森 亜紀子著 『複数の旋律を聞く ―沖縄・南洋群島に生きたひとびとの声と生』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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出版メモ
2017年2月24日

森 亜紀子著 『複数の旋律を聞く ―沖縄・南洋群島に生きたひとびとの声と生』

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Notice: Undefined variable: isbn_amazon in /var/www/dokushojin.com/function.php on line 180 複数の旋律を聞く ―沖縄・南洋群島に生きたひとびとの声と生(森 亜紀子)新月舎
複数の旋律を聞く ―沖縄・南洋群島に生きたひとびとの声と生
森 亜紀子
新月舎
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「本書は、生前に帝国日本が植民地の一角として統治していた「南洋群島」で〈子供時代〉を過ごした経験をもつ沖縄のひとびと五〇名の証言をまとめたものである」(はじめに)。「「南洋群島」とは、赤道以北の太平洋上に位置するミクロネシアの島々(マリアナ諸島・カロリン諸島・マーシャル諸島)に対する日本統治時代の総称である」(同)。

著者がこの本を編むきっかけは、今から約十年前に遡る。普天間基地の「移設先」として名護市辺野古が選ばれ、米軍基地が「新設」されることに対して、当時から激しい反対運動が起こっていた。その運動の拠点であるテント村を訪れた際に、著者は、南洋帰りのおばあさんたちと出会い、「南洋群島での戦争が沖縄戦と似ていかに凄まじいものだったのか」を、直接聞くことになる。「いま聞かねばならない大切なことがある」と思い、以来、沖縄通いをつづけ、二〇一〇年には一年間沖縄本島に居住し、一五二名のお年寄りに話を聞いた。当初は学術論文としてまとめられる予定であったが、それでは「聞いたお話の一割も活かせないこと」に気づく。悩んだ末に、「語られた言葉に手を加えることはせず」、「証言者の人生を追体験する」ような言葉を編むことを目指した。それがA5判2段組・400頁もの大冊に結実した。著者は現在、日本学術振興会特別研究員として同志社大学グローバル・スタディーズ研究科に在籍している。

詳細な内容に踏み込む紙幅はないが、圧巻の記録である。収録された五十の証言からは、証言者それぞれの歩んできた人生が、鮮やかに浮かび上がる。ここには、戦中戦後を確かに生きた人と家族の歴史と物語が刻み込まれている。「〈一人〉のひとの中にも、複数の整理することのできない感情や葛藤が抱え込まれている」と著者がいうように、懐かしいと感じられる思い出もあれば、二度と思い出したくない記憶もある。ひとりだけ、その言葉を紹介する。石川静子さん(一九三七年生まれ)。サイパン島で生まれ、八歳の時に戦争を体験。父・兄・いとこ・妹・弟を失った。艦砲射撃を受けて亡くなった肉親の最期の状況を、昨日のことのように思い出す。「夕方だったから、帰って来たら叔父と、ヤマーおじさんは帰って来て、父がいないんですよ。したら、背中から撃たれて、あの、なんていうんですか、内臓が出て、でもう、「やられたー」って言って、(中略)「兄さんはやられて、もう助からないっちってから、あとよろしく」って言って、海に沈んでいきよったって、自分で」(183頁)。石川さんは、定年退職後に、南洋群島慰霊墓参団に三度参加し、線香を灯して、カビアンジ(紙あぶり)をした。家族の供養を終えた後のことを振り返って、次のように語る。
「終わったねー、もうここに落ち着いたよーって、南洋で亡くなって骨はあっちにいるかもしれないけど、魂はもう帰ってきているから、安心してねーって感じで。そういうことをやったので、私はやったーという思いでいるんですよ。あぁ、自分はあっちに行かなくてもいいっていう気持ち。また行きたくない」(189頁)。

戦争中の写真も多数掲載され、こちらも貴重な記録である。

(新月舎制作。問い合わせ先は)akikom80@hotmail.co.jp
2017年2月24日 新聞掲載(第3178号)
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