ブルーバックス通巻2000番突破記念 今こそサイエンスリテラシーを|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年2月24日

ブルーバックス通巻2000番突破記念
今こそサイエンスリテラシーを

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「科学をあなたのポケットに…」。講談社・ブルーバックスが、二〇一七年一月の刊行をもって、通巻二〇〇〇番を突破した。一九六三年創刊、科学技術の新時代をリードする科学出版の一大企画として構想され、扱うジャンルは多岐にわたるが、自然科学を専門に半世紀以上、刊行点数二〇〇〇点を超える新書シリーズは世界に類を見ない。またシリーズからは、戦後の科学出版史に刻まれる名著が数多く誕生、若手研究者がアウトリーチを広げ、サイエンスライターを育む土壌にもなっている。ブルーバックス通巻二〇〇〇番を機に、サイエンス作家の竹内薫氏、科学ジャーナリストの緑慎也氏、ブルーバックス編集長の篠木(ささき)和久氏に鼎談をお願いした。  (編集部)

記憶に刻まれる ブルーバックス

篠木 
自然科学の新書シリーズ・ブルーバックスは、今年で五五年目を迎えます。一九六三年九月に第一巻目が刊行され、今年の一月で通巻二〇〇〇番となりました。岩波新書が一九三八年、中公新書が一九六二年に創刊され、それに次ぐ三番目に長い新書シリーズです。創刊から毎年、年間四〇点~五〇点ずつコンスタントに出し続けて、ようやく二〇〇〇番に到達したといったところです。ブルーバックスは最初から自然科学専門の一般書として出発しましたが、時代によって、生命科学が注目されてそういう本がよく出ていた時代もあったり、物理学、宇宙など、読者のニーズもあると思いますが、話題になった本がそれぞれ時代とともに移り変わってきていると思います。お二人に、何か記憶に残るブルーバックスのタイトルなどがあればお話しいただけると、面白いかと思います。
竹内 
僕は中学生の頃、ブルーバックスをよく読んでいたんですね。印象に残っている本がすごく多くて、考えてみればそういう印象に残っている本の路線で人生を歩んできたなと思っています。

統計でウソをつく法(ダレル・ハフ)講談社
統計でウソをつく法
ダレル・ハフ
講談社
  • この本をウェブ書店で買う
例えば、『統計でウソをつく法』(ダレル・ハフ著、高木秀玄訳/一九六八年)なんて、題名もイケてるし、中身もわかりやすいんだけど、非常に良いところを突いている。いまだに統計で誤魔化されたりすることがあるわけですから、これを一冊読めば統計に騙されないというすごい本です。それから、僕がいつも人に読め読めと薦めていたのが『ブラック・ホール』(ジョン・テイラー著、渡辺正訳/一九七五年)で、ブルーバックスの歴代発行部数第二位(六三万部)にもなっていますが、これは本当に自分の中でショッキングな本でした。僕は中学生の時に読んだんですけど、それまでの中学生の僕の頭の中に入っている論理で理解できないものがある、ということにはじめて気付いたわけです。この『ブラック・ホール』は自分で読んでもわからなくて、学校の先生に質問してもわからなかった。結局それは相対性というもの、どちらかというと哲学的、思想的な意味合いがわかっていなかったから、理解するのに時間がかかったわけです。中学二年生で読んで、“わからない”ということが頭に入って、それが氷解したのが物理学科に進んだ大学三年くらい。それまでわからなかった、わかったふりはしていましたけど(笑)。一九七五年というとベトナム戦争があったわけですが、当時の社会情勢や人気のアイドルが誰だったかも憶えていないのに、本は憶えている。強烈な印象があったんです。僕が科学書を推薦しろと言われたら、この一冊は入りますね。不思議な本です。
緑 
人生の各段階で、謎を与えたり、その謎を解いてみせたりできるのが科学書のいいところですね。九〇年代半ばでしたが、高校時代に『遺伝子が語る生命像』(本庶佑/一九八六年)を読んで遺伝子の研究が生命の謎を解く近道だと気付かされました。それがきっかけで医学部を受験したんです。学力が足りず、医学部に行けませんでしたが、昨年、科学ライターとして、この本の著者で、最近ではがん免疫薬オプジーボの開発者としても知られる本庶先生にインタビュ―する機会があって、高校時代の読書経験を活かせました。『現代免疫物語』『新・現代免疫物語』『現代免疫物語beyond』(岸本忠三、中嶋彰/各二〇〇七年、二〇〇九年、二〇一六年)なども本庶先生の取材前に熟読しましたね。ブルーバックスは科学ライターの仕事には欠かせないのはもちろんですが、理系の場合には進路選択に役立つシリーズだと思います。
篠木 
免疫は難しい内容ですがブルーバックスでも何冊も出しています。日本は研究者の層が厚くて、定番的に読まれるジャンルです。
緑 
『アレルギーはなぜ起こるか』(斎藤博久/二〇〇八年)という本もありますね。やはり病気と繋がっているから、自分の病気とひきつけて理解したいと思う人もいる。

竹内 
最近出た本ですが、『経済数学の直観的方法(マクロ経済学編/確率・統計編)』(長沼伸一郎/二〇一六年)という本に感心しました。僕はもともと大学に入ったときは文系で、そのときの友人は銀行や役所に勤めていたりしますが、いま経済学の教科書がガラッと変わってしまっていて、物理学になっている。経済学の教科書を開くと最初にラグランジアンという言葉が出てくるのですが、ラグランジアンって、物理学科の解析力学という分野で教わるものだから、なんでそんなものを経済学の教科書に、と思うのですが、経済学が数学化しているんですね。ただ、学生は勉強し切らないわけです。経済学部に行くけど、数学が得意なわけではないでしょう。みんな困っていると思いますが、そこにすごく良い本が出た。もう一つ良いと思うのは、理系の人もコンパクトに一冊本を読んで、現代経済学の全貌が見渡せるように書いてあること。数学が出来ないからわからない人もいるけど、逆に数学をわかっていても経済学がわからない人もいる。だから理系の人がこれを読むと、とりあえず経済学の概要が数学の面から全部絡めとってしまえるという、そこがすごくいいと思います。便利な本なんです。

緑 
長沼さんはもう一冊、『物理数学の直観的方法<普及版>』(長沼伸一郎/二〇一一年)も出しておられますが、あれは名著ですね。あの本は最初、別の版元から自費出版で出されていましたね(『物理数学の直観的方法』(通商産業研究社/一九八七年))。説明がわかりやすくて、付録として切って確かめるための折り紙のようなものがついているのも面白かった。長沼さんは特異な才能をお持ちの方ですね。普通の教科書を読んでもわからないことが、この本でようやくわかるという体験を大学時代、何度もしました。
篠木 
長沼さんは前書きにも書かれていますが、ただ内容を解説するのではなく、ここに到達する為になぜこれを学ばなければならないのかを先に説明しなければ学習者もモチベーションが上がらないでしょう、というところからスタートしているんです。当時は固い参考書しかなかったので、話題になってすごく売れた。『経済数学の直観的方法』も同じようなアプローチで、丸暗記ではなく本当の意味がわかったら経済学がもう一段よくわかりますよと。特に理系の人が読むと腑に落ちる、わかりやすい部分があるのかなと思います。
研究室の鬼軍曹!? 小柴昌俊氏 『ニュートリノ天体物理学入門』

竹内 
小柴昌俊先生の『ニュートリノ天体物理学入門』(二〇〇二年)を最初に読んだときに、「自分は本を書いたことがないから、これが最後の本になる」と書いてあって驚きました。小柴先生はものすごく怖い先生で、これもよくいろんなところで話すのですが、大学の物理学科のときに物理実験があって、小柴先生に当たっちゃうと大変なんです。めちゃくちゃ厳しい先生で、レポートを提出しに行った学生が、小柴研究室から出てくるときワンワン泣いて出てくる、本当の話で。小柴先生からめちゃくちゃ言われるわけです、「やめちまえ!」みたいなことを。一見、温厚なおじいさんみたいに見えますが、鬼軍曹みたいな先生ですよ(笑)。この本は薄い本ですが、その説明がすごく面白くて、絵がたくさん入っていてクォークの一覧が載っていたんですが、そこに確か女の人の水着の絵がある。これも小柴先生が提案したのかなと、よくやるなあと思った(笑)。先生のキャラクターと本の奇妙なアンバランスが印象に残っているんです。
篠木 
研究室での小柴先生をご存知なだけに。
竹内 
大学の小柴先生しか知らなかったのでギャップが激しい(笑)。
緑 
朝日選書から出ている小柴昌俊さんの本にも女性と遊んだみたいな話が平気で書いてありますね。僕はいま講談社の月刊情報誌『本』の連載で、ニュートリノ研究史(「日本人を愛したニュートリノ」)を書いていますが、『ニュートリノ天体物理学入門』もそうですし、小林誠さんの『消えた反物質』(一九九七年)、南部陽一郎さんの『クォーク』(一九八一年/第二版:一九九八年)も参考にしています。

僕が小柴さんの『ニュートリノ天体物理学入門』で、なるほどなと思ったのは、ブーメランのたとえで、粒子間に働く引力を説明しているところでした。静かな湖面に二艘のボートを浮かべて、それぞれに一人ずつ乗ってブーメランをやり取りすると力が伝わると。
竹内 
あの説明は絶妙ですよ。普通はボールを投げるから斥力は説明できるんだけど、引力はどう説明するんだというと、ブーメランを投げればいいじゃないかと。すごくいい説明だと思いましたね。
緑 
現実の物理現象を説明しているかどうかはともかく、比喩的には非常にわかりやすい。
竹内 
小柴先生のように比喩を使って説明できるというのはすごいことで、科学者はどうしても比喩を嫌う。特に物理学者は、数式で完結してそこで終われということをよく言います。敢えてもう一段柔らかくして、一般の読者に届けようとこれを一冊だけ書いたということは、一種鬼気迫るものが伝わるというか、すごいことです。

あと、この本で面白いのは、宇宙素粒子観測装置カミオカンデは、そもそも最初からニュートリノを観測する為に作られたわけではなくて、陽子崩壊という大統一理論の予言ですよね。それを確かめようと思って作った。でも小柴先生のすごいところは、陽子崩壊が見つからないなと。たぶん駄目だというのがわかった時点でターゲットを変えているんです。カミオカンデは宇宙から飛んで来るニュートリノを捉えるための望遠鏡だったんです、とか言い始めて、エーッ!と思った(笑)。

いまビッグサイエンスの時代で研究プロジェクトひとつにすごくお金がかかるわけですが、それがうまくいかなかったときにどうするかまで考えているところが違うなと、戦略家だと思いました。
緑 
それは竹内さんご自身が学生時代のときの話ですか?
竹内 
そうです。学生の頃から陽子崩壊という話だったのですが、いつの間にかその話が消えていたわけです。あれ、陽子崩壊どうなったの?と学生などに聞いてみると、あれは見つからないから違うことのために作ったと言っちゃえばいいんだと(笑)。

でも結果、ノーベル賞を取っているわけじゃないですか。
緑 
レポートの話も面白いですね。小柴先生の武勇伝はまだあって、宇宙線ミューオンの測定で、アルミ板を観測装置の上に置いて減速させて検出するという実験をするときに、アルミニウムを大量に用意しなくてはいけない。どうしたかというと、小柴先生は学生に一万円札を何枚か渡して、銀行に行って一円玉にしてこいと。それで一円玉を大量に敷き詰めて実験をやって、終わったら一円玉を一万円札に戻す。材料費ゼロ(笑)。同じ発想で、カミオカンデも山の中で湧き出る水をタダで利用して実験環境を整えた。すごいアイデアマンですよね。 
物理学の予言者 南部陽一郎氏 『クォーク』 

竹内 
先程『クォーク』の話が出ましたが、南部陽一郎先生も僕は天才だと思っているのですが、ある科学系出版社の編集者と言い争いをしたことがあって。その編集者は当時南部先生を否定するような発言をしていて驚いた。なぜそんなことを言うのかと思ったのですが、おそらく論文を読んでいないからなんですね。物理学科で南部先生の論文を直に読んでいると、ものすごいアイデアがたくさんあって、天才的なんです。超弦理論にしても最初に南部・後藤作用というのがあって、そこから超弦理論の方程式が出てくる。対称性の破れにしてもそうで、あまりにも広がりがあって、天才の幅が広過ぎて、ちゃんと論文を読まないと理解できないんだと思うんです。ですから南部先生がノーベル賞を取ったときは、やった!と思いました。本当に天才なんです。
クォーク(南部 陽一郎)講談社
クォーク
南部 陽一郎
講談社
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緑 
僕はこの『クォーク』すら理解できないので、何回も読み返して少しずつ理解できるところが増えていく、そういう長い付き合いのある本ですね。
竹内 
本当に名著ですね。先程話に出たミューオンですが、ミューオンと電子とタウという粒子がある。ミューオンは電子の二〇〇倍ちょっとの重さなのですが、違うのは重さだけで、そのほかの性質はほとんど同じで三つ子の兄弟と言われているんですが、一般に自然界にあるものは一番効率良くできているはずで、なぜそれが三重になっているのかわからない。それを論文で説明していて、量子電磁力学の理論に微細構造定数一三七分の一という数字があって、電荷の強さを示しているのですが、その電荷の定数、電気素量を基に説明している論文があって感心したことがあります。桁の話なので百何十という数字が計算されていて、自然界を数学という武器で解きほぐしていこうというところに、南部先生は馬力がある。ノーベル物理学賞を受賞したときは、小林誠さん、益川敏英さんとはある意味違う世代だし、本来ならあそこにイタリア人が入るはずだったのに、そこに入ってしまって取ったというところが面白かったんです。
篠木 
『クォーク』第二版の帯にも記載がありますが、昔から「素粒子物理の十年後を知りたかったら南部の論文を読め」と言われていて、外国の研究者も南部の論文をこぞって読んでいたと聞きます。
緑 
南部さんは小柴さんの相談相手だったらしくて、実験でうまくいくかどうかわからないというとき南部さんに聞くと、南部さんからFAXで数行コメントが返ってきたそうです。でも、それを読んでもわからない(笑)。そこでもっと詳しそうな小柴さんの知り合いの理論家に解説してもらって納得する。そんなやり取りをしていたらしいですね。
竹内 
印象で言うと、イタリア人の物理学者でエンリコ・フェルミ(Enrico Fermi、一九〇一―一九五四)に近い感じがしますね、ものすごく幅広くて。
科学技術立国を支える日本の

竹内 
講談社一階のブルーバックスの展示に、超小型コンピュータ「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」がありましたが、あれを僕はうちのフリースクール(YESインターナショナルスクール)であと数年経ったら教材で使おうと思っていて、『Raspberry Piで学ぶ電子工作』(金丸隆志/二〇一四年)のような電子工作の指南書をブルーバックスが出してくれているのがすごくいい。
篠木 
九〇年代から、電子工作の本をいくつか出していて、割と地道にヒットしていたんです。「Raspberry Pi」が出てきて、また電子工作ブームが盛り上がってきた
遺伝子が語る生命像(本庶 佑)講談社
遺伝子が語る生命像
本庶 佑
講談社
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ので出してみたら、やはり根強くファンがいることがわかりました。
竹内 
昔、僕なんかが子どもの頃は鉱石ラジオやラジコン、モーター付きの模型飛行機が流行っていて、僕らの世代からすると、こうした電子工作が復活してくれるのはすごく嬉しい話です。実際に手を動かして作るというのはすごく楽しいことだし、そうやって学ばないと理論も技術も身に付かないと思います。
緑 
僕の時代はミニ四駆で技術を競い合う人が結構いましたね。
竹内 
時代ごとに違いますよね。特に科学少年、科学少女が何をやっているかというところに時代の流行が表れる。僕が中学、高校、大学くらいまでは、科学新書はブルーバックスしかないんですよ。科学全般をカバーして、しかも新書で読めるものはなかったので、絶対そこに行くんですよね。本屋に行けば必ずブルーバックスの本棚があって、みんなそこに行くわけだから、大げさかもしれませんが、今の日本の科学技術立国を支えていたんだと思います。そこで入門して中学生くらいから科学漬けになっていく。それが職業になっていって、どれくらいの数のエンジニアや科学者がブルーバックスから出てきたか、ということです。もしかしたら他の国にはないのでないでしょうか。
篠木 
私どもも世界中くまなく調べられたわけではないのですが、ヨーロッパ圏、アメリカなどを調べても、自然科学専門のペーパーバック・シリーズは見つからないですね。
緑 
イギリスのペンギン・ブックスとかフランスのガリマールの新書シリーズの中にも科学モノは入っていたと思いますが、専門シリーズはないということですね。今でこそ、講談社現代新書の中にも科学モノのタイトルがあったりしますが。
竹内 
自然科学に特化していますからね。今は多様化していますが、引き続きブルーバックスに頑張っていただかないと科学技術立国が崩れますよ(笑)。
経済数学の直観的方法(長沼 伸一郎)講談社
経済数学の直観的方法
長沼 伸一郎
講談社
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篠木 
僕らも編集の現場で感じるのは、四〇代~六〇代くらいの教授の方々が、みなさん若い頃はブルーバックスを読んでいたと言ってくださって、僕たちが取材や執筆依頼に伺っても大体すんなり話が通じます。五五年の歴史の上に僕らはいま編集させてもらっていると感じることがよくあります。ただ、創刊当初は、一般書を書いて下さいとお願いに上がっても、研究者は論文を書くのが仕事だから、業績にならないからと断られることも多かったと聞いています。
緑 
そうなんですか。ちょうど昨日、知り合いの若い研究者から、「自分のボスの夢はブルーバックスで売れる本を出すこと」と聞きました。創刊当初から考えるとだいぶ状況が変わっていますよね。
篠木 
その当時に書いてくださった先生は今でいうアウトリーチに理解のある方だったのだと思います。
緑 
ブルーバックスはジャンルも広いですね。『(カラー図解)アメリカ版 大学生物学の教科書 第一巻―第五巻』(二〇一〇~二〇一四年)は画期的なシリーズだと思いました。教科書もあれば、『コーヒーの科学』(旦部幸博/二〇一六年)といった趣味・実用系もあるし、ビジネス本、ハウツーものまである。
篠木 
そうですね。そのほか特徴のあるものとしては、理系の研究生活ガイドのような本は何冊か出ていて、そのうちの一冊はベストセラーになっています。山中伸弥さんがアメリカから帰国して自分のモチベーションを上げるために読んでいましたという本があって、その言葉を帯に使わせてもらいました。
竹内 
坪田一男先生の『理系のための人生設計ガイド』(二〇〇八年)ですよね。確かに研究者生活のガイドブックというのはなかなかない。
篠木 
坪田先生はとてもフランクな方で、研究者として大学に残る決心をしてから、ゴールを教授になることと決めて戦略を立て、見事目標を実現する。それを全部本に書いてくれる、僕はこうやってきましたと。
竹内 
坪田先生は面白い方で、研究室にトランポリンを置いていつもピョンピョン跳ねてるんですよ、健康のために(笑)。ブルーバックスの著者はユニークな方が多いですね。古参の編集者の方に昔伺った話ですが、『四次元の世界』(一九六九年)が超ベストセラーになった都筑卓司先生も、研究者じゃないようなところがあってとてもユニークな先生だったと聞いています。
良質の科学書を出版しつづけるために

篠木 
ブルーバックスでは、昔の名著を新装版で出したり、同じテーマでも五年、十年経ってまた別の著者が書けば全く違う切り口になって、新しい読者を獲得できるようになるかもしれないので、それは繰り返し出してるような感じはあります。 
不完全性定理とはなにか(竹内 薫)講談社
不完全性定理とはなにか
竹内 薫
講談社
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緑 
僕は学生時代に吉永良正さんの『ゲーデル・不完全性定理』(一九九二年)を熱中して読みましたが、竹内さんの『不完全性定理とはなにか』(二〇一三年)を読むと全然違う書き方で、同じテーマとはいえ、こういう書き方もあるのかと思いました。
竹内 
吉永先生も最初に出されたときは大変だったみたいですね。ブルーバックスは完全に一般に向けて書くじゃないですか。そうすると意外と専門家から横やりが入ったりするらしいんです。もうちょっと正確に書けとか。でも教科書じゃないし、論文じゃないから、そのままでは読者に理解されない。それだと残念だから敷居を低くするのですが、その敷居を低くする技術には実は大変なものがあるんです。そこが研究者になかなか理解されないところで、住んでいる世界が違う。そうした同僚からのピアプレッシャーをはねのけて目線を変えて、この本は一般の読者に読んでもらう本なんだと切り替えるのが大変で、それがある意味では重要な部分ですね。
篠木 
ここ十年くらい、アウトリーチとかサイエンスコミュニケ―ションと言われるようになってきました。文科省が音頭取ってた部分がありますけど、アウトリーチも業績に加えていいと。それもあって、わかりやすいようにと、たとえ話などを使えば絶対どこかで誤謬は出てくるんだけれども、まず科学に親しんでもらうことが目的なんだということを理解して一般向けに噛み砕いて書いてくださる著者が増えてきたように思います。
ブルーバックス通巻200番記念展示(講談社1階ロビー)
竹内 
『記憶力を強くする』(二〇〇一年)、『進化しすぎた脳』(二〇〇七年)の池谷裕二さんなどはその典型ですよね。
緑 
『プリオン説はほんとうか?』(二〇〇五年)の福岡伸一さんとか。
竹内 
アメリカで最近の傾向を見ていると、研究職の方とサイエンスライターが組んで本を出すことが多いですね。それぞれの専門分野があるわけで、研究職の人はその分野ですごい知識があるわけなんだけど、サイエンスライターの方はそれを表現に落とし込んで一般の読者に伝える技術を持っている。両方を持っている人もごく稀にいますが、タッグを組むことで良い科学書が出来るんだと思うんです。今後日本でもそういう方向性があると思いますが、現在はサイエンスライターの地位が低過ぎる。サイエンスライティングというものが、作家やノンフィクション作家のレベルまで上がってくると、アメリカのようにタッグを組んで連名で本が出てくると思うんです。それは今後やっていかないと日本のサイエンスライティングがなかなか成長しないかなという感触ですね。
緑 
僕が山中伸弥先生のインタビュ―本『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(講談社/二〇一二年)を出したときは、最初のオファーとしては山中さんの名前で出したいということでした。僕の名前を表に出さない方が売れるだろうと思っていましたが、山中さんの方から連名で出すなら受けると言われた。山中さんからすれば、自分が執筆したのではないということは表明しておかないといけないということもあったのだと思うのですが、名前を出してくれたおかげで共著として出たので、非常に有り難かったです。実際には名前は出ていないけれども科学ライターが書いている科学者の本はたくさんあると思います。
竹内 
山中先生はアメリカのグラッドストーン研究所にいらしたので、当然アメリカでの科学書の出版状況を見ていると思うんです。そうするとそれが当たり前だと思ってきたのに、違うオファーが来たのでいやそれは違うということだったのではないでしょうか。誠実だと思います。
情報過剰社会にあってますます「本」の意義が高まる

緑 
いま、各社の新書でいろんな科学ものが出ていますが、他社との差別化、住み分けというのはどうなっているんですか?
篠木 
他社から出ている科学ものの新書でベストセラーになったものなども読みますが、あれはあれで文系の人がすらすら最後まで読めることを前提にしているので、ブルーバックスの読者からすると、物足りないような感じはしてしまいますね。そのあたりの内容の濃さで住み分けができるのかなと。逆にそういう本をブルーバックスで出したら売れなかったりするかもしれない、と思っています。
竹内 
いま僕が司会をやっているNHKの「サイエンスZERO」という番組は、Eテレ(教育)ですが、放送が日曜の夜二三時半から二四時で、翌日は月曜だから普通の人は寝てしまう時間帯ですよね。視聴率は大体一~二%で、民放からすればそんな視聴率の番組は要らないんです。ところがあの番組がずっと続いている理由にNHKの基準があって、視聴率はひとつの数字として身長みたいなもので、それだけでははかれないんだそうです。NHKは、いろんなアンケートを取っていて、例えば次にもう一回見たいですかみたいなアンケートでは、「おかあさんといっしょ」が一位で、二位が「サイエンスZERO」なんだそうです。再放送とかオンデマンドの数字を合わせていくと結構な高い数字になる。本でいえば部数ですが、そこだけ見ちゃうと取り逃がしてしまう指標があるわけです。そこをブルーバックスは大切にしていってほしいと思いますよね。一つの数字だけに振り回されてしまうと空洞化していくと思います。
緑 
ブルーバックスは典型的なロングテールじゃないですかね。
篠木 
そうですね、ロングテールだし、嬉しいのは書店に行ったら必ずブルーバックスの棚に寄ってくれる常連のお客様がたくさんいて、いくつかの調査データから見えてきたことですが、月刊誌のように今月はこれが面白そうだから買っていこうというお客様が多いんです。

科学って知識の一つなんですが、知識だけであればインターネットもウィキペディアもある。では、なぜ本が売れるのか、本の意義はなんだろうかという話になったときに、本当に理解するとなると、断片的な知識だけでは身に付かなくて、何らかの解説、ストーリーに沿って理解していかないと理解できないのではないか。だから書き手がいて、一冊二〇〇頁なりの本があって、本を読むことでストーリーとしてものごとが理解できる。ネットで知識がいくらでも手に入る時代であっても競合しない。知識でなくて“知”という、理解を含めた部分での本の意義がますます必要になってくると思います。
情報科学と人工知能のリテラシー

篠木 
偶然ですが、創刊第一巻は『人工頭脳時代』(菊池誠/一九六三年)で、二〇〇一巻目が小野田博一さんの『人工知能はいかにして強くなるのか?』(二〇一七年)。同じAI(人工知能)がテーマの本になりました。
緑 
創刊当初からそれを見越していた(笑)。小野田さんは『論理パズル101』(一九九三年)とか、ほかにもたくさん書かれていますね。
篠木 
『人工頭脳時代』の前書きに「これから人工頭脳が溢れてきたら、社会問題になる」とあって、すごい予言です。
竹内 
AIはもう我々の社会の中にどんどん入ってきていますが、それに社会の仕組みがまだついていっていないんだと思いますね。将棋の世界でも竜王戦でスキャンダルがありましたが、将棋はそういう意味でも先端を行っていて、人工知能が追い付いてしまっている分野だから、そこで初めて問題点が浮上してきた。これは今後いろんな分野で出てくる問題で、じゃあ人工知能を排除するんですか、電波を届かないようにするんですか、というのもそうだし、別の方法としては人工知能とタッグを組んで戦いましょうと。そういう仕組みもあってもいいと思うんです。人工知能の問題が、社会問題として出てくる時期にきたんでしょうね。
緑 
あの将棋の問題は一種の雇用問題ですよね。人工知能に職が奪われるとよく言われますが、将棋の世界で職を奪われる危機にさらされた人たちのパニック現象というか。今後あらゆる職場で同じような問題が起きてくる可能性がある。
竹内 
ちゃんとした情報科学のリテラシーがないと、どうしたらいいかがわからない。将棋の問題にしても、情報科学、人工知能のリテラシーが足りないんだと思います。マスコミも含めて、みんな現状がわかっていなくて、スマホやパソコンを使いながら中身で本当は何が起きているのか理解していない。だから、ああいう問題が起きたんでしょうね。今後は、お金と情報科学の結びつきがますます強くなっていくのではないでしょうか。いまは紙幣やコインがありますが、どんどん情報化されていく。お金は人類の進化の中で少し変わったもので、モノではなく流通するためのコトです。かつて物々交換から貨幣経済になったとき、すごい革命があったわけですが、いま、お金の革命が情報科学に結びついてすごい勢いで進んでいて、金融機関がそれについていっていない。金融の世界が情報科学的に塗り替わっていくようなところがあって、それがここ十年、二〇年どんどん進んでいくと思います。だから文系とか理系とか言ってる場合じゃない。情報科学リテラシーを身に付けるためにも、ブルーバックスを読んでくださいということですね(笑)。 
2017年2月24日 新聞掲載(第3178号)
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