「サークルの時代」を読む / 宇野田 尚哉(影書房)救出する批評としてのサークル文化研究  戦後史の潜勢力を汲み上げうるためには?|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年3月10日

救出する批評としてのサークル文化研究 
戦後史の潜勢力を汲み上げうるためには?

「サークルの時代」を読む
出版社:影書房
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転回点は、『現代思想』の「特集=戦後民衆精神史」(二〇〇七年一二月臨時増刊号)だった。当時の編集長池上善彦が、「文化的工作者」としての本領を発揮して仕掛けた企てが、「サークル」という死語を一気に生き返らせて、それ以後一九五〇年代の文化や社会運動に取り組む研究者たちの様子を一変させた。

たしかに「サークル」という言葉は、それ以前であれば、せいぜいのところ親密な同好会程度のイメージしか喚起していなかった。そのなかで編集者池上は、偶然見出した半世紀以上前の東京南部のサークル雑誌を手掛かりに、自ら「文化工作研究会」を組織し、その集まりに引き寄せられたひとびとを使嗾して、冷戦期文化の研究に対する認識の大転換を導き出した。すっかり忘れ去られていた敗戦直後の左翼的昂揚期の活動とか、日本共産党の分裂や朝鮮戦争に特徴づけられた五〇年代前半期の「民衆精神」とか、そしてその余燼のなかから最後の白熱となって九州で輝いた六〇年を前後する「サークル村」の試みまで、それらが、今からは想像もつかない規模と厚みのある集団性をめぐる営みであったことが想起されるようになった。

標題にある「サークルの時代」を読むという姿勢は、かつてこのような文化が存在したという社会の記憶を「その時代固有の文脈で」(一〇〇頁)取り戻そうという志である。いったん湧き出した研究の水脈は、朝鮮人詩人たちの『ヂンダレ』や広島の『われらのうた』の研究など、各地にあった伏流水と合わさって迸りとなり、いまではその成果が戦後史に関わるさまざまな領域を豊かに潤し始めている。これは大きな達成である。本書でも、道場親信と鳥羽耕史による「序論 戦後文化運動研究への招待」と、道場による第4章「東京南部のサークル運動」とが、どのようにサークル文化の記憶が忘却の淵から浮上してきたのかを、転回に関わってきた当事者の目で丁寧に整理している。もっとも、本書が他ならぬこの時期に急ぎ公刊されたことには、その道場親信が昨年九月に急逝したという事情も加わっている。この傑出した社会運動史家の情熱は、かれが死の間際まで手を入れていた『下丸子文化集団とその時代』(みすず書房、二〇一六)に結晶化しているが、本書は、その道場の死を惜しみ悲しむ仲間たちが建てたもうひとつの墓標という意味を持っている。

サークル研究で繋がっている全国各地の著者たちの論考が次々に登場するが、そのなかにはそれ自体が貴重な証言も含まれている。たとえば坂口博の第7章「「サークル村」に関する私的回想と研究の現状」は、九州に根を張って、谷川雁、森崎和江らの言葉の世界を少し遅れて追体験的に生きたひとりの自立的な知識人の格闘の軌跡である。論者たちはみな、それぞれに全体重をかけて取り組んできた個々のサークル誌を蘇生させようと懸命であり、そのディテールを愛おしんでいることが伝わってくる。それは、かつてこうした無名の表現者たちが「この世に存在した証しをたてていく作業」(九九頁)であるとも、あるいはあまりに遠く隔たってしまったがゆえに決然と「歴史の封印を解く」ことだとも言われている。

しかし、試みは全体として成功しているだろうか、という読後感はいくらか解け残る。「サークルの時代を読む」ことの意義を、それぞれが取り組む雑誌に即して個別に論じていることは分かるのだが、厳しくいうなら、それらがこれだけ合わさり、一つになることで、その向こう側に何が到来するのかが見えてこない。もっとも、「私たちがなにより重視してきたのは、サークル研究相互の「交叉」ということだ」(一二頁)と編者たちも明言しているのだから、書評子のこんな焦燥は、すでにあらかじめ視線のなかに捉えられていることなのかもしれない。「戦後レジームの清算」という暴力に抗して、戦後史の潜勢力を底辺から救出する批評という仕事は、まだまだ始まったばかりなのだ、とあらためて思う。

この記事の中でご紹介した本
「サークルの時代」を読む/影書房
「サークルの時代」を読む
著 者:宇野田 尚哉、川口 隆行、坂口 博、鳥羽 耕史、中谷 いずみ
出版社:影書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年3月10日 新聞掲載(第3180号)
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