集中連載5= 吉見俊哉・室井尚『文系学部解体』VS『「文系学部廃止」の衝撃』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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文系学部解体-大学の未来 第5回
2016年10月14日

集中連載5= 吉見俊哉・室井尚『文系学部解体』VS『「文系学部廃止」の衝撃』

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(前号のつづき)
室井
おっしゃる通りだと思いますが、「百年後に役に立つというエビデンスを示しなさい」と言われたらどうしますか。今はエビデンスを出さないと、誰も話を聞いてくれない風潮が強くあるでしょ。
吉見
その時には逆に「エビデンスとは何ですか」と問い返します。歴史的に見ても、これほど短期で結果を出し、すぐに役に立つということを追求した時代はない。他方、大学は役に立たなくてもいいと思っていた社会も、歴史的にないと思います。大学が中世に発展した時、それは神様のために役に立つと思われていたから、「自由の府」としての地位を確保できた。大学人の戦略としても、学問の自由を確立するのだと、それ自体の価値をいくら叫んだとしても、大学という組織は確立できなかったと思います。そうではなくて、これは神の真理を追究するためにある、神に役に立つ組織だから必要だと言う、そういう言説戦略を取っていたと思います。
室井
そのことは『大学とは何か』にも、書かれていましたよね。あの本はすごく勉強になって、僕の本でもいくつか引用しています。たとえばユニバーシティ(ウニベルシタス)の語源についても触れられていて、「大学は学問的普遍性とか学知の宇宙とかの場所なのでユニバーシティと呼ばれている」という一般的な理解は間違いだと指摘されている。そうではなくて、ウニベルシタスというのは、共同体とか組合という意味である。つまり教員と学生のあいだで作られる組合が大学の起源であると書かれている。本当にそうだと思うんですよ。だから僕も、大学の中で、今回のようなイベントをしたかった。
吉見
たとえばこの空間で、どんな議論をしたって、警察が入って来ることはない。中世であれば、領主が余計なちょっかいを出して来ない。そうやって自由な議論が許されたのは、学生や教員が力を持っていたからではない。ローマ法王によって、自分たちは特権的に自由を認められている。それは神に奉仕する仕事だからである。あるいは神聖ローマ帝国皇帝によって、特権的に認められている学問の自由がある。そういうロジックが中世の大学にはあったのですね。
室井
そこが若干微妙なところで、自由な共同体なんだけれども、その自由が権威によって支えられていた自由だったわけですよね。それは十九世紀になって創立されたベルリン大学も同じことで、国民国家の成長・拡大に寄与するものであるから、学問の自由が認められていた。

<次週に続く>
2016年10月14日 新聞掲載(第3160号)
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