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漢字点心
2017年2月10日

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コナン・ドイルの『回想のシャーロック・ホームズ』の中に、『銀星号事件』という短編がある。この中で、ホームズは、犬が吠えなかったという事実を手がかりにして、難事件を解決する。「何かが起こった」ことではなく、「何も起こらなかった」ことに着目するところが、名探偵の名探偵たるゆえんなのだ。

ただ、漢字の世界では、ホームズのこの名推理も、さほど特別なことではないかもしれない。

現在では形のバランスが崩れてしまっているが、「黙」は、成り立ちとしては「黒」と「犬」を組み合わせた漢字。本来の意味には諸説があるが、「だまる」ことを表すためにわざわざ「犬」を持ち出してくるということは、逆に、犬とは吠えるものだという意識があったのだろうと、想像したくなる。

吠えない犬に着目して、かたや一九世紀イギリスの名探偵は推理を展開し、かたや古代中国の賢者は、漢字を作り出す。なかなかうれしい、偶然の一致である。
2017年2月10日 新聞掲載(第3176号)
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