西洋美術の歴史4 ルネサンスⅠ / 小佐野 重利(中央公論新社)社会的文脈を重視した本格的な「読む美術史」 「巨匠」中心主義から「周縁」への目配りへ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年3月10日

社会的文脈を重視した本格的な「読む美術史」
「巨匠」中心主義から「周縁」への目配りへ

西洋美術の歴史4 ルネサンスⅠ
出版社:中央公論新社
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本書は、昨年一〇月から刊行が始まった新シリーズ『西洋美術の歴史』(全八巻)における、記念すべき第一回配本である。それまで西洋美術の全集といえば、大判で高精細のカラー図版が中心であり、その分高価格で個人には手の出しにくいものであった。この新シリーズは、むしろ「読む美術史」として、美術をその時代の政治的・経済的・社会的・思想的コンテクスト(文脈)の中に位置づけることを重視している。本書は本文だけで六〇〇頁に及び、最新の研究成果を織り込みながら、詳細な註も付けられた、この分野の第一人者による本格的で浩瀚な書物であるが、記述は読みやすく、一般読者向けにコンパクトな作りで価格も良心的に抑えられている。

本書が扱うのは、イタリア・ルネサンス美術の発祥から展開――イタリアで都市国家(コムーネ)が確立する一三世紀後半から、ジョットに始まるルネサンス揺籃期(一四世紀前半)、国際ゴシック様式(一三七〇年頃~一四五〇年頃)、初期ルネサンス、盛期ルネサンス、マニエリスム、ヴェネツィア美術を経た一六世紀末まで――である。章構成は概ね時代順だが、各章の中は地域毎やテーマ別に適宜分けられて論じられている。

本書が明確に打ち出しているスタンスは、従来の「巨匠」中心主義の美術史の見直しである。盛期ルネサンスの三巨匠(レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ)や代表的作品(ボッティチェリの《ウェヌス(ヴィーナス)の誕生》など)の記述を絞り込む代わりに、なおざりにされがちであった国際ゴシック様式や、フィレンツェ・ローマ・ヴェネツィア以外の多様な地域(ミラノ、ヴェローナ、マントヴァ、フェッラーラ、ウルビーノなど)にも丹念に光を当てている。

こうした「周縁」への目配り(「中心」と「周縁」は、地理的にも時代によっても入れ替わることが可能である)は、イタリア半島内の美術交流だけではなく、アルプスを越えた美術交流をも浮かび上がらせる。例えば、レオナルドの《受胎告知》(ウフィツィ美術館)の背景をなす風景には、アルプス以北のフランドル絵画(ヤン・ファン・エイクなど)の影響が指摘されており、イタリアの一方的優位ではない双方向の交流があったことをうかがわせる。こうしたアルプス南北の交流に地中海交流も加わった結晶ともいえる作品が、地中海交易の要地であったシチリアのパレルモに残された壁画《死の勝利》である。中世末の宮廷文化とフランドル美術が融合し、ユダヤ人やイスラム教徒が描かれているとも解釈されている、この壁画を論じた箇所が、作品論としては最も紙幅が割かれており、本書の白眉といえよう。

本書では、芸術家個人よりむしろ、芸術制作を支えたシステムとその機能に重きが置かれる。制作者側からは、共同制作の場であり教育機関でもあった工房の様態を描き出し、注文主側からは、君主や教皇・枢機卿のパトロネイジに着目している。ルネサンスのパトロンたちは、「マグニフィケンティア(豪華さ)」という古代の美徳――建築・美術への惜しみない出費により支配者の地位を誇示すること――に基づいて、自らの権威の根拠を示す図像プログラムを創出させた。このように、プロパガンダという視点からルネサンス美術を解き明かしているのも意義深い。

本書では、同時代の言説を重視する立場から、レオナルドの『絵画論』は言うまでもなく、チェンニーノ・チェンニーニ、ギベルティ、アルベルティ、ジョルジョ・ヴァザーリ、ロドヴィーコ・ドルチェらの絵画理論が精緻に分析されている。同時代の言説には、ジョットを称えたダンテの『神曲』、シモーネ・マルティーニを称讃したペトラルカなどの文学も含まれる。古代より絵画と文学は姉妹芸術と考えられており、ルネサンスにはこの二つの芸術のパラゴーネ(優劣比較論)が盛んになった。それは、ヴェネツィア絵画と文学における女性表象にも見られる。このように、美術・文学から演劇まで領域横断的に考察されているのも、本書の特徴である。

なお本書では、例えば、アラブ圏からシチリアに伝播した独特な「超薄手の葉形エレメントと真珠をあしらったピアス」(パレルモの《死の勝利》)など魅惑的な細部が記述されているが、掲載図版で判別するのは難しいので、ここはぜひインターネットで画像を検索して拡大してみてほしい。インターネット時代に対応した新しい美術書の読み方である。手間と感じるかもしれないが、本書はそれだけの手間をかける価値のある、必読の書である。
『西洋美術の歴史』全8巻
(1)「古代―ギリシアとローマ、美の曙光」*
(2)「中世I―キリスト教美術の誕生とビザンティン世界」*
(3)「中世Ⅱ―ロマネスクとゴシックの宇宙」
(4)「ルネサンスI―百花繚乱のイタリア、新たな精神と新たな表現」*
(5)「ルネサンスⅡ―北方の覚醒、自意識と自然表現」
(6)「17~18世紀―バロックからロココへ、華麗なる展開」*
(7)「19世紀―近代美術の誕生、ロマン派から印象派へ」*
(8)「20世紀―越境する現代美術」
(*は既刊、編集委員=小佐野重利、小池寿子、三浦篤・B6判変・五〇〇~六〇〇頁・各予価三八〇〇円)

この記事の中でご紹介した本
西洋美術の歴史4 ルネサンスⅠ/中央公論新社
西洋美術の歴史4 ルネサンスⅠ
著 者:小佐野 重利、京谷 啓徳、水野 千依
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年3月10日 新聞掲載(第3180号)
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