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2017年3月3日

鈴木清順氏 東京都内の病院で死去。93歳。

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鈴木清順氏(すずき・せいじゅん、本名・鈴木清太郎<すずき・せいたろう>=映画監督)2月13日、慢性閉塞性肺疾患の為、東京都内の病院で死去。93歳。

1923(大正12)年5月24日、東京生まれ。旧制弘前高校(現・弘前大学)在学中の43年学徒出陣に応召、復員後の48年松竹大船撮影所に入社。54年、日活撮影所に移籍し「港の乾杯 勝利をわが手に」(56年)で監督デビュー。「暗黒街の美女」(58年)から清順に改名。「東京流れ者」「けんかえれじい」(66年)など、“清順美学”と呼ばれる独自の影像美が評価されたが、「殺しの烙印」(67年)を巡り当時の社長が作品を批判、日活を解雇された。約10年間映画を撮れない状態が続き、70年代はテレビドラマ、CMを中心に活動。復帰後の「ツィゴイネルワイゼン」(80年)が国内外で高い評価を受け、ベルリン国際映画祭審査員特別賞、日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞に輝いた。91年には「夢二」(沢田研二主演)を発表し、「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」との「(大正)浪漫三部作」を完成させた。「オペレッタ狸御殿」(05年)が遺作となった。90年紫綬褒章。
2017年3月3日 新聞掲載(第3179号)
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