石見銀山生活文化研究所・松場大吉さん(上)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年2月17日

石見銀山生活文化研究所・松場大吉さん(上)

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島根県大田市大森町(通称石見銀山)――。松場大吉さんは、一九八一年四月に妻の登美さんと共に、生まれ育ったこの地に戻り、事業を起こす。

「石見銀山生活文化研究所」。

大学の一部門のような名前の会社だが、ここは今、若者たちにとって、どうやら気になる存在らしい。信号もコンビニもない、都心とは全く趣を異にする土地に根を張る一企業に、いったいどんな魅力があるのか、この地にどんな日常があるのか――。


私が主婦と生活社で『コットンタイム』という隔月刊誌を創刊して間もないころ、表紙周りに広告を出してくださるという会社が現れた。今から二〇年以上も前のことになるが、これが松場さんご夫妻との最初の出会いだった。

「BURA HOUSE」という名前で、雑貨やエプロンを製造販売している島根県・石見銀山にある会社だという。「石見銀山」ってどこ? 編集部のスタッフと地図を広げてその場所を確認したのを覚えている。広告出稿をしていただいたのがきっかけで、展示会によんでいただくようになり、お付き合いが始まった。

『私のカントリー』の連載ページで「日本のカントリーロードを訪ねる」という企画があり、「石見銀山」を取材することになった。出雲空港から車で約一時間半、時間が止まったかのような古い町並みが続き、信号もコンビニもない。江戸時代は幕府の直轄地として銀が採掘され、周辺には二〇万人が暮らす一大都市だったというが、今では過疎化が進み、人口わずか四〇〇人。そこに「BURA HOUSE」の本社と商品を販売するショップ、そしてカフェがあった。

東京からはとても遠く、全く予備知識もなかったが、その店にはたくさんのお客さまが詰めかけていた。この地域が醸し出す独特の雰囲気、そして「BURA HOUSE」のもつほかにない魅力が、訪れた人たちの口から口へ、静かに広まって、大阪や広島など関西圏から多くの人が集まっているという。私たちが「BURA HOUSE」を取材することになったきっかけも『私のカントリー』に送られてきた一枚の愛読者はがきだった。

今ではインターネットで調べれば大方のことはわかるし、SNSでさまざまな情報を取ることもできる。そしてつい知ったつもりになってしまうのも事実だが、この地に足を踏み入れた時の静かな感動は、今もずっと続いている。

    *

松場大吉さん・登美さんご夫妻は、この地をベースに世の中が見捨てたものを拾い上げ、活かしていこうと決めて起業する。「最初は、古いものの良さなんて全然わからなかった。教えてくれたのは外国の友人だったり、近所に住むアーティストだったり。少しずつ自分たちが変化していったのだと思う」と大吉さん。「“逆行小船”という言葉があるでしょう。大きな船の横についていれば安定は得られるけど、私たちはそれを望まなかった。小さな船で自分たちの川に入る。そうすると、その川はとてもきれいなんだよ。そして、たまに川の流れの向こうに、桃源郷が見えることがあってね」

時に哲学的な、淡々とした大吉さんの語り口には、いつも引き込まれてしまう。「自分たちが良しとした信念を曲げずにやっていたら、誰に媚びることもなくだまされることなく、なんとか今日までやってこられた」
石見銀山での暮らしを綴った書籍
 今は一五〇人の従業員と共に会社を切り盛りする松場さんご夫妻だが、今後この地域と企業をどう継承していくかも、大きな課題となっている。今年度はインターネットで採用の募集をかけたところ、九〇人のエントリーがあり、いま六〇人の方々と面談の最中だという。「十九歳から五十九歳までの応募があって、七、八人を採用しようと思っています」

このご時世に、七、八人採用しようとする意気込みもさることながら、どんな基準で採用に当たるのかも気になるところだ。団塊ジュニアの後の世代が、変わってきていると大吉さんは言う。「私たちは物欲社会で育ったが、今の若者は明らかに違っている。経済最優先ではなく、地域とどう関わるかとか、自然とどう共生できるかを模索して、新しい豊かさの物差しを作ろうとしている。やさしさの中に強さがあるというか、志の高い若者が増えている」

一九九四年「BURA HOUSE」を全面撤退して、「群言堂」という洋服の新ブランドを立ち上げた松場さん。雑貨から洋服の製造販売に大きく舵を切る。ここでも「逆行小船」の道をあえて選び、踏み出すことになる。(次号につづく)
2017年2月17日 新聞掲載(第3177号)
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