思想戦 大日本帝国のプロパガンダ / バラク・クシュナー(明石書店)日本型プロパガンダの諸相  一般大衆は戦争の積極的参加者だった|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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書評
2017年3月3日

日本型プロパガンダの諸相 
一般大衆は戦争の積極的参加者だった

思想戦 大日本帝国のプロパガンダ
バラク・クシュナー(明石書店)
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日本での研究経験もあるケンブリッジ大学准教授のバラク・クシュナー氏が二〇〇六年に刊行した英文図書の待望の邦訳が昨年出版された。副題にあるように、第二次世界大戦下の日本のプロパガンダのメカニズムと、それを受容した国民の諸相を描いた本格的な研究書である。著者の狙いは明確である。つまり、戦時下日本の社会心理を浮かび上がらせ、日本の一般大衆が、ただ権力者らに追随していたのではなく、戦争の積極的な参加者であったことを明らかにして、それによって思想戦の有り様を描くことである。これまで、第二次世界大戦期の各国のプロパガンダについては、様々な研究がなされてきた。それらは総じて、日本の戦時プロパガンダを、それが模範としたドイツに比べて不十分であった、あるいは敵対した連合国、特にアメリカのプロパガンダに比べ稚拙であった等の評価をしてきた。それに対して、著者は、日本のプロパガンダは戦後の研究者が想定してきた以上に効果的であり、さらには戦後復興にも寄与したと論じる。

本書の射程は多岐にわたる。第一章ではプロパガンダ政策の立案に関わった研究者や知識人の動向を扱う。第二章では国内の世論指導にあたった警察や軍部の動きが説明される。第三章では実際にプロパガンダの作成に関わった広告業界が扱われる。ここまでがプロパガンダの担い手に関する分析であるが、第四章では大衆文化や娯楽産業に焦点を当て、プロパガンダが社会に浸透する過程をたどる。他方、第五章はこうした日本のプロパガンダに対する中国やアメリカなどの反応が分析される。そして第六章では、こうした戦時下日本のプロパガンダの世論への影響、特に戦後への継続性が論じられる。

本書の視点として、評者が興味を持つのは、第一には、著者が一九三〇年代における日本の観光政策に注目している点である。満州事変前後から国際的孤立を深める中で、政府は観光に力を入れ、日本の「真の姿」を外国人に見せようとする。それは、健全で近代的な日本の国家像を世界に発信する試みであったという。第二には、大衆文化との関係である。著者は国内や戦地へ慰問に行った娯楽団体、特に落語家の活動に焦点をあてる。娯楽の中に、戦争を支持する態度を強化する言説が埋め込まれていたのである。そして、興行を主催する団体、それに演者や芸人たちも、決して上からの統制にしぶしぶ従ったのではなく、むしろ積極的に戦争を利用して名声や富を得ようとしたのである。そうした娯楽を巡る権力作用を著者は描き出している。第三には、戦後復興との関係についての言及である。著者は、八月一五日以降の警察の活動にも注目し、戦時下で培われた日本の一体性が、占領への対応や日本の復興にも寄与したという。つまり、大日本帝国の軍事的野望は失敗に終わったが、戦時下のプロパガンダは日本人の日常生活の一部となるほどに国民の統合に成功し、それが戦後までも継続したのだという。

逆に疑問に感じるのは、ナチス・ドイツのヒトラーやゲッベルスといった中心を欠く体制の中で、むしろ官民協調によって日本の戦時プロパガンダが効果を上げていったという指摘である。日本の場合、政府や軍部が対立し、情報局などの情報機関も十分に力を発揮しなかったという指摘は多いが、それならばそれに代わるどのようなメカニズムが作用したのかについて、さらに踏み込んだ解明が求められる。

二〇一六年のアメリカ大統領選挙では、大方の予想に反してトランプ候補が当選した。そこには巧妙なプロパガンダ戦略が功を奏したといわれる。それは、内に危機感や不安、不満を煽り、外に敵を設定し徹底して攻撃するというものである。こうした枠組みは、きわめて単純なものだが、単純なだけに人々に受け入れられやすく、人々を熱狂させやすい。そして、こうしたプロパガンダ戦略は、決してトランプ陣営の専売特許ではなく、内外の多くの政治状況に見られるものである。こうした中、プロパガンダの本質やメカニズムを理解し、単純な世界観に陥らないようにするのにも、歴史に学ぶことは多い。本書の意義は、その意味においても高いと言えよう。(井形彬訳)
2017年3月3日 新聞掲載(第3179号)
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