アベノミクス 実に明るい将来へ  浜田内閣参与の“転向”|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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論潮
2017年3月3日

アベノミクス 実に明るい将来へ 
浜田内閣参与の“転向”

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アベノミクスの理論的支柱、浜田宏一内閣官房参与の“転向”が話題を呼んでいる。長期デフレに苦しむ国民生活に直結する大問題だ。論壇界でも早速、反応が現われ始めた。アベノミクスはどこへ行く。

事の発端は、浜田氏へのインタビュー記事だった(「アベノミクス4年 減税含む財政拡大必要」日本経済新聞、二〇一六年十一月十五日)。氏はその後、転向の事情をより詳しく語る(浜田宏一「「アベノミクス」私は考え直した」『文藝春秋』一月号)。要点は「従来の金融政策に新たな政策を加えること」、「財政政策で刺激を加え」ることだ。

「クリストファー・シムズ氏」の「論文」が、浜田氏の「考えを変えた」。「従来の経済学では、財政規律が緩むと、過度なインフレを招くうえに財政赤字はかさみ、経済にダメージを与える」と言われるが、「シムズ氏は意図的に「赤字があっても、財政を拡大するべき(時もある)」と主張します。これは斬新なアイデアでした」。

中野剛志氏は、むしろ「この浜田氏の告白の方に衝撃を受けた」と酷評する(中野剛志「デフレ脱却失敗で宗旨替え 暗愚なる経済学者、浜田宏一の罪と罰」『新潮45』二月号)。「財政を拡大すべきだというのは、ケインズの昔から知られている。シムズ氏は、それを説明し直したに過ぎない」。浜田氏の理論的基礎は、自ら認める通り、新自由主義者「ミルトン・フリードマン」の「貨幣数量説」だった。「市場の通貨供給量を増やせばインフレを起こすことが出来る」との説だが、これこそは「ケインズによって「最大の誤り」とされたもの」だ。「〇八年のリーマン・ショック」以降、「ケインズの叡智が再び、脚光を浴び」、「スティグリッツ」「クルーグマン」「サマーズ」ら有力な経済学者たちが「財政拡大の必要性を力説するようになった」。だが「浜田氏は、リーマン・ショックとその後のパラダイム・シフトについて何も学ばないままに、内閣官房参与に就任した」(一二年)。

菊池英博氏も、浜田氏の告白に「開いた口がふさがりません」「彼の経済学の貧困さに驚かざるを得ません」と辛辣だ(菊池英博「浜田宏一君は内閣参与を辞任せよ」『文藝春秋』三月号)。アベノミクス以前から「日本は金融緩和において世界一進んでいた」。「マネタリーベースのGDP比率」なる指標がある。マネタリーベースは「簡単に言うと「市中に出回っている現金」と「日銀にある金融機関の当座預金」の合計」だが、そのGDP比率はアベノミクス開始時の「一二年」で、すでに「二七・九%まで上昇」していた。アメリカは「一八・三%」、ユーロ圏は「一七・七%」だから、「突出」だ。黒田バズーカが火を吹く。異次元の虚砲。「金融緩和の限界は、アベノミクス以前に明らかだった」。「アベノミクスを支えた理論の信用性はすでに崩れ去っている」。

中野氏と菊池氏の論評を読むと、浜田氏が周回遅れでケインズに転向するかのような印象を受ける。中野氏はシムズ説を、上記「パラダイム・シフトの文脈の中で理解し得る」と言う。菊池氏も「スティグリッツ」と「クルーグマン」の名を挙げ、「財政主導・金融フォロー」への修正を説く。なるほど「金融一本槍」のアベノミクスをやめる点では、「浜田君の敗北宣言」と言える。だが浜田氏もシムズ氏も、ケインズに転向するのではない。

シムズ氏の主張は「財政政策でインフレ期待に働き掛けるのが趣旨」だ(「インフレ税はなぜ日本に必要か=シムズ教授」ロイター、二月十三日)。インフレは物価の上昇だ。同じ金で買えるものが減るから、インフレは貨幣価値の低下でもある。政府が「財政支出を増やして増税で返そうとしなければ」、財政悪化により貨幣価値は低下する。これを利用して、物価が上昇すると人々に期待させよと。物価水準を財政政策が導く。インフレになれば政府債務は目減りし、「債務の一部はインフレで相殺される」。日本政府の債務は昨年九月末で、一〇六二兆円に達した。仮に約六〇〇兆円の政府資産をインフレで一〇〇〇兆円にすれば、ハイパーインフレ時の高額紙幣のような極例ではあれ、赤字は六二兆円に減る。

池田信夫氏いわく、これは「インフレを起こして政府債務を踏み倒す」という「常識外れの話」だが、「理論的には完璧」だ(池田信夫「「インフレで政府債務を踏み倒す」シムズ理論の衝撃」ジャパン・ビジネス・プレス、二月三日)。シムズ氏の理論的基礎は、合理的期待形成仮説や物価水準の財政理論(FTPL)で、ケインズ由来ではない。政府中央銀行が市中にカネをばらまくという、フリードマンのヘリコプターマネー論にも聞こえるとの問いかけに、シムズ氏は「そうだ」と答える(「FTPLはヘリマネなのか? 「今は財政の出番」シムズ教授インタビュー」日本経済新聞、二月一日)。「フリードマンの考え方は財政拡張、あるいは金融政策と財政政策の組み合わせに近い」。その限り、シムズ説は貨幣数量説の進化系だ。財政再建=緊縮財政をやめ、財政支出と金融緩和を協働させよと。

浜田氏の“転向”はこの線に沿う。「リカードの等価原理」によれば、財政赤字は「国民の将来の負債だから」「民間の資産とは言えない」が、他方でリカードも認める通り、「そこまで利口な国民はいません」。財政支出は借金だが、市中にカネが出回るから「民間部門にとっての資産」になる。「今、お金をもっていれば、「私は富んでいる」と錯覚するのが現実」で、「その錯覚を利用して、公債という“ニセ金”で皆を富んでいる気持ちにして消費を刺激したほうが経済は活性化する」。

ノーベル経済学賞受賞者から出たアイデアが、ニセ金で借金チャラとは、ポスト真実的だ。ただし、学術的根拠をもつウソのようなホントの話である。インフレ期待を醸成できるかどうかは、国民が馬鹿かどうかにかかっているから、いよいよポピュリズム的だ。マインドコントロールが始まる。進め一億総白痴だ。「アベノミクスの将来は実に明るい」と浜田氏は笑う。

だが、本当に明るいのか。理論的には完璧でも、いやだからこそ、氏に問おう。現実的にはどうなのか。国民は馬鹿か。仮説たるインフレ期待の醸成について、シムズ氏は「非常に難しい」と認める。醸成できないなら、さらに膨れ上がった国民の借金という真実だけが残る。氏は成功例に「一九三〇年代のルーズベルト米政権」を挙げはする。日本の話でなく、それもケインズ主義の例とは。

日本の話をしよう。「最も深刻なのは実質国民所得の低下で」、「アベノミクスがスタートした一二年と一五年を比べると、マイナス五%と悲惨な数字が出てい」る(菊池氏)。消費支出は三年連続前年割れ、エンゲル係数は二九年ぶりの高水準だ。年金不安も消えない。それでも生活防衛でなく、「私は富んでいる」と?GDPの最大項目は六割を占める個人消費だが、労働者の四割が非正規雇用だ。不安定雇用のまま、低賃金のままで、「私は富んでいる」と?資産全体の四〇%弱を抱え込む上位八%の超馬鹿層を核に衒示的消費が進めば(ヴェブレン『有閑階級の理論』)、いや六割の全正規雇用者が集団錯覚しても、浜田氏が「恐れ」る「分断国家」になる。たとえすべてがうまくいっても、その先は新自由主義のマネーゲームの再来だ。富の集中が進み、中間層が没落するから、どのみち分断だ。しかもリーマン・ショックへの、ルーズベルト前の大不況への、いつか来た道。

ケインズは需要創出のため、安定雇用を唱え、低賃金に反対した。ルーズベルト成功の条件。浜田氏はこれに触れない。氏が提言する財政政策は「〔内部〕留保した利益を投資に回した企業を減税する、あるいは内部留保そのものに課税する」ことと、「〔インフレ〕目標を達成できない場合、消費増税はずっと凍結し続ける」ことの二つだ。内部留保が増えるのは、要するに商品が売れないから、つまり需要不足で国内に投資できないから、またそのために、海外株式等に投資するからだ。国内需要を増やせば留保は減り、インフレとなり消費増税もできる。浜田氏が言う企業への減税や課税は、それ自体では何ら国内需要を創出しない。企業は海外投資でも減税され、増税なら海外逃亡する。財界は氏に拍手喝采だ。

「景気の動向を左右する」のは「マネーストック(金融部門から企業や家庭に供給されている通貨の総量)」である(菊池氏)。「国民の生活を第一に考える」なら(浜田氏)、第一の課題は家庭への供給だ。安定雇用と高賃金を実現する企業への大減税や、主要国で最低の労働分配率の是正等の政策なしに、疑似餌による畜群洗脳で経世済民できるのか。むしろ錬金術師の錯覚で、現実的にはホントのようなウソの話ではないのか。もっとも、旧いアベノミクスが死んで、新たに生まれ変わらないなら、無能な政権が終わる。それならそれで、将来は実に明るい。
2017年3月3日 新聞掲載(第3179号)
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