ベルクソン『物質と記憶』を解剖する ―― 現代知覚理論・時間論・心の哲学との接続 書評|平井 靖史(書肆心水)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年2月24日

科学との真剣な対話 
精緻に噛み合った議論が展開 

ベルクソン『物質と記憶』を解剖する ―― 現代知覚理論・時間論・心の哲学との接続
出版社:書肆心水
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2015年12月に行われた、本著と同名のタイトルを冠した国際シンポジウムの記録である。2007年から藤田尚志氏のリーダーシップのもとに始まったプロジェクト・ベルクソン・イン・ジャパンは、ベルクソンの主要な著書の内、『創造的進化』をテーマとした第1期、『道徳と宗教の二源泉』をとりあげた第2期(いずれも安孫子信氏代表)を経て、第3期は平井靖史氏が代表を引き継いで、議論の中心を『物質と記憶』に移している。この間、毎年各国の気鋭の研究者が参加する国際シンポジウムを日本やフランスで開催し、その成果は既に様々な形で公になりつつある。単に「本場」の研究者を日本に招聘して研究動向を紹介する、というのではなく、日本をベルクソン研究の最良の場として、日本から新しい知見を発表していこうという、強固な意志のもとに推進されてきたこのプロジェクトは、本著が報告する第3期に入ってなお一層加速している。

本著においては、テーマとなっている著作の性質上、科学との真剣な対話がその主要な課題となっており、科学哲学や分析哲学の知見が導入されている。プロジェクト第3期の特色は、これまで以上に多様な哲学の分野、哲学以外の研究領野へと開かれた多様性にあり、そのためにシンポジウムにおける使用言語もこれまでのフランス語からあえて英語に変更されている。もっとも、多様性や学際性を標榜する試みは、ともすれば総花的になり、各分野の専門家がそれぞれの観点から展開した議論が並置されたままとなるか、あるいは非常に表層的な理解にとどまったままで相互の知見を比喩的に借用しつつ、あたかも共通の議論の場がそこに現出しているかのように装われるか、といった事態に陥りがちである。しかしながら本シンポジウムは、代表の平井氏の明確な意図のもとに人選が行われ、参加者にはあらかじめ論点の基軸が明示されていたために、精緻に噛み合った議論が展開されている。その結果本報告書もまた、単なる論文「集」ではなく、平井氏が隅々にまで目配りして編み上げた一つの構造体となっている。
『物質と記憶』のテーマは、タイトルが示す通り心身問題である。身体が物質世界を知覚することがいかに可能になっているのか、この問題は古典的な認識論の検討を要請するし、現在の知覚経験と過去の記憶を保持した精神の関係は時間論に通じる。知覚を知覚されたまさにその所にあるものとして位置づけ、しかも記憶を脳の機能に還元せずにそれそのものとして実在することを認めるベルクソンは、外界を我々の認識を超越した所にそれ自体として措定するのではなく、我々の持つ表象を閉ざされた主観の内で構築されたものと見なすのでもなく、それらの枠組みを超えて我々の経験を実証的に解明しようとする。このような試みは、必然的に認知心理学や脳生理学などの諸科学の検討へと向かう。

本著は、従来懸案とされながら徹底的な検討に付されてきたとは言い難いベルクソン理論と諸科学とのこれらの関係に、本格的に光をあてたものである。刊行から1世紀以上を経て、諸科学がベルクソンの提出した問題に応え得る道具が出揃ってきた。本著はこれら最新の科学的知見とベルクソンを、英米系の分析哲学を導入することによって架橋しようとしている。ここで描き出されるベルクソンは、ノーベル「文学」賞受賞者として、「生」と「直観」の哲学者として作り上げられたイメージ、そしてとりわけ日本においては大正教養主義の文脈で受容されたベルクソンのイメージとは、全く異なった様相を呈している。経験科学に立脚した、いやむしろ、経験の可能性に関して科学に対してより一層の厳密さを問うベルクソンは、そもそも「実証的」であるとはどういうことか、という根源的な問いを科学に対して突きつけているのである。この著作をどのような分野の読者が手に取り、そこからどのような思いがけない新しい知の創造的な関係が立ち上がっていくのか、今後の展開が楽しみに待たれる。
この記事の中でご紹介した本
ベルクソン『物質と記憶』を解剖する ―― 現代知覚理論・時間論・心の哲学との接続/書肆心水
ベルクソン『物質と記憶』を解剖する ―― 現代知覚理論・時間論・心の哲学との接続
著 者:平井 靖史、藤田 尚志、安孫子信
出版社:書肆心水
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年2月24日 新聞掲載(第3178号)
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