正義から享楽へ / 宮台 真司(blueprint発行垣内出版)現代の映画批評の極点  映画を通じて社会を知るためのスリリングな書物|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年3月10日

現代の映画批評の極点 
映画を通じて社会を知るためのスリリングな書物

正義から享楽へ
出版社:blueprint発行垣内出版
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本書は社会学者・宮台真司氏による三冊目の映画批評本である。無論、映画好きで知られる氏が手遊びで書いた映画評を集めた書物などでは到底ない。「あとがき」に著者の思想や社会学が「映画批評」というかたちを取らざるを得ない、のっぴきならない理由が表明されている。小学生時代の氏は毎年のように転校する環境のなかで、他者の挙動を注意深く観察する子どもだった。一九七〇年代初頭、麻布中学二年のときに学園紛争のあおりで半年間の学校封鎖を経験。その頃に新宿の「蠍座」で若松孝二や足立正生の映画を観て「学園紛争を生み出した社会」を理解するヒントを得た。大学卒業までに映画館で一〇〇〇本以上の映画を観たが、作品としてそれらを評価することに興味はなく、ひたすらに「映画を通じて登場人物の〈世界体験〉」を自らに転送し、世界に届こうと必死だったという。著者にとって映画は「世界」や「社会」を知るための窓であり、自分がそこで生き延びるための知恵を授けてくれる鍛錬の場であったのだ。

このことは、宮台氏が自身の批評スタイルを「実存批評」と呼ぶことと関係する。本書を映画批評本だと思って読むと、演出や映像に関する解読がごっそり抜けていることに驚かされる。表現者(監督やスタッフ)がどのように俳優を演出し、ショットのフレーミングやカメラワークにどんな意図を込めているかが分析されることはほとんどない。その代わりに、著者は映画のなかで物語や登場人物が「世界をどのように体験しているか」に注目し、自身の思考の軌跡を伝えるための例として映画の世界体験を使う。たとえば、岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、世界に絶望した真白という女性(Cocco)が他人に依頼して心中してくれる相手を探し、その標的に七海(黒木華)がなるという物語である。著者はそこから「まゆづくり系」や「なりすまし系」の人物がこの社会を生きる上で、無償の愛(贈与)とお返し(対抗贈与)を交換していき、最後には自死(対抗贈与なき純粋贈与)に至りつくという図式を見事な手さばきで抽出する。あるいは庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』であれば、縦割り行政のせいで機能していない政治官僚に乗っとられた日本政治の欠点が、ゴジラ出現という未曾有の危機を前にして、縦割り行政のままで正しく機能し始める「日本の欠点がそのまま長所」になるファンタズム(幻想)が魅力になっていると喝破する。映画を通じて社会を解読するために、ギリシャ悲劇、社会システム理論、フロイトやラカンの精神分析などのおびただしい知識が動員されるスリリングな読み物になっている。

振り返ってみれば、二〇〇〇年代くらいまでの日本語圏の映画批評では、蓮實重彥らが主導したテマティスムが強い影響力を持っていた。それは作家の本心や背景にある時代や社会の分析に回避せず、スクリーン上に映された作品の細部に徹底的にこだわることから「表層批評」と呼ばれた。ところが激動を続ける世界や映画状況の変化に対応できず、DVDや動画の時代には誰にでもショット分析が可能になったこともあって廃れていった。宮台氏の「実存批評」は、テマティスムが抑圧したそれ以前の映画批評、つまり現実政治や時代状況に直接コミットしていた時代の批評を思いださせるが、その現代的にグレードアップされた最新版になっている。野放図なグローバル化のなかで「中間層が空洞化し、個人が分断され孤立した状態で、貧困化「しつつある」との脅えがある」現代の世界において、人々は「正義ならぬ享楽へコミットする」と著者はいう。欧米における排外主義や保護主義の席巻はその一例であり、映画を通じて世界で起きていることに肉迫する実存批評はそこまでを射程に入れる。ここに、現代の映画批評において可能である方法論のひとつの極点が示されているのだ。

この記事の中でご紹介した本
正義から享楽へ/blueprint発行垣内出版
正義から享楽へ
著 者:宮台 真司
出版社:blueprint発行垣内出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年3月10日 新聞掲載(第3180号)
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