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誰も見ていないから 第4回
2016年7月1日

誰もみていないから ④

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誰もみていないから ④
<Queer> 卒業制作
(油彩、キャンバス/194×112㎝/2010年/広島市立大学芸術資料館収蔵)
ⒸShinji Ihara

「描く側の苦しみは作品に比例する。」
ある日、私が“二番目”でもいいと勘違いしていたことを彼は告白する。ありえない、一番じゃなきゃ嫌だ、と強い口調で切り返した。それは出会って最初の誕生日だっただろうか。
トシちゃんと出会って半年程が経った四年生の夏、卒業制作も徐々に完成に近づき、それまで自宅で制作していた作品を大学へ持って行き、アトリエで寝泊まりをしながら制作するようになっていた。アトリエの夜間使用は禁止されていたが、絵を描くためなら手段を選ばなかった。暗黙の了解というか先輩もそうしていたし、何より、誰もいないアトリエの静寂が好きだった。その頃、深夜のアルバイトをしていたこともあって制作も夜型になっていた。アトリエで疲れてそのまま寝ていると朝来た同級生が毛布を掛けてくれていた。
絵を描き始めた頃から、上手に描きたいとか、この人みたいに絵が描けたらなとか、人から影響を受けるばかりで自分から表現したいものなどなかった。絵画の修復に携わる仕事がしたいと思っていたのも、それが一番の要因だ。しかし、トシちゃんの絵を通して、自分と真剣に向き合い一表現者として絵を描くことで、その思いを変えることができた。今、画家になって自分らしく絵を描くことが出来ているのは、この時の経験が大きい。結局、独りからは何も生まれないのだ。
2016年7月1日 新聞掲載(第3146号)
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