きには絶対語れない。第一章の彼女も、父親が障害年金欲しさに娘を知的障害ということにして特別支援学級に入れていたので一般の義務教育を受けてないし、お金を得るには売春しか無いんですよね。働いたこともないわけで、それしか出来ない人もいるんだなと感じました。
河添
根は深い。非正規雇用と同様にセックスワーカーも相当な幅があってそれなりのお金を貰っている人もいれば月十万もいかないような人も相当いる。

基本的には労働市場の賃金水準に規定されるので、非正規雇用全体の労働条件が上がっていかないとセックスワーカーの労働条件も上がらない。セックスワーカーは体を使ってしかも密室なので、特に力の弱いお金も持っていないような女性の場合は被害が増幅する可能性がある。ある種の規制も当然必要だと思うし、店舗型ではなくてデリヘルみたいなのが増えたことが危険を増幅しているのは間違いない。そういう規制が日本は警察指導で治安の観点だけでやられているからいびつで変なわけで、本来は労働者保護の観点で厚生労働省がやるべき。性感染症の問題だってあるし、たぶん警察行政でがんじがらめになっていて介入できないんだと思うけど。セックスワーカーの話は、いろいろな書かれ方をしているけれど、雨宮さんがこの本では違う観点でセーフティーネットにはならないよと、はっきり書いたのはいいですね。 
■学費無償化が先進国の潮流

雨宮
年収六〇〇万でも大都市の世帯で子ども二人が大学に進学すると、生活保護基準を下回る暮らしになるそうです。年収四〇〇万も子どもの貧困ラインギリギリっていうじゃないですか。年金も最低賃金も上げて学費ゼロとか下げるとかしないと。
河添
第七章でも書かれていますが、大学生が最初から借金まみれになっていて奨学金もらっても大学を続けられない。私は都留文科大学で非常勤講師をしてるんだけど、毎年そういう相談がある。大学生からそういう相談が来るってすごいよね、大学にもそういう相談窓口が必要だと思う。奨学金問題だけど、例えばサラ金から金を借りようとしてる人がいたら止めるけど、学生が大学に行くにあたって奨学金借りますと言った場合に我々は何と言うべきなのか。
雨宮
何にも言えないですよね、「借りるな」は「高等教育受けるな」になっちゃう。おそらく非正規になるけど高校出て働け、それで一生年収二〇〇万みたいな、それは残酷な通告ですよね。
河添
だけどすごい借金抱えて大学出て、年収一〇〇〇万とか貰える職に就ければいいけどそんな人ほとんどいないんだから。年収四〇〇万とかで相当長時間労働で働いてますみたいな今の大学生からすると標準的なそういう働き方の人が一〇〇〇万とか借金抱えて。
雨宮
でもそれが今の大学生の半分の現実ですからね。そこは分配のおかしさで子どもの教育にちゃんとお金遣えと、それを言っていくしかない。給付型奨学金を導入すると言ってもあまりにもしょぼい規模だし。
河添
こんな学費の高い国であんな給付型奨学金ってあり得ない。
雨宮
いろんな国で学費無償を実現していて、日本は何故出来ないのか不思議でしょうがない。
河添
ソウル市の市長が革新系の朴元淳(パク・ウォンスン)になってから、ソウル市立大学の学費を半額にしています。
雨宮
ソウル市の非正規職員の正規化を進めた人ですよね。
河添
そうです。ソウル市って特別にお金が潤沢な行政でもないわけで、ソウル市で出来るなら東京都で出来ないはずはない。オリンピックにあんなくだらない金使ってるくらいならやれよと思うけど。小池都知事は人気取りだと思うけど所得制限つきで私立高校の無償化をやるけど、日本は相当遅れていますね。

アメリカのニューヨーク州はニューヨーク州の公立大学の学費を所得制限つきですが無償化した。そういうことをもっと知る必要がある。韓国人の研究者の友達がいて今度日本で子育てするんだけど、韓国の保育園は無料なのに日本の保育園にお金がかかることに驚いてる。我々はよくデンマークやスウェーデンの話をするけど、全然社会が違うと反論が来る。でも、韓国で保育料の無償化などの社会保障の充実が出来るなら日本でも出来ると思うよね。
雨宮
韓国は非正規率が日本より高いのに、保育料なんか取ったら大変なことになるでしょうね。社会で子どもを育てるなんて当たり前のことをしてるだけなんですけどね。
■貧困の悲惨合戦貧困ってどういう人?

雨宮
この年末年始も池袋、渋谷、山谷、寿町と、去年とまったく同じ場所の炊き出しを回ったんですね。現場を見てると、二〇〇八年の派遣村前後で失業して路上に出たような、原因が失業だけの人だったら支援はある意味シンプルですが、一人一人の事情がより複雑化しているのを感じました。失業と家族の問題、知的障害、精神障害とか、いろんな事情を抱えていて、支援が大変な人が多いなという印象を受けたのと、もうひとつは年末年始だけホームレスという人もいた。仕事がなくなる時期だけ路上に出る。ネットカフェ暮らしとか不安定な住居なのでそういうことを繰り返していて、若い人も多い。普通にオシャレなのでまさかホームレス状態だとは誰も思わない。少し前なら、働いている人が一時期でも路上に出るってあり得なかったですよね。そういうのが特徴的でした。それから、二十代で貧困ビジネスに何回も引っかかってるような人がいて、話を聞くと知的障害やPTSDがある。すごく複雑化している人と、単純に年末年始だけという人と二極化している印象です。ホームレスは減ったと言われていますが、昼間の目視調査でネットカフェ難民などはカウントしていないから見えないホームレスの数は増えていて、路上に出て来ている一人一人は複雑化している。こじれて難しくなっている感じがしましたね。
河添
貧困状態にある人ってどういう人かということを本格的に見えるようにしていくことが必要な時代になったと思うんです。自己責任だみたいなレッテルを貼って、実際には生活に困窮している人を貧困ではないと排除していく状況はあるけど、じゃあ貧困ってどういう状態の人たちなのかといえば、ありとあらゆる状態の貧困の人たちがいて、いろんな語られ方をしていて、下手すると貧困の悲惨合戦みたいになる。
雨宮
すっごいわかります、それ。それにいくと本当にキツイんですよね。
河添
雨宮さんの本はうまく悲惨合戦にしない書き方をしているのもいいなと思いました。
雨宮
特にテレビ番組だと絵になる可哀想な人を求める。あと、覗き見趣味っぽい貧困報道も結構ありますしね。
河添
つい見たり読んでしまうと、ひどく暗い気持ちになるけど、でもそれで貧困がわかるかというと絶対わからない。貧困ってそういう話じゃないから。それがいま悲惨合戦みたいになってる。もうちょっと冷静に今貧困にある人はどういう人たちなのか話した方が良い。二〇一六年の日本の貧困率は十六・一%で、総人口一億二千万人かけると一九二〇万人くらいの人が貧困状態にあるということです。そのうち最大多数が間違いなくワーキングプアです。年収二〇〇万円以下が一二〇〇万人くらいいて、普通に働いているけど悲惨みたいな、その人たちの問題が解決しなかったら日本の貧困は絶対無くならない。ありふれて悲惨なストーリーとして扱われないから表に出ないだけ。
雨宮
仕事があるだけマシだぐらいな感じに言われちゃうかもしれない。
河添
もっと節約すれば生活できるんじゃないの、こんな安いアパートあるよって、松屋で食ってないで一〇〇円ショップで毎日食事すればいいじゃないかって、九八円で三食入りのうどんがあるよみたいなことを言って「それくらいでは貧困ではない」と決めつけようとする空気があるよね。そんなんで毎日暮らせるかよ人間、って思うけど、そういう想像力がはたらかない。貧困問題については、トータルで構造的な話をそろそろやらなくちゃいけないと思っています。重要なことは学者、政治家がプランを作成して示すという一方的な関係じゃなくて、当事者も参加して考えて声を出して、プランを作っていくことだと思います。そうでないと、みんなが元気になるのは大変なんじゃないかと思うんです。貧困は無くしたいけれども、そんなに簡単には無くならない。経済政策が変わって景気が良くなれば貧困が無くなるかのような一部の議論もありますが、一九八五年の相対的貧困率は十二%くらい、それからほぼ一貫して数字が増え続けています。八五年~一六年の三〇年間はその間にバブル経済もデフレもあったのに、実際には貧困率はデータとして上がっている。景気が良くなろうが、モノの値段が多少、下がろうが、貧困は増え続けたのが、この三〇年間の現実です。経済政策がうまくいけば貧困は減るみたいな話は最初から疑ってかかるべきで、事実が証明しています。重要なことはひとつには非正規雇用労働者にたいして安定雇用を確保することと賃金を出来る限り上げること。社会保障については、年金切り下げなど、今後さらにまずい方向に行きかねない政治の動きなので止めなくていけないし、変えなくてはならない。
雨宮
この十年の流れとして生活保護引き下げへの圧力とバッシングがあって、安倍政権になった二〇一二年にすぐ生活保護の基準引き下げで、生活保護法の改悪もあった。この流れも象徴的で、一番生活が厳しい人をぶった切った。特に引き下げは子どものいる世帯に一番影響が大きいですよね。子どもの貧困対策法と真っ向から対立することをやっていますが、生保問題はどうですか?
河添
生保の話ですが、生活保護法の改悪のとき、生活困窮者自立支援制度がセットで出て来た。それは生活保護そのものを受けにくくする目的で、でもそれだけをしてしまうとバタバタ人が死ぬので生活困窮者自立支援制度を作って、生活保護に至る前の人たちをなんとかしましょうと、組み立てとしてはそうなっている。

一番大きな問題はそこから始まる社会保障の大幅な切り下げです。特に年金は、金額の決め方も変えて下げていき、支給年齢そのものを上げるというのがあって、高齢者の定義まで変えようと。こういう手を考えるかと。
雨宮
高齢者には手厚いと思ってたのに、定義まで変えちゃうなんて!
河添
あんな気持ち悪いことまでやって何を考えているかというと、生活保護利用者の半分くらいは高齢者で年金を下げれば必ず生活保護を受ける人が増えるじゃないですか。だから年金で削ったことで生活保護利用者が増えちゃったら困るというのが財務省の役人が考えていることです。そこで、生活保護を受けにくくして年金も下げるけど、お金のかからない生活困窮者自立支援制度などの制度で何とかしてね、というのが基本的な枠組み。年金などの社会保障や医療を削っていくのに生活保護だけ守っていると不満が出るから、生活保護は徹底して叩くと。
雨宮
生活保護をまず削らなきゃ何も手をつけられないと。
河添
生活保護を削っても大した財源にならないのに叩くのは、年金をもっともっと削るからですよ。しかも生活保護に行かなくする。すごいこと考えるよね。いま、提訴されている生存権裁判は、「いのちのとりで裁判」って雨宮さんがネーミングして、うまいなあと思った。ああいう運動は重要で、しかも原告の数が並大抵じゃない。
■生活保護を叩くのは、年金をさらに削る布石

雨宮
今、生活保護基準引き下げ違憲訴訟の原告は全国で九〇〇人以上、一〇〇〇人近くいます。
河添
生活保護受給者が裁判を起こすというだけで相当すごいことで、しかもその人数は空前絶後だと思うんだけど、そういうことをやらなければいけないくらい、当事者が差し迫ってるということがあるし、それを支えるだけの運動の力というのが全国的にも出来ていて、これまでの反貧困の運動がなかったらこういうことは起こらなかったと思うんです。ただ、生活保護が一番弱いから叩かれている側面があるので生活保護を守るという運動だけでは守れない。社会保障全体とか雇用問題、あるいは最低賃金を大幅に上げる運動と連携しながら、これだけが命を保障する最低限の生活保障という運動をもう一回組み直していくことが必要だと思っています。その中で「いのちのとりで裁判」も重要な一角に位置付くと思う。
雨宮
「いのちのとりで裁判」は、全国で提訴二九地裁、一〇〇〇人くらいが原告となって生活保護引き下げを違憲としてる裁判なんですが、去年設立集会をして、全国的にこれを盛り上げて支援していこうという裁判です。確かに生保ってバッシングされると終わりなので、最低賃金引き上げや就学援助などと連携してやってかないと危ない。生活保護だけだと話がどんどんマニアックになってしまったり、それだけだとインパクトとしても弱いですね。
河添
働いて普通に暮らしてる人は、生活保護って相当縁遠い話でしょう。
雨宮
ラクして怠けてるみたいな。
河添
そこを守るってことにはなかなか一生懸命にならないけど、将来貰う年金が大幅に下がると聞けば。
雨宮
その話を聞いてよく分りました。そりゃあ年金下げるのに、生保下げないと怒るよなって。

河添さんは、例えばこの十年で運動してきて獲得したものって何だと思いますか? 生活保護の母子加算復活とか子どもの貧困対策法もあったと思いますが。
河添
制度的に獲得したものというと結構厳しいですね。細かく見ていけば、派遣村の直後に出来た第二のセーフティーネットとか雇用保険の給付制限が少し緩んだとか、それはそれなりに意味があるんだけど、肝心の給付期間、給付の水準までは十分に手がつけられていないので、失業者対策を抜本的に変えたというところには至っていない。
雨宮
雇用保険の受給率なんて全然変わってないですよね。
河添
低いままで、むしろ政府がやろうとしていることに「失業なき労働移動」という大きな枠組みがあるので難しい。細かいところからやっていくんだという勝負はそれはそれで必要なんだけど、大きな枠組みでこの在り方でいいのかという問題提起は常に同時にやっていかないと。子どもの貧困については自己責任論が被さってこないので、まず子どもの貧困で勝負して出来る限り勝ちとろうという一部の人たちはいる。それはそれでやればいいけど、そればかりやっていると見えなくなることがあると思う。本当になくさなければならない貧困は、他にもごまんとあるのに見えないままだと当事者性の高い人ほど「どうせ何やったって駄目だ」と運動に対する不信とか元気を無くすことになりかねないと。だから、すぐに解決が困難なときでも、大きな話は同時にやらなくてはならない。最近の議論の雰囲気ではそれを感じますね。
雨宮
若者っていうのは言いやすい、でも中年って言いづらい。十年やって来て何が変わったかというと、当時の二五~三五歳は就職氷河期のロスジェネと言われるボリュームのある層で、当時は若者の貧困と言われていたのが、三五歳を過ぎたあたりから、「あいつら自己責任じゃね?」みたいな。若者じゃなくなった瞬間に社会問題としての優先順位が下がって、政策対象じゃなくなってというのが、自分がまさに三一歳~四一歳を通して感じていることです。
河添
ロスジェネって言葉に典型的に表れてるけど世代論にしていたんですね。世代の問題というなら、その世代は、現在まで続いている雇用破壊の最先端を走っていたわけです。一番その社会の変化の先端に付き合わざるを得なかったそういう世代だったんだと思います。
雨宮
でも、その世代の生き延びるモデルがまったくできていない。自分のまわりを見ても、二十歳の時と同じ時給で仕事あったらラッキーで、どんどん時給も下がっていって仕事なくて、二〇年くらいそういう生活してると鬱病になって生活保護っていう人がやっぱり多い。学生の時と同じワンルームに住んで、このままいったら六〇代になってもそうでキープできればいいほうでみたいな。すごい努力して這い上がってどうこうではなくて、普通に生きられる算段が全然持てないから、明るい話が全然できなくて。この世代の最先端はこうなってますって言えたら下の世代の人はラクになるから、それを作らなきゃと思うんだけど、普通に生きられるモデルがまだできていない。
河添
例えば、今労働者の四割近くを占める非正規雇用をどういう風に解決するか。非正規の人たちが非正規をある程度前提にしながら少なくともすぐに生活保護しかないような状況にならないようなさまざまな社会保障の制度を作らなきゃいけない。でもその組み立てをどうするのかという大きなプランがどこからも出せていないわけで、どうやったらこの世の中を変えられるのか方向性が見えない。
雨宮
賃金と社会保障と学費なども含めてセットで話さないと個々では全然解決できない話ですよね。
■ 先進国反貧困シンポジウム開催を

雨宮
もうすぐトランプ政権が始まり、ヨーロッパでも極右の政党が支持を集めていたり、そういう内向きな流れになっていますが、そういう中で世界の貧困にどういう影響があると思いますか?
河添
トランプ政権はどこに行くんだろうね。でも、見てるとアメリカ国内でもトランプに対する激しい批判があって、そういう批判の盛り上がりの健全さは失われてない感じがする。バーニー・サンダースは新しい政治団体「Our Revolution」(「私たちの変革」)を立ち上げたらしいし。
雨宮
すごい、それは期待できる。
河添
大統領選に敗けたからおしまいではなく、運動を継続しようっていう力はアメリカの中にもあるし、そういう気持ちと繋がる必要があると思う。二〇一一年のオキュパイ運動(Occupy Wall Street)は、格差を問題にしていたわけでウォール・ストリートの富裕層の金を雇用や社会保障にまわせという話だったので、労働運動の質を変えるインパクトがあった。今のアメリカの「Fightfor$15」という時給十五ドルを目指す運動はカリフォルニアやニューヨークで成果を上げている。トランプは史上最悪の大統領だっていうのは間違いないけど一方で対抗する運動がそれなりにあるのは重要なことだと思う。
雨宮
グローバル化の中でどこの先進国でも貧困を始め、同じようなことが起こっている。自分の国だけでは解決できないから世界連帯的なものも是非考えたいですね。いかに連帯していくか、「Fightfor$15」でもオキュパイでも国際連帯は具体的に始まっていて、やりやすい状況になっているので、そういう意味では楽しみだと思います。
河添
そうでないとしんどくて生きられない。でもここにもしかしたら展望があるかもしれないってものはちゃんと考えていかないと。
雨宮
活動家ってどこも同じこと言ってますよね。日本の反貧困もそうだしオキュパイもそうだし、アジアも同じで仕事ないとか給料安いとか家賃が高騰して何もできないとか、同じ問題意識を持った活動家はたくさんいる。
河添
特に草の根で出会うというのが大事で、組織のトップの人同士だけが交流するというのは駄目ですね、続かない。現場から草の根の人が行って交流して元気になるというのが理想ですね。首都圏青年ユニオンの情報が韓国にも伝わって、韓国に青年ユニオンができたのですが、日本より活発に活動して人材を輩出して、ソウル市の労働関係の部署にユニオンのスタッフが何人も登用されている。その内の一人の趙誠柱(チョ・ソンジュ)という活動家はソウル市のスタッフをやめて政治運動をやっていて、韓国の左派政党の正義党から国会議員選挙に立候補している。落選したのが残念でしたが。
雨宮
何かやりたいですね。河添さんルートのお知り合いもいれば、「素人の乱」の松本哉さんの有象無象ルートもあって、国際連帯を始めるまず第一歩として一同に会してこういうふうにやっていきましょうみたいなシンポジウムがしたい!
河添
すぐに結論が出るような話じゃないから結論を求めない出会いの場として集まりを持てばいい。世界社会フォーラムはまったくそういうもので、世界経済フォーラムに対抗して作られた。
雨宮
いろんな国の運動を見るべきですね。
河添
それは必要ですね、いろんなスタイルの運動が多様にあるから。
雨宮
〇六年に日本で非正規問題が顕在化する直前にフランスでCPE(初期雇用契約)に対する百万人規模のデモが起きたっていうのを見て、今、労働の不安定化があるなと思い始めていたから、日本で非正規問題が起きたときにピンときた。世界的な潮流の中に日本の貧困もある。
河添
局面が違うのは、ヨーロッパでは福祉国家がまずあってそれを切り下げることが進んでいる。だからそれに対抗する運動は緊縮政策に反対する運動で福祉国家を守ろうというもの。日本はそもそも福祉国家が成立しなかった国で企業の力が強いし、社会保障も弱い。しかもグローバル競争に打ち勝つための新自由主義に煽られてるから。
雨宮
もう絞るだけ絞られてる……。
河添
我々の課題は、福祉国家を作る運動と今のグローバリゼーションに対抗するような福祉国家の改良みたいなことの二つあって、しかも生活をどうやって守るかに繋げなきゃならないので結構複雑。それを本気で考えなければならない局面なんだけど日本の社会運動や政治運動の共通認識にはなっていない。それはなぜかというと国際交流が弱いこともあると思います。ヨーロッパやアメリカや韓国の活動家と交流することを意識的にやっていかないと。何より面白いから! 現場の人がそこでいろんな人と交流すればアイデアも湧いてくる。
雨宮
今までアフリカなんかの貧困を考える国際シンポジウムはあっても、自分たちの貧困を考える国際シンポジウムはなかった。今やるべきは自分たちの貧困。
河添
政策論ばかり語っていると、なかなか元気出ないしね。 

この記事の中でご紹介した本
一億総貧困時代/集英社インターナショナル
一億総貧困時代
著 者:雨宮 処凜
出版社:集英社インターナショナル
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年1月27日 新聞掲載(第3174号)
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