【横尾 忠則】夢は日常の一部で人生はぜーんぶ夢 24時間全てを顕在化 するのが、長寿時間|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側 第261回
2016年10月14日

夢は日常の一部で人生はぜーんぶ夢 24時間全てを顕在化 するのが、長寿時間

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「クリ ヨウジ展」art space kimura ASK?にて久里洋二さん、山田洋次さん、宇野亜喜良さんと(撮影・濵田雄一郎)

2016.10.3
 神戸から西脇へ帰ろうと思ったが最終バスが出たあとだ。タクシーで帰るには遠過ぎる。さて? と考える間もなく、気づくとすでに西脇駅の前に立っているが、現在は取り壊されてない。実家にはタクシーで、と思ったが深夜のためタクシーはない。では歩こう。夢はここで終るが、夢としての価値は0だ。

ポプラ新書の新刊『死なないつもり』が出来たと浅井さん、及川さん来訪。この題名は編集者の浅井さんが命名。意味不明。何を暗示しているのやら、?が?を呼ぶということもあるかも。

神戸のマイ美術館で開催中の「ヨコオ・マニアリスム」展のカタログ的作品集のデザインができたとデザイナーの服部一成さんと学芸員・平林さん来訪。そもそも展覧会自体が変っているので当然作品集も変っている。きっと変った人が買うのだろう。

平林さんは明日モスクワへ。ロシア国立東洋美術館での個展のオープニングに代行。レクチャーをしてくれるそうだ。つい先週スイスのSF美術館へは山本さんが行ってくれたばかりだ。このあとも海外展の予定があるが、美術館同士の交流は原則として学芸員が立ち合うことになっているらしい。作家も招待を受けているが、海外旅行はごめん被ります。若い頃のように見るもの触れるものに一喜一憂しなくなったのと、今の創作時間で充分居ながらに旅をしています。
2016.10.4
 見る夢がだんだん現実化してきている。潜在意識と顕在意識の区別もあまりない。24時間全部が顕在化することは老齢者にとっては長寿時間と考えられる。だから夢を夢と思わずに現実の一部と考えた方がいい。だから日記でもいちいち夢だと断わる必要もないのかも知れない。その方がシュルレアリズム的であり、わざわざアートという必要もなさそうだ。
2016.10.5
 午前中東宝スタジオの試写室というか、もう映画館だよね。「家族はつらいよ2」の音楽抜きの完成版を観る。喜劇に死はタブーだそうだが、ひとりの死が家族全部を掻きまわす、その人間模様が喜劇。

夕方山田さんと久里洋二さんの個展に。88歳老人の創造におやまあと驚く。帰る頃宇野亜喜良さんが顔を出す。老人は老人を呼ぶらしい。80代が4人になった。88、85、82、80、ぼくが最年少。
2016.10.6
 84歳の神津善行さんの車で妻、徳永と虎の門病院へ。どこも目立って悪いところなし。近況報告のみ。妻は検査のみ。病院も老人だらけ。
2016.10.7
 田んぼの中の一軒家のわが家の畳の間にゴキブリが数百匹。箒で掃き散らすところにおでんがゴキブリの群の中に面白がって飛び込む。集めたゴキブリの処分に汲み取り便所か、地面に穴を掘って埋めるか、さあどうしよう。どうぞご随意に。

午前中のオイルマッサージ中はずっと夜行列車の中でウトウト。
2016.10.8
 雨の日はよく歩く。長靴を引きずりながら歩く妙な身体性が面白いってとこもある。

イーゼルにキャンバスを乗っけたまま硬直状態の絵は自縛されたも同然。それを救うためには固定場所を変えればいいことにふと気づく。アトリエの別の場所に移すと絵もこちらも両方共やる気を起こしてきた。こんな些細な行為が大きい問題を解決するもんだ。したいことをするという自然の欲求に従うことで、つまんないアトリエ主義的な教養主義による身体性をはずすことになるからだ。絵はどこででも描ける自由さが必要だ。ピカソはどこででも描く、屋根の上でだって描く。マグリットは家中がアトリエで台所だってどこだって描く。そーいえば谷内六郎さんちへ遊びに行くと食卓で描いていたっけ。ぼくだってテレビの前の卓袱台でも描くし、公開制作でどこへでも出掛ける。美術館のロビーや、テレビ局の物置きでも、ボクシング会場でだって描いたことがある。ぼくの作品のスタイルのないのはきっと固定場所がないからに違いない。落ちつきのない性格の特典だ。

山下清みたいな放浪の画家が理想だけど、プリミティブはあきまへん。そこには狂気と軽薄性がなきゃ。禅的なものや母性的なものではないアンチ悟りでなきゃ。これからやることが集大成だなんてケチなものではなくやってきたことを全部ひっくり返す、それが年相応の生き方というもの。
2016.10.9
 マッサージの萩原さんの家に行くが東京のはずれ。ナビのない車で妻はよう帰らんという。これが夢だとすれば、もうぼくには夢はないも同然。日常の方がずっと夢らしくなっている。

山田さんが久里さんから聞いた話。毎晩銀座のお姉ちゃんの所に行きたくなるので家の中に檻を作ってその中でマンガを描く。檻の鍵は檻の外へ投げたが、やっぱり飲みに行きたい。紙の包を丸めて檻の外の鍵を手元に引き寄せて、鍵を開けて檻から逃げだしたなんて、久里さんの人生はぜーんぶ夢。(よこお・ただのり氏=美術家)

2016年10月14日 新聞掲載(第3160号)
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