【横尾 忠則】成城には河馬はいません ルソーの描く成城を模写|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの向こう側 第258回
2016年9月23日

成城には河馬はいません ルソーの描く成城を模写

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BalancingAct 1972年頃/個人蔵(U.S.A)
2016.9.5
 NHKテレビ「日曜美術館」ダリ特集の出演依頼あり。カダケスのポルトリガトのダリの家でダリとガラに会った話に興味があるらしく、その時の様子とダリの作品についても触れてもらいたいと。ダリ夫妻との会見はおかしな出来事だった。ダリの作品についてはあまり好きではないが、そんなことを言いながらも5点のオマージュ作品を描いている。悪意ある讃美作品ってとこかな。

今日も東宝スタジオへ。ルソーのオマージュ作4点目に取りかかる。

昼はいつも食堂で。松竹のプロデューサー濱田さん(ハンバーグ定食)、橋爪功さん(うどん)、横尾(ポークカレー)。

山田さんが何かで読まれた話らしいが、ある日、大江健三郎さんが書斎に河馬が入ってきた夢を見られた。その夢の話を聞かれた息子の光さんは「成城には河馬はいません」と。なかなか深淵な親子の会話です。
2016.9.6
 東宝で連日つめて描いているので、今日は休息日にするつもりだったが、躰が自然に東宝に向かう。長い間怠けぐせがついて描くことから遠ざかっていたが制作場所が変った途端、仕事ぐせがついてきた。とかく心配する必要はない、躰がなるようにコントロールしてくれている。

小林稔侍さんの死体の人形がスタジオに安置されているというので見に行く。死体の模型だけに気持ちの悪いものだが、岡本太郎の人形などと比較にならないほど精巧で実に完成度が高い。思わず仏様に手を合わしてしまった。

スイスの“LeTemps"紙のプルバ・ジョナスさんが今月18日からオープンするサイエンス・フィクション美術館で開催される「Pop Art, monAmour(ポップアート、私の恋人)」展の取材に。オープニングには神戸の横尾美術館の山本さんが代行で出席する。
2016.9.7
山田組は千葉にロケーションで東宝はスタッフ不在。

東京医療センターの眼科の野田先生を訪ねる。検査中に地震があり、看護士達の訓練されている機敏な行動に妙に感心などする。眼の結果は以前と変らず。良くも悪くもなし。耳鼻咽喉科の角田先生から今川焼の差し入れあり。差した眼薬が4時間ぼんやり状態が続くそうだ。アトリエに戻るが仕事は中止。
2016.9.8
 このところ夢らしい夢は見ず、現実とさほど区別のない夢で大した価値はない。

CASHYAGEというブランドのカシミヤ製品とのコラボの依頼あり。このところ内外のファッション関係のコラボの依頼が多い。カシミヤは高級商品だけに完成度も高い。多分グローバルな商品になるだろう。

午後、東宝スタジオへ。4点目を完成させる予定だったが天候が怪しくなってきたので食堂で昼食を済ましたあとアトリエに戻る。
2016.9.9
 小林稔侍さんがぼくの郷里の実家で寝ている。朝ぼくが目を覚ますと稔侍さんも今しがた起きたばかりだ。便所に行くと彼もついてきた。田舎の便所はよく夢に見る。便所に行く夢の100%はいつも実家の便所だ。

午前中、オイルマッサージ。血行の悪い個所はカタイそーだ。それを手の平でほぐしていく。

吉田カバンとディーゼルのコラボのカバン3個、財布2個のサンプルができる。上出来だ。
2016.9.10
 アンリ・ルソーが成城の町を絵にしている。その絵をぼくは現場で模写しているが、彼の絵と現実の成城と模写するぼくの絵の区別がゴッチャになってぼくは少しづつ気が触れ始めているような気がする。なんでこんなことで狂うのか、考えれば考えるほど狂ってくる。そんな様子を成城住人だった黒澤明さんが空中から見下しているそんな意識を感じる。そこに山田洋次さんがルソーの絵の電柱とぼくの絵の電柱の数を数えている。目が覚めてからもぼくの狂った意識はしばらく布団の中に残ったまま。

骨折の入院以来、週刊誌のスキャンダル記事に興味がある。どれもこれも因果応報の法則に従っている。仏教世界を見るよーだ。
2016.9.11
 王貞治さんから王さんの家の庭に設置されているブロンズの抽象的な彫刻(その前に立つ王さんの姿がくっきり見える)のミニ・レプリカが送られてきた。何かの記念(多分ソフトバンクの優勝)に作られたらしい。手紙の最後に受け取ったという返事が欲しい、と書いてあった。そんな夢を見る。

難聴激しくなるばかり、相手の話は半分以上聴こえない。自分の声も聴こえづらい。目も悪いので見猿言わ猿聞か猿の世界です。余計なことを知る必要がなくなるってことかな。

夜の30分散歩。途中、三省堂に寄るが、店内も散歩コースになっている。

おでんが今度は妻の布団の上で放尿した。家中になんとなく猫のオシッコの臭いが漂っている。タマはその点道徳的だった。(よこお・ただのり氏=美術家)
2016年9月23日 新聞掲載(第3157号)
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