実験する小説たち 物語るとは別の仕方で / 木原 善彦(彩流社)実験し続ける小説たちの油断ならないガイドブック|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

▲トップへ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 実験する小説たち 物語るとは別の仕方で / 木原 善彦(彩流社)実験し続ける小説たちの油断ならないガイドブック・・・
読書人紙面掲載 書評
2017年3月3日

実験し続ける小説たちの油断ならないガイドブック

実験する小説たち 物語るとは別の仕方で
出版社:彩流社
このエントリーをはてなブックマークに追加
科室での実験から大洋での核実験まで、実験と名のつくものにはいつだって、予期せぬ危険が伴うものだ。それは文学の場合も例外ではなく、ジョイスの『ユリシーズ』からフォアの『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』にいたるまで、現代作家たちの実験はいずれも、文字による世界認識のあり方を半ば強制的に解体し変質させもするから、なかなかどうして油断ができない。

文体、註釈、語りの順序、文字の有限性、会話と地の文、人称、構造、比喩、タイポグラフィー、そして装丁。本書『実験する小説たち』では、「小説」を構成するあらゆる要素についての実験例が紹介される。けれど、そうした実験から見えてくるのは、たとえば「あらゆる語彙を総動員したからといって、言語の向こう側にあるものには決して手が届か」ない、といった諦念であったりもすると、著者の木原善彦氏は指摘する。

確かに、言語行為にまつわるある種の諦めの感覚というものは、ネット文化花盛りの現代において、いよいよ深刻なものとなってきている。しかしながら、メールやブログやSNSといったものを持ち出すまでもなく、文字だけを媒介として見知らぬ他人同士がコミュニケートするという行為には、はなから実験的な要素が多すぎるのだし、そもそも、文字というものの伝わらなさを自覚し、その伝わらなさを伝えたいという夢想家たちの強い思いこそが、今私たちが手にしている「小説=ノヴェル=斬新」という名の近代的な文芸ジャンルを生み出してきたのである。

小説の歴史とは、実験小説の歴史。こうした見地から綴られる本書の醍醐味は、何と言っても、あまりに多岐にわたる文学実験の成果を丁寧にフォローし、その上で、初心者にも実験の醍醐味が味わえる作品ばかりを選んでみせる木原氏の、アンソロジストとしての手腕にあるだろう。たとえば、のっけから読者を「あなた」と呼んでくる老獪な二人称小説(本書第7章で紹介されるカルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』)と、無数の語り手の声がやがて一つのコーラスとなっていく野心的な一人称小説(同第12章のエヴァン・ダーラ著『失われたスクラップブック』)といった、なんとも魅力的で効果的なコントラスト。現代小説を縦横に読み解き、訳してきた木原氏だからこそ可能なそのセレクションの妙は、目次にある十八の章題を眺めているだけでも伝わってくる。

さらには、後者の一人称の企図を明確にすべく引用されたリチャード・パワーズの言葉――「世界は容赦なく1人称へと突き進む」には、米国大統領の暴言ツイートといった現象ですら、あるいは文字をめぐる実験が生み出した副産物だったのではないかと思わせるほどの緊張感がみなぎっていて、そうした気づきを随所で与えてくれることもまた、本書の啓蒙書としての価値を高めている。

小説というものを生み出してしまった人間の業を、さながらカタログのように腑分けしながら、その豊かさと危うさを記述してみせること。まさしく「物語るとは別の仕方で」木原氏が試みた批評の実験もまた、なかなかどうして油断ができない。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年3月3日 新聞掲載(第3179号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事の中でご紹介した本
学問・人文 > 評論・文学研究 > 日本文学研究と同じカテゴリの 記事