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『みる・よむ・あるく 東京の歴史』(全十巻)遂に刊行!

「みる」「よむ」「あるく」、三つのコンセプトで新たな"東京の歴史"に迫る!
刊行記念対談=吉田伸之・陣内秀信

Part1

 先史時代から現代まで、時代とともに変遷を重ねてきた巨大都市・東京。その東京の歴史を、基盤と生成、時代の歩みを辿りながら、多面的かつ個性豊かに描くシリーズ『みる・よむ・あるく 東京の歴史』(吉川弘文館・全十巻/池享、櫻井良樹、陣内秀信、西木浩一、吉田伸之編)の刊行が開始された。世界に類例のないユニークな発展を遂げた都市・東京は、先史以来どこでどのような歴史を刻み現在に至ったのか。シリーズでは、全十巻を「通史編」三巻と「地帯編」七巻で構成。各巻四つの章に五つの節を設定し、厳選した二〇〇のテーマを「みる」「よむ」「あるく」の三段階で丁寧に叙述。古文書や絵図・地図・写真などの史料を窓口に解説した「みる」から、深く「よむ」ことで過去の事実に迫り、その痕跡を「あるく」ことで展開、新たな歴史と出会う手がかりを提供する。本シリーズの刊行を機に、編者の吉田伸之氏(東京大学名誉教授)と陣内秀信氏(法政大学教授)に、本書の魅力や読みどころ、それぞれの東京への思いなどをお話しいただいた。(編集部)
《週刊読書人2018年1月19日号掲載》

『みる・よむ・あるく 東京の歴史 1 通史編1 先史時代~戦国時代』
著者:池 享/櫻井 良/陣内 秀信/西木 浩一/吉田 伸之(編)
出版社:吉川弘文館
ISBN13:978-4-642-06826-0


美しい絵図や古文書、地図、写真などの多彩なヴィジュアルも魅力。カバーや扉の写真は、東京を知り尽くすフォトグラファー鈴木知之氏の作品(一巻のカバー写真は鍬形ケイ斎(くわがたけいさい)が描いた江戸の鳥瞰図と同じアングルの現代版)


「みる」「よむ」「あるく」新しい東京の歴史

 吉田 本来、こうした「東京の歴史」といった自治体史的なものは自治体が十年、十五年かけて編纂し、刊行していくのが普通のスタイルで、今回の企画のように、ある程度ボリュームがあって時間もかけられないといった場合、出版社の刊行物としてはある意味冒険ではないかと思った反面、自治体ではやらないようなスタイルで東京の歴史の叙述に取り組めるのではないかという魅力がありました。例えば、それぞれ住んでいる地域にある身近な素材、史料や史跡といったものから論点やテーマを拾いあげ、そこから歴史を学んでいけるようなかたちで編集できないか。それらをうまく組み合わせ、一方で、作業を同時並行的に合理的に進めるにはどういう方法が可能かと考えて、「みる」「よむ」「あるく」という三つのコンセプトで一つの定形を作りました。一項目六頁立てで、導入の「みる」ではとりあげた古文書や絵図・地図、写真などのテキストを「よむ」ではこれを深く掘り下げ、さらに「あるく」で歴史散歩を誘い、また論点を展開するといった三段階の叙述スタイルを考えました。また、書き手の側も新しい事実を発見する、あるいはわかっていることでもそれを丁寧に読み直し、新しい課題を探していく姿勢で取り組んで、今までわかっていたことを概説的に触れるのではなく、一つ一つが研究論文的な質を持つものになっています。この本を手に取られる若い人たちや、各地で地域のことを教えたり学んだりしている人たちにとって、参考になるテキストになればと願って編集に携わったわけです。  全体の構成としては、通史編が三巻あって、四巻から十巻までが地帯編になっていきます。この「地帯」とは何ぞやということですが、国家とか東京都という大きな行政の枠組みである「領域」と、村や町のようなふつうの人々の生活世界である「地域」との狭間にある、社会・空間の中間的な枠組みを「地帯」と呼び、村や町を超えた、より広域的な人々の生活の広がりやつながりをそれぞれ丁寧に見てゆけないかというのが編集の企図です。

 陣内 そもそも、東京の歴史への関心は一九七〇年代の中ごろから出て来たのではないでしょうか。高度成長期に地方から出て来て東京を故郷にする世代が登場し、鈴木俊一都知事(第九代~第十二代都知事*昭和五四年~平成七年)が「マイタウン東京」というキャッチコピーを打ち出した。東京オリンピック前後の六○年代には未来志向で古いものを壊して、川の上に高速道路を造ったり新幹線を走らせて高度経済成長を果たし、国際都市の仲間入りをした。けれど豊かさを達成すると、今度は都市の個性や成り立ちといったアイデンティティを求めるようになる。そのように見つめ直す時代が七〇年代で、建築史の分野では研究対象が都市の歴史へと大きく発展し、文献史学からも吉田さんを中心とする研究者の方々が構造的な社会の仕組みや場の形成と併せて都市を研究することで、ハードとソフトが相乗りする状況が八〇年代に出来ていった。本書では近代をどう捉えるかということも大きなテーマだったと思いますが、どこまで近い時代を扱うかで、通史編では東京が大きく変貌していく八〇年代まで入れました。この、「みる」「よむ」「あるく」という三つのコンセプトですが、吉田さんが以前に編集された『飯田・上飯田の歴史 上・下』(飯田市教育委員会発行)でも図版を使ってヴィジュアルで歴史を叙述することの重要性を追究されていました。絵図や古地図、場合によっては写真などを手掛かりに歴史を学んでいく。ヴィジュアルを見ていくだけでも歴史の面白さがわかるという仕掛けが吉田案ですね。この三番目の「あるく」についても、もう少しお話しいただけますか。

 吉田 要するに自分でも調べてみよう的なニュアンスで、取り上げた素材で関係するところ、神社仏閣や史跡など、地域や地帯をめぐってみようというのもありますし、そこにある地域の博物館や歴史の遺物、資料をのぞいてみようということもある。もっと言えば単なる情報としてではなくて、「みる」「よむ」をベースにして自分で調べたい、学んでみたいというときの手引きになればと思います。「あるく」には、また過去の時間を歩いてみるというニュアンスも込めていて、興味深い点を書き手が自由に展開するという意味もあって、自由度の高い部分だと思います。

 陣内 いま町を歩く人が本当に増えていて、それぞれの博物館、資料館ではボランティアガイドも養成しています。建築もその重要なアイテムの一つですが、文学巡り、玉川上水や神田上水を辿るなんてツアーもたくさんあるし、本書には全部のテーマが出てくるので、そういうことの導き手にもなるのではないかと思います。

 吉田 歴史研究は、事実を具体的に明らかにするというのが基本です。過去からのいろんな素材、文書や古い絵図、地下から出てきた遺跡や遺物を深く読む、丁寧に扱うというのが勉強の基礎になります。歴史を学ぶとはそういうことだと思います。博物館の展示にしても、飾ってある古文書や復元された模型をただ景色として眺めるのではなく、過去にアプローチしていく手がかりとしてじっくり見る。この本では、そういったことを、ある意味熱く語っているわけです。

 陣内 古地図一つとっても、徹底的に読み込んでいくと、どの場所にどういう営みや意味があったのかを語ってくれる。もう一つ、僕がこの企画に参加させてもらって導入したいと思ったのは、地形とか川の流れといった自然条件でした。東京はすごく面白くて、地形から東京の特徴が立ち上がっている。私はイタリアの都市を研究していますが、イタリアをはじめ海外のさまざまな都市との比較をすればするほど東京という都市の固有性、面白さがわかる。ヨーロッパの都市は中世からルネサンス、バロックの建築がたくさん残っているので景観を見ているだけで歴史がわかりますが、東京はそうではない。建物は四〇年くらいで建て替えますから歴史が消えたかに思われますが、地形や道のネットワーク、敷地の割り方、建物の配置(ゾーニング)、寺社の位置などを見ていくと、歴史がそのまま受け継がれている。都市の歴史がリアルに立体的に体験的にわかるのです。古地図を現在の地図と重ねるとそれがよく理解できる。そこに凸凹、地形、川の流れなどを入れていくと、ヨーロッパと違う東京のエコシステム、自然と人工的なものとを組み合わせて自然を排除していないことなどがわかる。これが決定的に重要なことで、俳句や絵画といった日本人の文化や生活意識と関係しています。ヨーロッパの人間が都市をすべて建築で埋めて舗装してしまう人工化する都市とは違って、東京は庭園都市で神社は森に包まれているし、屋敷には緑が多いし、その中で暮らしがあり人との関係がある。日本人のメンタリティや行動様式、人との関係や社会との関係を空間や場所で見ていく。今を観察することも大事ですし、地形とか自然条件とか、根本的に受け継がれてきた部分と重ね合わせながら人間が作ってきた歴史を読み取る。このシリーズにはその精神がかなり入っていると思います。


都市史の研究における一つの到達点

 吉田 この企画自体は、企画から刊行開始に至るまでに六年くらいかかっています。ある意味、七〇年代以降の都市史研究の一つの到達点のようなところがある。社会の在りようと空間、地形などを一体的なものとしてとらえ、両方見落とさないということの積み重ねがあって、それがシリーズ企画のベースに生きていると思うと、改めて感慨深いものがあります。

 陣内 普通、東京の歴史というと江戸東京のイメージがありますが、先史からの東京の歴史全体から見れば江戸はまだ新しい。多摩、武蔵野の方が歴史的には古くて、今でも府中市の大國魂(おおくにたま)神社のくらやみ祭(四月三〇日~五月六日)では、神職一行が品川区の荏原神社まで行ってお参りして、品川の沖合いで清めの汐水を汲んで府中まで持って帰る(汐盛り神事)ということが行なわれています。このように、江戸が城下町になる遙か以前から国分寺や府中と繋がりながら品川が中世に繁栄したということもある。

 吉田 中世から、江戸という地名や呼称はありますが、普通、江戸というともっぱら徳川家康が入って以降のこととされています。しかしこの本では先史(原始古代)から中世の歩みもきちんと視野に入れて、東京の歴史を見ていこうということで、江戸東京の枠では括れない歴史の奥行きをみるというのが重要なモチーフになっています。

 陣内 時間と空間が江戸東京学より遥かに広がった。江戸東京学は八〇年代の早い時期に小木新造(一九二四年~二〇〇七年/文化史学者)さんが提唱されて、『江戸東京学事典』(新装版:二〇〇三年/三省堂)が出たり、東京都江戸東京博物館(一九九三年開館)が出来たわけですが、それまでは近世の江戸の研究と近代の東京の研究の繋がりが切れていた。それは建築史も美術史も歴史学も、あらゆる分野がそうだった。それはおかしなことで、江戸を支えた広域の流通とか水運など、江戸の町もベースには中世が要所、要所にある。それらをリセットしながらダイナミックに造り変えて城下町が出来たのですが、そういう視点はなかった。江東・墨田の東京低地の方も、ものすごく歴史が古く、浅草の浅草寺を始め隅田川沿い一帯は古代、中世のものばかりで、江戸が出来る前から基層構造をなしているわけです。だから江戸が出来たときも、江戸の人たちは伝説のような形で受け継がれている古代、中世の物語に惹かれて、そこから江戸の文学、美術、絵画、演劇も発達した。ですから、江戸より古い歴史を見ないと江戸が分からない。
 武蔵野・多摩地域のような東京の西側に広がる郊外の地域に歴史がないわけがない。私は杉並区に住んでいて、行政が出す区史などは資料としては使えても文字ばかりで場の力や魅力が全然伝わらない。ところが、自分の中には原風景が焼き付いてるので、地形や自然条件を見ながら都市化していくプロセスをはぎ取っていくと、古代、中世が見えてくる。善福寺川沿いにある大宮八幡宮は、杉並区で一番古いお宮(西暦一〇〇〇年頃)で、境内には古墳時代からの豪族の墓があり、川向こうの南側の良い場所には縄文弥生の居住跡が発掘されている。中央線が通って駅前ばかり発展しましたが、本当は川沿いの方が歴史は古い。このように、僕は自分の地域を見つめ直すと面白いと思って、『中央線がなかったら 見えてくる東京の古層』(陣内秀信・三浦展編著/NTT出版)という本を出したのですが、そういう興味が全部この『東京の歴史』のシリーズには入っています。