集中連載8=吉見俊哉・室井尚『文系学部解体』VS『「文系学部廃止」の衝撃』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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文系学部解体-大学の未来 第8回
2016年11月4日

集中連載8=吉見俊哉・室井尚『文系学部解体』VS『「文系学部廃止」の衝撃』

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(前号のつづき)
室井
イメージはわかるし、実際にヨーロッパの大学で、それに近いことをやっているところがありますよね。でも僕だったら、メジャーというか、マイナーを五つとか六つ取りたい。
吉見
室井さんみたいな人は、五つ六つ取ってもいい。でも普通の多くの学生は、累進制がある学問も取って、もう一つぐらいに数をおさえておいた方がいいと思いますね。
室井
吉見さんと意見が違うのは、ダブルメジャー制を制度化するということに関してで、僕は少し抵抗感があるんだな。
吉見
可能性を制度として開いていかないと、やはり話は進まないと思うのです。つまり、現状では、理系の学生が研究室に入る時に、エフォート率百パーセントが求められる。その研究室の授業と研究にすべてを捧げなければならない。この研究室に対する学生のエフォート率を、七〇パーセントくらいに下げるよう、私は提案しています。そして残りの三〇パーセントを違う分野の専門に割かせる。その時に、主で所属している研究室との調整が必要となる。この調整のメカニズムを大学が作っていく。それによって、ふたつの専門を学びたいと思っている人が不利にならないスステムを作る。むしろふたつのことを学ぶことによって、タコツボ化した専門の視野や価値が相対化されるはずです。ひとつのことを信じ込んで、それだけに特化するのではなく、もうひとつ違う領域を学ぶことによって、今やっていることを疑ってみたり、ちょっと違う視点から考える目を、学生たちが持てるような仕組みを作っていく。そういう大学に変えていくことが、私はこれからの大学には必ず必要だと考えています。
室井
吉見さんは、大学をどう変えていくかという視点で考えられていて、話はよくわかるんですよ。僕の考えでは、単純に教養教育をもう一回まともに立て直すだけで、大分違って来ると思っているんです。僕は教養教育科目を教えるのが好きで、理工や経済・経営の学生たちが受けに来ると嬉しいんですよ。ここは吉見さんと意見の一致するところであって、異質な視点や、違うかたちの知に触れるべきだと思っているからです。彼らは実際、そういう授業をほとんど取っていないから、二割ぐらいの子が僕の話を面白がってくれる。それは教師にとって喜びでもある。理工系の子たちが、全然専門が違う僕の授業を、目を輝かせて聞いてくれるわけだから、幸せなことです。だけど現実としては、教養教育は必修数も減らされているし、一般的には学生もそんなに意欲を持っていないから、楽勝科目ぐらいしか取らない。教養教育自体、今や破綻している。それをもう一回立て直せないかなと、僕は思っているんですね。
吉見
人文系の大学改革の方法に関して、私と室井さんとでは、見解はちょっと違うけれど、行こうとしている目的地点は近いと思いますね。つまり今の話は、室井さんが哲学を教えている教室に、文系で哲学を学ぶ子もいれば、理工学部でエンジニアリングをやっている子もいるということですよね。そうすると理工学部の学生からすれば、二刀流なんですよ。おそらく哲学に対して、文系の人とは違う見方をしていると思います。結果として室井さんの授業に入れ込んで、哲学に深入りしていったとしたら、実質的には二刀流をやっていることになる。
<次週に続く>
2016年11月4日 新聞掲載(第3163号)
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