嵯峨直樹「半地下」(2014) サンリオの学習机のある部屋で裸身の姉が泣いていました|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年3月10日

サンリオの学習机のある部屋で裸身の姉が泣いていました
嵯峨直樹「半地下」(2014)

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歌集 半地下(嵯峨 直樹 )KADOKAWA
歌集 半地下
嵯峨 直樹
KADOKAWA
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嵯峨直樹の第二歌集『半地下』は、郊外に満ちている不穏さと暴力性の表現が印象的な歌集である。特に家族という人間関係に生じる、息の詰まる密室感がすさまじい。「菌」や「腐敗」のイメージに託された、すえた匂いを感じさせてくれるレトリックが次々と繰り出される。短歌のモダンホラーと言ってしまってもよさそうな歌集である。郊外に家を持つ核家族は、確かに外観からだけではわからないような腐敗をその核に抱えていることが珍しくない。

掲出歌に登場する「姉」は性的虐待の被害者であることを想像させてくれる。現代のリアルタイムの話ではおそらくない。「僕」がまだ少年だった昔に、部屋で裸のまま泣いている姉をふいに目撃してしまったということなのだろう。「サンリオの学習机」が時代を感じさせる。そういうのがあるのはいかにも二十世紀の子供部屋というイメージだ。暗い部屋で電気もつけないままキティちゃんやキキララで彩られた机に座って泣く少女。弟ではなくても、「見てはいけないものを見てしまった」という思いに駆られることだろう。「泣いていました」という丁寧語の文体は、大きな力を持った誰かに必死で伝えたいと願っているかのようだ。

なお、この一首のほかに「姉」が登場する歌はない。姉を虐待していたのは誰なのか、そもそも本当に虐待だったのかもわからないまま、「なんとなく嫌な気分」だけが菌と腐敗のイメージにまみれて読者へと突き刺さってくる。
2017年3月10日 新聞掲載(第3180号)
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