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Forget-me-not 第5回
2017年2月3日

Forget-me-not➄

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両親の出身地である尾道の港に立つ幼少期の僕と兄。ⒸKeiji fujimoto

夜の高速道路を走る対向車のヘッドライトに照らされて、滲んだ涙がキラキラ輝く。祖母が入所することになった特別養護老人ホームを訪れた帰り道、母は車の中で涙を流し続けていた。

祖母は僕が6歳の頃に記憶を失い始めた。月曜日に作れた『きゅうりもみ』が、水曜日に作れなくなり、金曜日にはそれが何かさえわからなくなる。60代を迎えたばかりの祖母を襲ったアルツハイマー病は、急激な速度で記憶を奪っていった。
「この気持ち悪い人なんなん? 早く連れて帰って精神病院に入れてくれんかなあ」。変な男に追いかけられる幻覚を見て昔馴染みの知人に助けを求めた祖母を、知人は気持ち悪そうに突き放した。アルツハイマー病に対して世の中の理解が今よりもずっと薄かった90年代初頭、社会の少数派に属してしまった祖母を持ったからこそ垣間見える、多数派社会の非情さがあった。
「世の中には記録をされることもなく消えていくたくさんの人生がある」

記憶の消えていく祖母を、悲しみにくれる母を見つめながら、幼心にひとり感じていたことを思い出す。それは比類なき幼少期の思い出であり、人生の教訓であり続けるのだ。
2017年2月3日 新聞掲載(第3175号)
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