陶芸のジャポニスム / 今井 祐子(名古屋大学出版会)異文化体験の歴史学  一遍の書物がつむいだもう一つのジャポニスム|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年3月3日

異文化体験の歴史学 
一遍の書物がつむいだもう一つのジャポニスム

陶芸のジャポニスム
出版社:名古屋大学出版会
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蜷川式胤は、一八三五(天保六)年、京都の旧家に生まれた好古家。博識を買われて明治政府に出仕し、古器旧物調査に携わった。自身もまた、古器旧物研究と日本各地の陶磁器の蒐集にいそしみ、『観古図説 陶器之部』第一巻~第七巻を著した。しかし、一八八二(明治一五)年、志半ばにしてコレラにより急死してしまう。

本書は、この蜷川と、その著作『観古図説 陶器之部』(一九七六~七九年発行)を軸に、一八七〇~一九〇〇年代初頭にかけて陶芸の分野で展開したジャポニスムの様相を明らかにした書物。ただし、そこで論じられるジャポニスムは、よく知られたジャポニスムとは異なる、もう一つのジャポニスムというべきもの。よく知られた、というのは、万国博覧会および西欧市場を舞台に繰り広げられた、いわゆる「輸出工芸」をめぐるジャポニスムのことであるが、本書で重視される日本の陶磁器は、輸出工芸とは逆の日本国内向け陶磁器、あるいは、当時の産業工芸の枠から外れた江戸時代かそれ以前の陶器、茶道具などである。

重要なのは、このような輸出工芸の枠外の陶磁器類こそが『観古図説 陶器之部』に収録された品々であったということ。さらにまた、この『観古図説 陶器之部』が日本在留の西洋人によって企画されたものであって、同書の第一~五巻にはオリジナル版の刊行とほとんど時間を置かずに作られた仏文解説があったこと、その仏文解説が一八八〇年代以降のフランスで普及していったことなどが、本書で明らかにされていく。輸出工芸の逆を行く蜷川のアプローチこそが、同時代の西欧社会の興味に的確に応えるものだったというわけである。

次いで、本書では、蜷川の人脈とその広がりが、詳しく記述される。東京に住む蜷川のもとには、パリの美術商ビングや、大森貝塚の発見で知られるアメリカ人モースらがつどった。彼らは、蜷川の蒐集品をじかに鑑賞し、ときには譲り受け、その見識を仰ぐことで、日本の陶器に関する知識を広めていった。やがてそれは、各人の立場で深められ、また別な人物を介して広がっていった。さらにそこに、『観古図説 陶器之部』という書物を介したネットワークが重なることで、西洋の陶磁器にはない、日本の陶磁器ならではの造形美が広く深く西欧へと伝えられることとなったのである。

本書の後半部分では、日本の陶器に顕著な特質、すなわち高火度釉特有の釉調や窯変をはじめとする偶発的造形などが、フランスおよびアメリカの近代陶芸の展開にどのように関与したのかが、実際の陶芸作品およびその制作者に即して論じられていく。ここは、まさに本書のクライマックスというべき部分だが、わけても、そうした事象を一方的な影響関係として捉えるのではなく、当時の西洋陶芸に内在していた変革の機運と結びつけながら分析していく著者の視野の広さと確かさには、読み手も共に目を開かれる思いがする。

総じて本書は、日本の陶器に関わる知的かつ広範なネットワークが、やがて芸術の深部で新たな美学を形成していくさまを、多様な人びとの足跡と各地に散らばるコレクションの追跡を通して実証的かつ多面的に論じた学術書である。と同時に、そこには、異文化体験をめぐる幸福の物語がおのずと立ち現われ、明るい余韻を静かに残してくれる。
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2017年3月3日 新聞掲載(第3179号)
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この記事の中でご紹介した本
陶芸のジャポニスム/名古屋大学出版会
陶芸のジャポニスム
著 者:今井 祐子
出版社:名古屋大学出版会
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