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読書人紙面掲載 特集
2017年2月3日

宮内悠介作品ブックガイド

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盤上の夜 (宮内 悠介)東京創元社
盤上の夜 
宮内 悠介
東京創元社
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SF小説の愛好家にとって、宮内悠介の出現は大きな事件だった。そのことは最初期の三冊が『SFが読みたい!』(早川書房)のベスト3に入ったことにも窺える。宮内は二度の直木賞候補を経て、二〇一六年に「カブールの園」で第一五六回芥川賞の候補に挙げられた。惜しくも受賞には至らなかったが、選考会では次点に評されたという。

純文学を対象とする芥川賞に推されたことは、エンタテインメントからの転向に映るかもしれない。しかし旧来の読者は純文学志向とポテンシャルを察していたはずだ。エンタテインメントと純文学を縦断する作家は珍しいものではない。

宮内悠介は一九七九年東京都生まれ。小学生でニューヨークへ移住し、九二年に帰国。早稲田大学第一文学部卒。インドとアフガニスタンを放浪した後、麻雀プロ試験に補欠合格し、プログラマーとして音楽ソフト会社に勤務。二〇一〇年に「盤上の夜」で第一回創元SF短編賞の山田正紀賞を受け、一二年に『盤上の夜』(東京創元社)で単行本デビュー。同書は第三十三回日本SF大賞に輝いた。一三年に第六回“(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞”を受賞。同年に『ヨハネスブルグの天使たち』(早川書房)が第三十四回日本SF大賞特別賞に選ばれている。

著書を見ていこう。『盤上の夜』は「盤上の夜」「人間の王」「清められた卓」「象を飛ばした王子」「千年の虚空」「原爆の局」を収めたSF短篇集。囲碁、チェッカー、麻雀、チャトランガ、将棋などのボードゲームに材を採り、多彩なシチュエーションを描く意欲作である。第三十三回日本SF大賞受賞作にして、第一四七回直木賞候補となったデビュー作だ。

 第二作『ヨハネスブルグの天使たち』には「ヨハネスブルグの天使たち」「ロワーサイドの幽霊たち」「ジャララバードの兵士たち」「ハドラマウトの道化たち」「北東京の子供たち」が収録された。大量の女性型アンドロイドが落下する光景を通奏低音として、世界各地の戦場と建物のイメージを紡ぎ、第三十四回日本SF大賞特別賞と第一四九回直木賞候補に選ばれた出世作である。
エクソダス症候群(宮内 悠介)東京創元社
エクソダス症候群
宮内 悠介
東京創元社
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 書き下ろしの初長篇『エクソダス症候群』(東京創元社)は、火星開拓地の精神病院を舞台に据え、精神医学史をベースに人間精神とは何かを探るストーリーだ。著者が「局面ごとに考えてきたことが、地層のように折り重なった小説」と述べたように、雑多な思考を盛り込んだ内容は、難産ゆえの習作めいた熱気を感じさせる。
アメリカ最後の実験(宮内 悠介)新潮社
アメリカ最後の実験
宮内 悠介
新潮社
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一三年から一五年まで雑誌連載された『アメリカ最後の実験』(新潮社)は、音楽をモチーフにした思索的なサスペンス。失踪した音楽家の父を捜すため、西海岸の難関音楽学校を受験した青年は、実技試験の途中で殺人事件に遭遇する。音楽と家族とアメリカを考察する青春小説でもあり、第二十九回山本周五郎賞の候補となった。
著者が〈疑似科学〉シリーズと命名した六篇――「百匹目の火神」「彼女がエスパーだったころ」「ムイシュキンの脳髄」「水神計画」「薄ければ薄いほど」「佛点」を纏めた『彼女がエスパーだったころ』(講談社)は、トンデモ科学に新たな光を当てた野心作。「『科学リテラシー』と『信仰』を両立させることは可能なのか」という観点から、シンクロニシティ、超能力、代替医療などのテーマに巧みなアイデアを絡めた作品群は、SFやミステリのファンにも好評を博した。
スペース金融道(宮内 悠介)河出書房新社
スペース金融道
宮内 悠介
河出書房新社
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一七年度版『SFが読みたい!』の第二位を占めた『スペース金融道』(河出書房新社)は「スペース金融道」「スペース地獄篇」「スペース蜃気楼」「スペース珊瑚礁」「スペース決算期」を収めたユーモアSF連作集。一一年刊のアンソロジー『NOVA5』(河出書房新社)に表題作が載って以来、単行本化が待たれていた人気シリーズだ。太陽系外の金融会社“新星金融”の顧客は、アンドロイド、バクテリア、人工生命、植物まで多岐にわたる。取り立て屋の“ぼく”は上司に強いられ、宇宙、深海、核融合炉などに送り込まれる。量子金融理論などの奇想を次々に繰り出す大胆なホラ話と捉えるのが妥当だろう。
続く『月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿』(光文社)は探偵ものに挑んだ一冊。「青葉の盤」「焔の盤」「花急ぐ榧」「月と太陽の盤」「深草少将」「サンチャゴの浜辺」が収められており、第一話「青葉の盤」は一三年に第六十六回日本推理作家協会賞の候補になった。木材を求めて旅をする放浪の碁盤師・吉井利仙と十六歳のプロ棋士・槇が、碁盤に秘められた真意、贋作をめぐる騙し合い、棋士の変死などに対峙するミステリだ。新本格ムーヴメントの影響を受け、大学時代にミステリクラブに所属した宮内は、SFよりも先にミステリを創作していた。ユニークな探偵役を擁するシリーズとして、続篇を楽しみに待ちたい。

最新刊『カブールの園』(文藝春秋)には「カブールの園」「半地下」が収録された。第一五六回芥川賞の候補となった表題作は、日系二世のアメリカ人女性が祖父母の居た強制収容所の跡地を訪れ、マイノリティの歴史を顧みて“世代の最良の精神”を希求する物語。十五年前に同人誌に書かれた処女作「半地下」は、著者を思わせる「僕」がアメリカで過ごした少年時代とプロレスラーの姉を回想するエピソードだ。純文学を書くにあたって、著者は経験に根差したテーマ――異郷におけるアイデンティティ、日本語と英語の混濁などを扱っている。現在と昔の作品を並べ、アプローチの変化を示したことも本書の見所だろう。

気鋭として注目を浴びた宮内は、デビュー直後に複数のシリーズを興している。それらを単行本化し、原点回帰的な純文学を世に問うことで、大きな成果とともに第一期の活動を終えた。一七年の現況はそう形容できるかもしれない。

手法が固まる前に表現力を獲得し、次々に持ちネタを取り出す。そんな稀有な存在だからこそ、宮内の小説はすこぶるスリリングだ。オリジナルの楽器を創案し、少年漫画風の対決を描く『アメリカ最後の実験』(創作メモには「音楽版『グラップラー刃牙』」とあった)。量子力学と金融システムを絡ませ、取り立て屋の話に落とし込む『スペース金融道』――小説や漫画やゲームを血肉として、エンジニアの思考を行う宮内にとって、これらは自然なアイデアにほかならない。多くのチャンネルと柔軟な着想、それを支え得る表現力を通じて、宮内は固有の世界を生み続けている。その底はまだ見えない。
2017年2月3日 新聞掲載(第3175号)
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