集中連載3= 吉見俊哉・室井尚『文系学部解体』VS『「文系学部廃止」の衝撃』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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文系学部解体-大学の未来 第3回
2016年9月30日

集中連載3= 吉見俊哉・室井尚『文系学部解体』VS『「文系学部廃止」の衝撃』

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人文系の学問は 役に立つか立たないか

室井
本を書いている時には、まさか東大の元情報学環長を迎えて、こうやって対話するとは思っていませんから、僕が書いたことは、情報学環を守って来た吉見さんにとっては、大変腹立たしいことだったと思います。すみませんでした。ただ、言い訳をするつもりはありませんが、個別に情報学環を批判するのが目的ではなくて、単に文理融合で学科を作ればいいという方針に腹が立っていたんですね。横浜国大にも環境情報研究院や都市イノベーション学府があって、これは文理融合で作られたものです。内部にいるとよくわかりますが、なかなか難しい問題を抱えている。もちろん文系だけで集まれば組織がうまくいくかというと、必ずしもそうではない。しかし理系と組めば文系も役に立つことができるみたいな図式の中で、文理融合を作らされるのはよくないと、僕は思うんですね。
吉見
それは同感です。文理融合で作ってうまくいく時もあれば、いかない時もある。室井さんがおっしゃったように、文系と文系で、ふたつの組織が合併したとしても同じことです。それぞれなかなか難しい。市町村合併や会社の合併だって、成功する時もあれば、失敗する時もある。大学の組織の合併にしても、カルチャーの違うものが一緒になって、いつもうまくいくとは限らない。文と文でも文理でも、組織を繋ぐ時の繋ぎ目をどう作るか、設計の難しさはあると思います。それから合併の場合、ボリュームが極端に違うふたつの学科では駄目なんですよね。情報学環は、比較的成功例と言っていいと思いますが、理系と文系の教員の数がほとんど同じという構造を、人工的に作った上での合併だったから、うまくいったんじゃないかと思います。
室井
学生定員はどうですか。
吉見
文系の方が多いです。文理の教員の数がほぼ同じだと、文系の先生のほうがよくしゃべる傾向がありますよね。だからそれを加算して、「理系6:文系4」の比率ならば、合併もうまくいく。「理系8:文系2」になってしまうと、文理融合は難しいですね。
室井
名古屋大学や横浜国大の場合がそうですが、文理融合の学部を作ると、一般的には理系の人の方が多くなりますよね。
吉見
人数が少し多いぐらいならいいと思いますが、バランスは重要だと思いますね。
室井
話題を次に進めますが、これが今日の討議のメインのテーマになると思います。なかなか厄介な話で、人文系の学問は「役に立つか・立たないか」という問題です。「役に立つ」という時、吉見さんは英語でどんな言葉を想定されますか。
吉見
ユースフルだと狭すぎますよね。プラクティカル、エフェクティブ、ヘルプフル、プロダクティブ、クリエイティブ、でもやっぱりユースフルという含意は残りますね。
室井
そうした語彙を、みんな含んでいる感じですかね。「役に立つ」ということで僕の考えを言っておくと、一般の人たちが「理系は役に立つけれど、文系は役に立たない」と言う。そっちの方が、民衆の知恵的で正しいんじゃないかと思っているんです。自分の本にも書きましたが、僕は文学部を受験して、親に相当嫌みを言われました。「文学なんていうものは虚学である。実学は世の中の役に立つけれど、文学はまったく役に立たない」と、盛んに言われた。父親が理系だったからだと思いますが、自分でもそうかなとは思っていたんですよ。
吉見
「虚学・実学」「文系・理系」という分け方とは別に、リベラルアーツ系の基礎的学問がありますよね。実学と基礎学、この区別がある。
室井
経済学や経営学は実学だと思われている。
吉見
人文社会系でも、経営学や法学は実学に近い。すべてが役に立たないと、世の中の人が思っているのではない。だけど理系だって、生物学とか生態学とか、あるいは基礎物理学とか、必ずしもすぐに効果を生むわけではない。天文学にしても、すぐに効果は生まないかもしないけれど、何百年とかすごく長いスパンで考えれば、大きな意味を持つ。文系の学問だって、哲学や歴史学にしろ、とても長いスパンを考えれば、やっぱり必ず役に立つはずです。
室井
吉見さんは社会学者で、理論社会学、メディア社会学、都市社会学を専門とされています。どちらかと言うと、学際的な社会学です。ただ一般的に社会学者は、社会に対して発言するのが自分たちの役割だと思っているところがあるし、そう考えれば「役に立つ」と言いやすい領域なのかなと思います。僕は美学・芸術学が専門だから、「役に立たない学問ですね」と言われれば、「そうですね」と応えることが多いわけです。
吉見
室井さんがやってらっしゃる芸術学は、私の発想では、さっき言った価値創造そのものに関わる学問だと思いすね。アートや芸術という、まさしく新しい価値を創造する学問知だから、役に立たないはずがない。絶対に、室井さんは役に立っているのです。
室井
バフチンやバタイユであれば、社会学者がアイデアを出すのに役立っているかもしれません。でも彼ら自身のやっていることが、実際に役に立つかどうか。そこは若干疑問があります。また、これはよく例に出されることですが、たとえばインド哲学の研究をしても仕方ないじゃないかとか、チベット語の研究なんてしなくていいんじゃないか、美術史にしても、世界で五人ぐらいしか専門家がいない、メソポタピア美術をやっている人がいる。そうした研究をしていること自体は、豊かな感じがしますよ。でも、なかなか役に立たない気がするんですよね。
吉見
そうかな。私は、時間軸の問題だと思いますよ。三年、五年で結果を出せるものと、三十年、五十年で結果を出せるものとの違いがある。
室井
言わんとしていることはわかるんですよ。もちろん「役に立つ」と外に向けて言っていくことが、戦略的に有利かもしれない。でも、どうなのかなという思いもあって、三百年とか千年先は、誰も生きていないから、証明することができない。
<次週に続く>

2016年9月30日 新聞掲載(第3158号)
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