日本人のすがたと暮らし 明治・大正・昭和前期の身装 / 大丸 弘(三元社)知的好奇心を掻き立てる 民衆生活の襞から丹念に歴史を逆視|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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書評
2017年2月10日

知的好奇心を掻き立てる
民衆生活の襞から丹念に歴史を逆視

日本人のすがたと暮らし 明治・大正・昭和前期の身装
大丸 弘(三元社)
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この上なく知的好奇心を掻き立てる『世相百科事典』。この稀有な大著をあえてひとことで評すれば、おそらくそうなるだろう。共著者が提唱する「身装(文化)」をキーワードとして、明治から昭和前期までの民衆の日常生活から選んだ二四五のトピックスを、「装いの周辺」や「身体」、「産業と流通」、「民族と民俗」など一〇のテーマに分け、往時の膨大な新聞・雑誌や小説、法令などの言説を基に平易な文章で解説する。紙背に見え隠れする歳月と倦むことのない共著者の気力。何よりもまず、読者はその尋常ならざる気迫とこだわりに驚かされるだろう。字数およそ一〇〇万(!)。本の重さがそのまま内容の充実さと確かさを物語っているのだ。そこには「序文」にあるように、「装い」を考えるために「日々の生活のしがらみの重さと、装うための、この肉体の切実さ」がものの見事に表されている。はたして今和次郎の考現学を意識しているのかどうかは定かでないが、衣装学や身体論のみならず、文化人類学や民俗学、社会学、美術史、はては法制史や経済史、家族論などまで、じつに多岐にわたる目くばせは、まさに闊達な文化論としてある。

たとえば「美容」の章にある《化粧》では、江戸時代の女訓書にみられる容粧の教えは明治末まで変わることがなかったという。そのことを確認するため、共著者は一八八九年刊の伊東洋二郎『絵入日用家事用法』から鉄漿を引き、皇后や皇太后がすでにこの身づくろいを廃して一五年もたっているのに、なおも家族の起床前にそれを行うことが勧められていたとする。大正時代に入っても、人妻は寝化粧をし、さらに人前で素顔を見せないことがたしなみとされていた。一方、《化粧品》の項では、日本近代の化粧品は何人かの歌舞伎役者がその犠牲となった白粉の鉛害問題から始まるとしている。一九〇〇年、有害性着色料取締規則が公布され、ようやく水銀や鉛などの使用が禁じられたが、附則によって禁止は文言だけとなったという。そして明治末から大正にかけては、和風濃化粧と洋風薄化粧とが対比され、従来の白肌偏重に生きた肌の色を重んじる風もみられるようになったともいう。わが国の容粧史を考える上で、脱白肌に関するこの指摘は重要である。

「メディアと環境」というテーマに配された《プレゼンテーション》もまた、存分に楽しめる内容である。いうまでもなく江戸時代の商品宣伝は看板が主役だったが、開化以後の商家は店先だけでなく、電柱やビルの屋上、田んぼの中などにも大きな看板を立てるようになったという。ヨーロッパのように看板の図柄がしばしば通りの呼称となった事例は寡聞にして知らないが、こうしたわが国の看板文化は今もなお健在である。商品の陳列法もまたガラス窓の採用というイノベーションがあり、一九〇二年の雑誌『流行』には、ショーウィンドウが流行しているとの記述があるという。さらに一九三二年の『時事新報』は、同社などの主催によるわが国初の「洋装レヴュー」が日比谷公会堂で開かれたと伝えている。興味深いことに、その目的のひとつは「わが国いかに勝れた洋装用品をつくれるかを外国人に紹介し、且つ外国人の誤った東洋趣味を匡正する」ことだった。洋装を通してオリエンタリズムを是正する。いささか矛盾なきにしもあらずだが、そこには先人たちの矜持と自負を読み取ってもよいだろう。

こうした本書の全貌を伝えることはもとよりできない相談だが、ことほどさように本書は大文字の「歴史」(History)ではなく、それを構成する小文字の「物語」(histories)にこだわる。たしかにそこには大向こうをうならせるようなケレンはないが、民衆生活の襞から丹念に歴史を逆視する姿勢はまことに痛快といえる。本書の醍醐味はまさにそこにある。となれば、遠くなりつつある昭和後期の続編を是非とも期待したいものである。なお、国立民族学博物館の服装・身装文化資料部門には、完成して間もない共著者による世界的水準を凌ぐ身装画像データベース「近代日本の身装文化」が入っている。これもまたアクセスの価値がある。
2017年2月10日 新聞掲載(第3176号)
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